無能と蔑まれ敵国に送られた私、故郷の料理を振る舞ったら『食の聖女』と呼ばれ皇帝陛下に溺愛されています~今さら返せと言われても、もう遅いです!

夏見ナイ

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第100話:私たちのフルコースは、まだ始まったばかり

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王立ガルディナ料理学院の建設が、着々と進んでいる。

城下の広大な敷地では多くの職人たちが槌音を響かせ、未来の料理人たちが集う学び舎が日に日にその姿を現していた。その光景を見るたび、私の胸は新たな夢への期待で温かく満たされるのだった。

皇后としての公務と、学院の設立準備。目まぐるしくも充実した日々。

そんなある日の夕暮れ時。

「アリア。少し付き合え」

レオン様が私の執務室にふらりと顔を出した。その手には小さなバスケットが一つ。

彼が私を連れて行ってくれたのは、王城の最上階にある二人だけのお気に入りの場所。『天空の庭園』に隣接した、小さな秘密のテラスだった。

そこからは夕日に染まる帝都アスガルドの街並みが一望できた。呪いから解放され、活気を取り戻した美しい都。家々の窓からは、温かい夕食の支度をする明かりが一つ、また一つと灯り始めている。

「綺麗……」

私の口から思わずため息が漏れた。

「ああ。……君が守ってくれた景色だ」

レオン様は私の隣に立ち、同じ景色を見つめながら静かに言った。

彼はバスケットの中から、テーブルクロスと二つのグラス、そして一本のワインを取り出すと、手際よくテーブルセッティングを始めた。

「まあ、レオン様。今日はどうなさったのですか?」

「たまには俺が君をもてなすのも悪くないだろう」

彼は少しだけ照れくさそうにそう言った。

しかし、バスケットから最後に出てきたのは彼の手料理ではなく、見慣れた温かいシチューの入ったポットだった。それは私が今朝、厨房で仕込んでおいた彼の大好物のビーフシチューだ。

「ふふ。結局、私の料理なのですね」

私がくすりと笑うと、彼は少しだけむっとした顔をした。

「仕方ないだろう。俺の舌はもう、君の料理しか受け付けないように作り変えられてしまったのだから」

その不器用な愛情表現が、たまらなく愛おしかった。

私たちは夕日に染まる空の下、小さなテーブルで向かい合って座った。

私が温かいビーフシチューをお皿によそう。ほろほろと崩れる牛肉と、野菜の甘みが溶け込んだ世界で一番優しい味。

彼はそれを一口、口に運ぶ。

そして目を閉じ、心の底から幸せそうにその味を噛みしめた。

「……美味い」

その一言。

私たちが出会った日から幾度となく繰り返されてきた、魔法の言葉。

それが今も変わらずに、私の耳に最高の音楽として響く。

「今日の料理も最高だ、アリア」

彼はそう言って私に微笑みかけた。その笑顔はもはや氷の皇帝のそれではない。ただ、愛する女性の料理を世界で一番幸せそうに食べる、一人の男の笑顔だった。

「ふふ。ありがとうございます」

私も微笑み返した。

「でも、明日はもっと美味しいものを作りますね」

その言葉に、彼は子供のように目を輝かせた。

その何気ないやり取り。

それこそが、私たちが血と涙と、そしてたくさんの料理の果てに、ようやく手に入れたかけがえのない宝物なのだ。

私たちはしばらく言葉もなく、ただ眼下に広がる美しい帝国の夜景を眺めていた。

街の無数の灯り。その一つ一つに、人々の温かい食卓がある。

私が料理学校でこれから伝えていきたいこと。

それはただの調理技術ではない。

美味しいものを大切な人と分かち合う、そのささやかな、しかし何物にも代えがたい幸せ。

私の夢はまだ始まったばかりだ。

この国を、世界で一番美味しい笑顔で満たすという壮大な夢が。

「愛している、アリア」

隣でレオン様が私の手をそっと握りしめた。

「私もです、レオン様」

私もその手を強く握り返した。

夕暮れのテラスで静かに寄り添う、皇帝と皇后。

虐げられた人質王女と、孤独な氷の皇帝が出会って始まった私たちの物語。

それは前菜のスープから始まり、様々な料理を経て、最高のメインディッシュを味わい、そして人生で一番甘いデザートを手に入れた。

でも、私たちのフルコースはまだ終わらない。

これから二人でどんな新しい料理に出会い、どんな新しい味を創り出していくのだろう。

その輝かしい未来を胸に描きながら。

私たちはいつまでも寄り添い、幸せな食卓を囲み続ける。

私たちのフルコースは、まだ始まったばかりなのだから。

(完)
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