無能と蔑まれ敵国に送られた私、故郷の料理を振る舞ったら『食の聖女』と呼ばれ皇帝陛下に溺愛されています~今さら返せと言われても、もう遅いです!

夏見ナイ

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第62話:聖属性魔力【生命賛歌】

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私の指先が、冷たい水晶玉の表面に触れた。

しん、と。部屋の全ての音が消え去ったかのような静寂。私は固く目を閉じ、これから訪れるであろう屈辱の瞬間にただ耐えようとしていた。

一秒、二秒、三秒。

何も起こらない。

やはりそうだったのだ。私に魔力などない。この最新の測定器をもってしても結果は同じ。私は無能なのだ。

私の顔に絶望の色が浮かんだのを、隣に立つレオン様は感じ取っただろうか。オルドゥス様の落胆のため息が聞こえた気がした。

もうやめてほしい。早くこの悪夢のような時間を終わらせてほしい。

そう願った、その時だった。

「……おお?」

オルドゥス様の、かすれた声が響いた。

私が、おそるおそる目を開けると。信じられない光景が目の前に広がっていた。

水晶玉。その黒曜石のように冷たかったはずの中心に、一つの小さな光点が生まれていた。

それは蝋燭の炎のような、ささやかで、しかし温かい黄金色の光だった。

光は一瞬だけ瞬くと、次の瞬間、急速にその輝きを増し始めた。まるで夜明けの太陽のように。

「な……なんだ、これは!?」

エリオット様の冷静さを失った声が響く。

光は水晶玉全体をあっという間に黄金色に染め上げた。そして、その輝きは水晶という器に収まりきらず、奔流となって部屋中に溢れ出した。

部屋全体が温かい光に包まれた。

それは決して目を焼くような激しい光ではない。春の陽だまりのように優しく、穏やかで、そしてどこまでも清浄な光。

部屋の隅に溜まっていた埃が光に触れた瞬間に浄化され、きらきらと光の粒子となって消えていく。淀んでいた空気がまるで森の奥深くのような、生命力に満ちた澄んだ空気に入れ替わっていくのが肌で感じられた。

私の体もその光に包まれ、心の奥底から温かい何かが満ち溢れてくるのを感じていた。長年私の心を蝕んでいた劣等感という名の冷たい澱が、この光によって優しく洗い流されていくようだった。

「……やはりな」

隣でレオン様の満足げな呟きが聞こえた。彼はこの光景を初めから知っていたかのように、穏やかな笑みを浮かべていた。

一方、オルドゥス様とエリオット様は完全に言葉を失っていた。彼らは目の前で起きている奇跡をただ呆然と見つめることしかできない。

やがて嵐のような光の奔流は、ゆっくりとその勢いを弱め、再び水晶玉の中へと収束していった。しかし水晶はもはや黒曜石の色ではなかった。その内部でまるで小さな太陽が燃えているかのように、力強い黄金色の光を脈打つように放ち続けていた。

「……信じられん」

最初に我に返ったのはオルドゥス様だった。彼の顔は蒼白で、その瞳は神の御業を目の当たりにした信者のように、畏怖と、そして歓喜に打ち震えていた。

彼は水晶の台座に備え付けられた魔力の数値を表示するパネルへと、ふらつく足取りで駆け寄った。そしてそこに表示された文字を読み上げ、絶叫した。

「属性……『聖』ッ! 純度は計測不能ッ! そして、魔力量は……魔力量は……『無限大(インフィニティ)』だとッ!?」

その言葉は部屋にいた全員の度肝を抜いた。

「無限大だと!? ありえん! いかなる大魔術師とて魔力量には限界がある! この測定器の故障か!?」

エリオット様が信じられないというように叫ぶ。

「故障ではございません!」

オルドゥス様は狂乱したように首を横に振った。

「姫様の魔力は我々が知る『魔力』の概念を超えているのです! それは消費されるエネルギーではない! 万物の生命そのものを源とし、周囲の生命力を活性化させることで無限に増幅し続ける、神の領域の力! 古代文献にわずかにその記述が残るのみの、伝説の聖属性魔力!」

彼は私の方を振り返ると、震える指で私を指し、その力の名前を高らかに宣言した。

「その御名は、【生命賛歌(ライフ・グローリア)】ッ!!」

生命賛歌。

そのあまりにも壮大で美しい響き。

しかし、私はその言葉の意味をまだ全く理解できずにいた。

私が……? 聖属性魔力? 無限大?

「姫様は魔力ゼロなどでは断じてなかったのです」

オルドゥス様の声は涙で震えていた。

「ただ、その力が、あまりにも清浄であまりにも優しすぎた。故に旧式の測定器ではその存在を感知することさえできなかった。我々が『魔力』と呼ぶ荒々しいエネルギーとは根本的に次元が違うのです!」

私はただ呆然と立ち尽くしていた。

自分の手を見る。この何の変哲もない小さな手。この手の中に、そんな神にも等しい力が眠っていたというのか。

私が料理をするたびに感じていたあの不思議な感覚。食材が私の手の中で生き生きと輝き出すような、あの感覚。

あれは全て、この力のせいだったというのか。

私が、無能ではなかった。

私の人生をずっと縛り付けてきた、あの冷たい烙印は。

最初から存在しなかったのだ。

喜びよりも。安堵よりも。

私の心を支配したのは、あまりにも大きな混乱だった。

では、私の今までの人生は一体何だったというのだろう。

呆然とする私の肩を大きな手が優しく、しかし力強く抱き寄せた。

見上げるとレオン様が、今まで見たこともないほど優しい瞳で私を見つめていた。

「言っただろう、アリア」

彼の声が私の混乱した心に、唯一の確かなものとして静かに響いた。

「君は無能などではない、と」

その言葉が引き金になった。

私の本当の価値が、本当の力が、今、ここに証明された。

その事実がゆっくりと、しかし確実に私の心に染み渡っていく。

そして今まで必死に抑え込んできた全ての感情が、堰を切ったように溢れ出そうとしていた。
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