無能と蔑まれ敵国に送られた私、故郷の料理を振る舞ったら『食の聖女』と呼ばれ皇帝陛下に溺愛されています~今さら返せと言われても、もう遅いです!

夏見ナイ

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番外編1:皇帝陛下の初めての離乳食戦争

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の世界で一番甘いウェディングケーキを分かち合ってから、数年の歳月が流れた。

ガルディナ帝国は真の豊穣の時代を迎えていた。呪いから解放された大地は惜しみなくその恵みをもたらし、アリアが設立した料理学院からは新しい食文化の担い手たちが次々と巣立っている。街には美味しい笑顔が溢れ、国はかつてないほどの平和と繁栄を謳歌していた。

そして、王城ヴァイスフレアには、新たな、そして何よりも愛おしい光が灯っていた。

「あうー! あー!」

玉座の間。本来であれば最も厳粛であるべきその場所で、一つの小さな生命が元気な声を上げていた。

第一皇子、アレクシス・フォン・ガルディナ。

皇帝レオンハルトと皇后アリアの間に生まれた待望の世継ぎ。父譲りの輝く銀髪に母譲りの澄んだ青い瞳を受け継いだその赤子は、帝国における全ての愛を一身に集める存在だった。

「おお、アレクシス。今日は機嫌が良いな。父上にその力強い声を聞かせてくれるのか」

玉座に座るレオンハルトは、その腕に小さな皇子を抱きながら、今まで誰にも見せたことのない、とろけるように甘い顔で我が子に語りかけていた。その姿はもはや『氷の皇帝』の面影などどこにもない。ただの息子を溺愛する一人の父親の姿だった。

その光景を、少し離れた場所から宰相エリオットと騎士団長ギルバートが生暖かい目で見守っていた。

「……ギルバート。あれが本当に我らが皇帝陛下なのか? 私の目が疲労でおかしくなったわけではあるまいな」

「何を言うか、エリオット。父となられた陛下の、実に慈愛に満ちた素晴らしいお姿ではないか! さすがはアリア様の子を宿されただけある!」

そんな側近たちの囁きも、今のレオンハルトの耳には届いていない。彼の世界は腕の中で「きゃっきゃっ」と笑う小さな息子だけで完結していた。

しかし、そんな幸せな皇帝一家に、近頃一つの暗雲が垂れ込めていた。

『皇子アレクシス殿下、離乳食お気に召さず事件』である。

生後六ヶ月を迎え、いよいよ乳離れの時期が来たアレクシス。宮廷の料理人たちが帝国中から最高の食材を集め、医学的知識を結集し、考え得る限り最高に栄養価が高く消化の良い離乳食を日夜試作していた。

しかし、当のアレクシスは差し出されるスプーンをことごとくぷいっと顔を背けて拒絶するのだ。

ある日は、黄金色のカブを丁寧に裏ごししたポタージュ。ある日は、栄養満点の鳥のささみをすり潰したペースト。どれも大人が食べても唸るほど素材の味が生きた逸品だった。

だが、アレクシスの小さな唇は固く結ばれたまま、決して開かれることはなかった。

「うーむ……。皇子様はどうやら食が細いご気性のようだ」

宮廷医長は困り果てた顔でそう結論付けた。

しかし、その言葉が息子の父の逆鱗に触れた。

「食が細いだと!?」

夜の寝室で、レオンハルトは信じられないという顔で私の前を歩き回っていた。

「あり得ん! この俺と君の子だぞ!? 食に対する情熱が遺伝子のレベルで刻み込まれていないはずがない! それが食に興味を示さんとは……! もしや俺の育て方がどこか間違っていたというのか……!?」

彼は本気でそう悩んでいた。国政のどんな難題よりも深刻な顔で。そのあまりの親バカっぷりに、私は思わず笑みがこぼれてしまうのを抑えることができなかった。

「ふふ。あなた様、心配しすぎですわ」

私がそう言うと、彼はこの世の終わりのような顔で私に詰め寄った。

「笑い事ではない、アリア! このままではアレクシスは偏食でひ弱な大人になってしまうかもしれん! あの昔のエリオットのようになってしまったらどうするのだ!」

遠くでエリオットが大きなくしゃみをしたかもしれない。

私はそんな愛すべき夫の大きな体を優しく抱きしめた。

「大丈夫ですよ、あなた」

私は彼の背中をあやすようにぽんぽんと叩きながら言った。

「ここは母親に任せていただけませんか?」

その自信に満ちた聖母のような微笑み。

レオンハルトははっとしたように妻の顔を見つめた。そうだ。忘れていた。目の前にいるこの女性こそが、食というものの全てを知り尽くしたこの国の聖女なのだ。

翌日。私は久しぶりにあの場所へと向かった。

皇后としてではなく、一人の母親として。

月影の宮の、私だけの厨房。

私はエプロンをきりりと締めると、アレクシスのための初めての『ママのごはん』作りに取り掛かった。

私が選んだ食材はたった一つ。

呪いから解放された大地が太陽の恵みをたっぷりと吸い込んで育った、最高に甘い一本の人参。

私はその人参を丁寧に洗い、皮を薄く剥く。そして、職人さんたちが作ってくれた魂の宿る包丁で薄い輪切りにしていく。

それを蒸し器に入れ、甘い香りが立ち上るまでじっくりと蒸し上げる。

最後に、蒸し上がったばかりの熱々の人参を目の細かい裏ごし器で丁寧に、丁寧に濾していく。

私の愛情と【生命賛歌】の力をたっぷりと込めて。

出来上がったのは、ただの人参のペースト。

しかし、その色はまるで夕焼けの空を溶かしたかのような美しい輝くオレンジ色。そして、そこから立ち上る香りはただの人参とは思えないほど甘く優しく、そして赤ん坊の本能を優しくくすぐるような生命力に満ちた香りだった。

その日の午後。皇子アレクシスの食事の時間。

彼の周りにはなぜか帝国の重鎮たちが勢揃いしていた。

父である皇帝レオンハルト。祖母である皇太后ヴィクトリア。そして、なぜか宰相のエリオットと騎士団長のギルバートまでが固唾をのんでその様子を見守っている。

「さあ、アレクシス。あーん、ですよ」

私は小さな銀のスプーンに黄金色の人参ペーストをほんの少しだけ乗せ、息子の口元へとゆっくりと運んでいった。

アレクシスは最初、いつものようにぷいっと顔を背けようとした。

しかし、その小さな鼻が人参ペーストから放たれる甘く優しい香りを捉えた。

彼の動きがぴたりと止まった。

その母の瞳と同じ澄んだ青い瞳が、スプーンの上のオレンジ色の輝きに釘付けになる。

これは今まで嗅いだことのない、温かくて幸せな匂い。

彼は、おそるおそる小さな桜色の唇をほんの少しだけ開いた。

その隙間へとスプーンがそっと滑り込む。

そして、初めての味が彼の純粋な舌の上に広がった。

次の瞬間。

アレクシスの青い瞳が、きらりと星のように輝いた。

(……あまくて、おいしい!)

その言葉にならない感動が、彼の小さな体中に駆け巡った。

「あうーっ!」

彼は喜びの声を上げた。そして、もっともっととでも言うように、小さな手をぶんぶんと振り回し始めた。

その光景に、周りで見守っていた大人たちから抑えきれない歓声が上がった。

「食べた…! アレクシス様が召し上がったぞ!」

エリオットが冷静さを失って叫ぶ。

「おおおっ! さすがはアリア様! 皇子様のお心まで鷲掴みでありますな!」

ギルバートが感動に打ち震える。

そして、レオンハルトは。

その蒼い瞳から大粒の涙をぽろぽろとこぼしていた。

彼は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、夢中で離乳食を頬張る息子の元へと駆け寄ると、その小さな体を壊れんばかりに抱きしめた。

「そうだ、アレクシス! 美味いだろう! それは、お前の母上がお前のために世界で一番の愛情を込めて作ってくれた、特別なご馳走なのだからな!」

そのあまりの親バカっぷりに、その場にいた誰もが温かい幸せな笑いに包まれた。

私は愛する夫と愛しい息子の姿を、心の底からの幸福感に満たされながら見つめていた。

私たちのフルコースに、新しい、最高に甘くて愛おしい一皿が加わった。

この幸せな食卓が、これからもずっとずっと続いていく。

そして、いつかこの子が大きくなったら。

今度は三人で一緒に厨房に立つのだ。

そんな新しい夢を胸に描きながら。

私は世界で一番幸せな皇后として微笑んだ。
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感想 47

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みんなの感想(47件)

しまえなが
2025.11.30 しまえなが

番外編有難うございます!
読み始めに『の』と書かれていますが?
意味不明です。

楽しくて勉強になるお話ですね!
番外編の続きがたのしみです。

新作も、お待ちしています❗️

解除
こふく
2025.11.26 こふく

イザベラとイザベーラと2つ書いてますが間違えているのでしょうか?

解除
紅茶
2025.11.24 紅茶

アリア〜目を覚まして‼️😭
続き待ってますー

解除

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