無能と蔑まれ敵国に送られた私、故郷の料理を振る舞ったら『食の聖女』と呼ばれ皇帝陛下に溺愛されています~今さら返せと言われても、もう遅いです!

夏見ナイ

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第57話:魔力料理VS愛情料理

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静まり返った『太陽の間』。

全てのテーブルに二つの対照的な料理が並べられた。一つはイザベラの作り上げた宝石のように輝く『虹色のテリーヌ』。もう一つは私、アリアの作った素朴で温かみのある『ビーフシチュー』。

判定を下すのは皇帝レオンハルトをはじめとする、会場にいる全ての人間だ。彼らのフォークの先に、姉妹の、そして二つの国のプライドがかかっている。

イザベラは玉座の近くの席で、優雅にワイングラスを傾けていた。その表情は自信に満ち溢れている。彼女は人々がまずその見た目の美しさから、自分のテリーヌに手を伸ばすと確信していた。そして、その華やかな見た目に魅了され、私の地味なシチューなど見向きもしなくなるだろう、と。

彼女の予想通り、多くの貴族たちはまず『虹色のテリーヌ』に興味を示した。

「まあ、なんて芸術的なのかしら」
「食べるのがもったいないくらいですわね」

彼らは口々に賞賛しながら、その美しい一品をフォークで切り分ける。そして期待に胸を膨らませ、その一口を口へと運んだ。

………

会場のあちこちで人々の動きが、わずかに、しかし確かに止まった。

彼らの顔に浮かんだのは感動ではない。困惑だった。

(……あれ?)

ある侯爵夫人は首を傾げた。見た目は確かに素晴らしい。しかし口に入れた瞬間、その感動は霧散した。野菜は水っぽく味がしない。鶏肉はパサパサで、何の旨味も感じられなかった。ただ、ゼリーの無機質な食感が口の中に残るだけ。

(……見た目だけ、か)

別の男爵は内心で舌打ちした。これは料理ではない。ただの食べられる飾り物だ。彼の期待は無残にも裏切られた。

しかし誰もそれを口には出さない。リンドブルム王女の手前、不味いとは言えない。貴族たちは曖昧な笑みを浮かべ、当たり障りのない賛辞を口にしながら二口目に手を伸ばすのを躊躇していた。

イザベラはそんな会場の微妙な空気にまだ気づいていない。彼女は自分の勝利を信じて疑わなかった。

一方、私のビーフシチューは最初はあまり注目されていなかった。茶色い見た目はイザベラのテリーヌと比べれば、あまりにも地味だったからだ。

しかし、その皿から立ち上る温かく、そして抗いがたいほどに食欲をそそる香りが人々の鼻腔をくすぐり始めていた。

牛肉がじっくりと煮込まれた深いコクのある香り。香味野菜の甘い香り。そして隠し味に使った赤ワインもどきの芳醇な香り。

その香りに誘われるように、一人の年配の伯爵がおそるおそるシチューにスプーンを入れた。

ゴロリとした大きな牛肉の塊。それをソースごとすくい上げ、口へと運ぶ。

次の瞬間。

彼の顔が驚愕と、そして至福に、くしゃりと歪んだ。

「な……な、なんだ、これはッ!?」

彼の抑えきれない声が静かな会場に響き渡った。

口に入れた瞬間、牛肉は歯を立てるまでもなく、ほろり、と舌の上でとろけた。何時間もかけて煮込まれた肉の繊維は旨味の塊と化し、凝縮された肉汁が口の中いっぱいに溢れ出す。

ソースはただ濃厚なだけではない。野菜の甘み、肉の旨み、ワインの酸味、その全てが完璧に溶け合い、信じられないほど奥深い重層的な味わいを生み出していた。

ゴロゴロと入った野菜も煮崩れることなく、それぞれの食感と甘みを保っている。人参の優しい甘さ、芋もどきのほっくりとした食感。その全てがソースと絡み合い、食べるたびに新しい感動を与えてくれた。

そして何より、このシチューは温かかった。

その温かさはただの物理的な温度ではない。食べる者の心と体の芯までじんわりと染み渡り、凍てついた魂さえも優しく溶かしていくような、慈愛に満ちた温かさだった。

「う……うまい……! こんなシチュー、生まれて初めて食べたぞ…!」

伯爵の叫びは、まるで号砲のようだった。

それを聞いた他の貴族たちも、我先にとビーフシチューにスプーンを伸ばし始めた。

そして、会場は感動の坩堝と化した。

「信じられない! 肉が口の中で消えた!」
「このソース…! 一体何種類の味が隠されているんだ!?」
「ああ……体が心の底から温まるようだ…」

あちこちで賞賛と感嘆と、そして幸福なため息が漏れる。

イザベラの美しいだけのテリーヌは、あっという間に忘れ去られた。誰もが夢中で私のビーフシチューを頬張っている。その姿はもはや貴族の会食ではない。飢えた民が聖女の起こした奇跡の炊き出しに群がっているかのようだった。

玉座ではレオン様が静かに、しかし満足げにシチューを味わっていた。彼の隣のエリオット様は目を閉じて、その味の奥深さを分析するかのようにじっくりと堪能している。そしてギルバート様は、もはや涙を流しながら「姫ーーーッ!」と心の中で絶叫していた。

イザベラは、その光景を信じられないという顔で、ただ呆然と見つめていた。

なぜ?

どうして?

私の魔力を使った完璧な料理が。あんな田舎臭い茶色い煮込み料理に負けている?

ありえない。

彼女は震える手で自分の前に置かれたビーフシチューをスプーンですくった。そしてそれを、疑心暗鬼のまま口に運んだ。

その一口が。

彼女の全ての常識とプライドを、粉々に打ち砕いた。

(……おい、しい……)

悔しい。認めたくない。しかし体は正直だった。

温かくて優しくて、今まで一度も味わったことのない深い愛情に満たた味が、彼女の空っぽだった心を容赦なく満たしていく。

これが、料理……?

魔力で見た目を飾るだけの自分の空虚な料理とは全く違う。

食べる人のことを心の底から想い、時間と手間と、そして愛情を込めて作られた本物の料理。

彼女は生まれて初めて、その存在を知った。

そして、理解してしまった。

自分はアリアに完膚なきまでに負けたのだ、と。

勝敗の行方はもはや誰の目にも明らかだった。

見た目だけの空っぽな魔力料理と。食べる人への愛情がたっぷりと煮込まれた本物の愛情料理。

その差は、あまりにも絶対的だった。
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