聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ

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059. リリアーナ連れ戻し計画

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王都の空気は、もはや隠しようのないほどに淀み、不穏な気配に満ちていた。聖女マリアへの失望と不信、王太子エドガーへの不満、そして先の見えない生活への不安。それらが人々の心に暗い影を落とし、街には猜疑心と苛立ちが蔓延していた。

そんな中、マリアとその取り巻きたちが流したと思われる、辺境のリリアーナに関する悪意ある噂が、じわじわと広まり始めていた。「彼女は魔女で、辺境伯を誑かしている」「その力は邪悪なもので、いずれ王国に災いをもたらす」「彼女の作るものには毒が入っており、人々を操っている」……。荒唐無稽な内容にも関わらず、不安と不満のはけ口を求めていた一部の民衆や、マリアを支持する貴族たちの間では、その噂が真実味を帯びて受け止められ始めていた。

エドガー王太子は、そうした噂を耳にしながらも、それを意図的に黙認していた。むしろ、それは彼にとって好都合ですらあった。リリアーナを「危険な存在」として印象付けることができれば、彼女を辺境から連れ戻すための、そして自分の過去の過ちを正当化するための、格好の口実になると考えたからだ。

(そうだ、リリアーナは危険なのだ。私が彼女を止めなければならない……!)

彼は、後悔の念を、歪んだ正義感と支配欲へとすり替え、具体的な「リリアーナ連れ戻し計画」の立案に着手した。しかし、それは容易なことではなかった。辺境伯アレクシスは、王命さえ拒否してリリアーナの庇護を宣言している。まともに交渉しても、応じるはずがない。かといって、軍隊を派遣して力ずくで奪い返そうにも、今の王国の国力と、辺境騎士団の実力を考えると、成功の保証はないどころか、全面戦争になりかねない危険な賭けだった。

「……もっと、穏便に……いや、確実に、あの女を連れ戻す方法はないものか……」
エドガーは、執務室で一人、頭を悩ませていた。マリアは、早く行動を起こすように彼を急かすが、具体的な策があるわけではない。宰相や大臣たちも、辺境との対立が深まることには慎重な姿勢を見せており、彼の計画に積極的に賛同する者は少なかった。

そんな八方塞がりの状況の中で、エドガーはある人物に接触することを決意した。それは、表の政治舞台には決して登場しない、王家に古くから仕える「影」の組織の長だった。彼らは、諜報、暗殺、そして様々な裏工作を請け負う、いわば王家の暗部。エドガーは、これまで彼らの存在を知りながらも、関わることを避けてきた。しかし、今は手段を選んでいる場合ではない、と判断したのだ。

密かに手配され、エドガーの前に現れた「影」の長は、年の頃は五十代ほどだろうか、痩身で、感情の読めない能面のような顔をした男だった。その瞳の奥には、深い闇と、冷徹な計算高さが宿っている。
「……王太子殿下、お呼びとのことで」
男は、抑揚のない声で言った。
「うむ」エドガーは、わずかな緊張を隠しながら、威厳を保とうと努めた。「頼みたいことがある。辺境にいる、リリアーナ・フォン・クラインフェルトという女を、秘密裏に、そして確実に、王都へ連れ戻してもらいたい」

男は、表情一つ変えずにエドガーの言葉を聞いていた。
「……ヴァルテンベルク辺境伯の庇護下にある、あの『辺境の聖女』と噂される娘のことですな?」
どうやら、彼らはすでにリリアーナの情報を掴んでいるようだった。
「そうだ。彼女は、その危険な力で辺境伯を操り、王国に仇なそうとしている疑いがある。これ以上、野放しにしておくわけにはいかんのだ」
エドガーは、もっともらしい理由を述べた。

男は、しばらく黙って考えていたが、やがて静かに口を開いた。
「……承知いたしました。ただし、ヴァルテンベルク辺境伯は容易な相手ではございません。彼の監視の目を掻い潜り、彼の地から娘一人を連れ出すのは、相応の困難と危険を伴います。それなりの準備と……『代償』が必要となりましょう」
男の言葉には、暗に報酬と、そして失敗した場合のリスクを匂わせる響きがあった。

「金ならいくらでも用意しよう! 必要な人員も、便宜を図る! 必ず、成功させろ!」
エドガーは、焦りからか、声を荒らげて命じた。
「……御意に」
男は、再び表情を変えることなく、深く一礼すると、音もなく部屋から退出していった。

エドガーは、一人残された執務室で、安堵と、そして言いようのない不安が入り混じったため息をついた。「影」の組織に頼るという、禁断の一手に踏み出してしまった。これで、リリアーナを取り戻せるかもしれない。しかし、同時に、彼らの暗躍が、予期せぬ、より深刻な事態を引き起こすのではないか、という恐れも感じていた。

だが、もう後戻りはできない。彼は、自分の決断を正当化するために、リリアーナは危険な存在であり、自分が彼女を救い出すのだ、と強く自分に言い聞かせるしかなかった。

数日後、「影」の組織による「リリアーナ連れ戻し計画」は、秘密裏に実行に移された。選りすぐりの密偵と工作員たちが、商人や旅人に身をやつし、辺境領へと潜入を開始したのだ。彼らの目的は、リリアーナの行動パターンを探り、警備が手薄になる瞬間を突き、可能であれば穏便に(薬などで眠らせて)、しかし必要であれば力ずくで、彼女を捕らえ、王都へと連れ去ることだった。

彼らは、最新の注意を払い、辺境伯の監視網を巧みに掻い潜りながら、リリアーナの活動拠点である小屋や畑、そして彼女が頻繁に訪れる村へと近づいていった。彼らはまだ知らない。自分たちが足を踏み入れようとしている場所には、人間の監視網以上に厄介で、そして強力な「護衛」が存在することを。

リリアーナと、彼女を守る辺境の人々、そしてアレクシス。彼らの知らないところで、王都からの黒い影が、静かに、しかし確実に忍び寄っていた。辺境の地に、新たな嵐が吹き荒れようとしていた。その中心には、何も知らずに、ただひたむきに日々の務めに励むリリアーナの姿があった。
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