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第二十九話:黒球の法則と制御の糸口
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巨大な地下空洞に鎮座する、黒い球体。それは、まるで空間に開いた穴のように、周囲の光すら吸い込み、異常な重力場で時空を歪ませていた。表面に浮かび上がる、未知の幾何学模様。これが『グラビティ・ケイブ』の重力異常の源であり、おそらくは古代文明の遺物なのだろう。
「…なんという密度、そしてエネルギーだ。あれがもし暴走したら、フロンティアの街はおろか、この地域一帯がただでは済まないぞ」
俺は黒球から距離を取りつつ、『現象観測』と空間歪曲センサーを駆使して、その性質を慎重に分析していた。MPを回復させながら、少しずつ近づき、データを収集する。
(表面温度は絶対零度に近く、内部からは計測不能なレベルの重力波が放出されている。周囲の空間は、シュワルツシルト半径に近づいているかのような極端な歪み方をしているが、事象の地平面は形成されていない。つまり、ブラックホールではない。だが、それに匹敵するほどの、凝縮されたエネルギー体…?)
セバスチャンも、特殊な測定機器を取り出し、黒球のデータを収集している。彼の表情は硬く、この異常な存在に対する警戒を隠せないでいる。
「神崎様、この黒球…自己修復、あるいは自己安定化機構のようなものが働いているようです。放出される重力波のパターンに、微弱ながら周期的な変動が見られます。まるで、内部の不安定性を外部に排出し、バランスを保とうとしているかのようですな」
「自己安定化機構…? それはつまり、制御されているということか?」
俺はセバスチャンの分析に注目した。もし、この黒球が完全に制御不能な暴走状態ではないとしたら、あるいは、その制御システムに介入できる可能性があるかもしれない。
俺は再び、黒球表面に浮かぶ幾何学模様に意識を集中させた。それは、プライマル・コードとは明らかに異なるデザインだが、同様に複雑で、数学的な規則性を持っているように見える。
(これが、重力制御のためのコード…『グラビティ・コード』とでも呼ぶべきか? このパターンが、内部のエネルギー状態と、外部への重力波放出を制御している…?)
仮説に基づき、『現象観測』でコードのパターンと重力波の変動との相関関係を探る。膨大なデータの中から、特定のコードセクションが、重力波の周波数や強度に影響を与えている可能性を示す、微弱なシグナルを見つけ出した。
(…あった! この部分だ。このセクションの魔力的な励起状態が変化すると、放出される重力波の特性が変わる!)
これは大きな発見だ。この『グラビティ・コード』もまた、プライマル・コードと同様に、外部からの干渉によってその機能を変化させられる可能性がある。
「セバスチャン、この黒球、制御できるかもしれない」
「…! それは本当ですか、神崎様!?」
セバスチャンが驚きの声を上げる。
「ああ。表面のコードの一部が、重力波の放出パターンに関与しているようだ。そこに、外部から特定のエネルギーパターンを与えれば、放出を抑制したり、あるいは安定化させたりできるかもしれない」
だが、問題は、どうやって干渉するかだ。この黒球に近づくこと自体が極めて危険であり、放出される重力波の影響も計り知れない。それに、どんなエネルギーパターンを与えればいいのかも不明だ。下手に干渉すれば、それこそ暴走の引き金になりかねない。MPもまだ完全には回復していない。
(リスクが高すぎる…だが、このまま放置しておくわけにもいかない。この黒球は、いつ暴走してもおかしくない時限爆弾のようなものだ)
それに、もしこの重力制御技術の一端でも解明できれば、それは人類にとって計り知れない恩恵をもたらす可能性がある。
「…試してみる価値はある。セバスチャン、援護を頼む。俺がコードに干渉する間、万が一、黒球が不安定になった場合に備えて、退路の確保と防御障壁の準備を」
「…承知いたしました。ですが、決してご無理はなさらないでください。あなた様の身に何かあれば、エリーゼ様になんとお詫びすればよいか…」
セバスチャンは覚悟を決めた表情で頷き、風の力を解放して周囲に防御フィールドを展開し始めた。
俺は黒球から安全な距離を保ちつつ、『魔晶光線銃 MarkIII』を構えた。狙うは、先ほど特定した『グラビティ・コード』の特定セクション。そこに、精密に調整した魔力エネルギーパルスを照射する。
(目標は、重力波放出の抑制。コードの励起状態を、より低位の安定状態へと遷移させるようなエネルギーパターンは…シミュレーションによれば、これか!)
『状態保存』スキルを限定的に使用し、魔晶光線銃から放つエネルギーパルスの波形、周波数、そして強度を、ナノ秒単位で精密に制御する。MP消費を最小限に抑えつつ、最大限の効果を狙う。
息を詰め、引き金を引く。
**ピュンッ!**
細く絞られた青白い魔力パルスが、黒球表面の特定コードセクションに正確に着弾した。
瞬間、黒球全体が微かに振動し、表面の幾何学模様が乱れるように明滅した。周囲の空間の歪みが、さらに増大する。
(まずい、逆効果か!?)
冷や汗が背中を伝う。センサーの数値が急激に悪化し、重力波の放出強度が増大し始めた。
「神崎様!」
セバスチャンの悲鳴に近い声。
だが、俺は諦めなかった。『現象観測』で、黒球とコードの反応をリアルタイムで分析し続ける。
(…違う! これは、安定化プロセスの一部だ! コードが外部からの刺激に反応し、内部のエネルギーバランスを再調整しようとしている! このプロセスを助けることができれば…!)
俺は即座に次の手を打つ。今度は、先ほどとは逆の、コードの励起状態をわずかに「促進」するような、別のパターンの魔力パルスを照射する。内部エネルギーの排出を促し、安定化への移行を後押しするイメージだ。
**ピュンッ!**
二射目のパルスが着弾する。
黒球の振動が、一瞬さらに激しくなったかと思うと、次の瞬間、ふっと収まった。表面のコードの明滅が落ち着き、放出される重力波の強度も、明らかに低下し始めた。周囲の空間の歪みも、ゆっくりと緩和されていく。
センサーの数値が、安定方向へと向かっていることを示している。
「……成功、したのか…?」
俺は、緊張の糸が切れたように、その場に座り込んだ。MPは残り僅か。全身が鉛のように重い。
「……信じられない…古代の重力制御装置を、外部からの干渉で安定化させるとは……」
セバスチャンも、呆然とした様子で呟いている。
黒球は、依然としてそこに存在し、微弱な重力波を放ち続けているが、暴走の危機は去ったように見えた。完全な停止や解体は不可能だろうが、少なくとも、当面の脅威は取り除かれたと言っていいだろう。
「…やったな、セバスチャン」
「…ええ。あなた様のおかげです、神崎様」
俺たちは、互いの顔を見合わせ、安堵の溜息をついた。
黒球が安定化したことで、俺たちはより近くで、その表面の『グラビティ・コード』を詳細に記録することができた。それは、今後の研究にとって、計り知れない価値を持つデータとなるだろう。
「さて、目的は果たした。そろそろ撤収しよう」
俺は立ち上がり、セバスチャンと共に、この異常な重力場からの脱出を開始した。帰り道は、重力変動がかなり穏やかになっており、以前よりもスムーズに進むことができた。おそらく、黒球が安定化した影響だろう。
途中で遭遇したモンスターも、数が減っているように感じられた。ダンジョンの環境そのものが、コア(黒球)の状態に大きく左右されていたのかもしれない。
数時間後、俺たちは無事に『グラビティ・ケイブ』の入り口へと戻り、待機させていた装甲車両に乗り込んだ。
「フロンティアへ帰還します」
セバスチャンは、どこか疲れた様子ながらも、確かな安堵感を滲ませながら、車両を発進させた。
今回の探索は、Bランクダンジョンという危険な挑戦であったと同時に、俺にとって大きな飛躍の機会となった。未知の重力法則、新たなコードの発見、そして『法則操作』による、より高度な環境制御の可能性。
俺は、持ち帰った『グラビティ・コード』のデータを収めた記録媒体を手に、窓の外を流れる景色を眺めていた。
(重力制御…もし、この技術を解明し、応用できれば…人類は、新たなステージへと進むことができるかもしれない)
それは、単なるダンジョン攻略やスキル強化を超えた、壮大な可能性だ。
だが、同時に、古代文明がなぜこのような危険な装置を残したのか、そして彼らがどうなったのか、という新たな疑問も生まれていた。
世界の謎は、解き明かされるたびに、さらに深い謎を提示してくる。まるで、無限に続く方程式のように。
俺の挑戦は、まだ始まったばかりだ。フロンティアへの帰路は、次なる研究と冒険への、静かな序章となるのだった。
「…なんという密度、そしてエネルギーだ。あれがもし暴走したら、フロンティアの街はおろか、この地域一帯がただでは済まないぞ」
俺は黒球から距離を取りつつ、『現象観測』と空間歪曲センサーを駆使して、その性質を慎重に分析していた。MPを回復させながら、少しずつ近づき、データを収集する。
(表面温度は絶対零度に近く、内部からは計測不能なレベルの重力波が放出されている。周囲の空間は、シュワルツシルト半径に近づいているかのような極端な歪み方をしているが、事象の地平面は形成されていない。つまり、ブラックホールではない。だが、それに匹敵するほどの、凝縮されたエネルギー体…?)
セバスチャンも、特殊な測定機器を取り出し、黒球のデータを収集している。彼の表情は硬く、この異常な存在に対する警戒を隠せないでいる。
「神崎様、この黒球…自己修復、あるいは自己安定化機構のようなものが働いているようです。放出される重力波のパターンに、微弱ながら周期的な変動が見られます。まるで、内部の不安定性を外部に排出し、バランスを保とうとしているかのようですな」
「自己安定化機構…? それはつまり、制御されているということか?」
俺はセバスチャンの分析に注目した。もし、この黒球が完全に制御不能な暴走状態ではないとしたら、あるいは、その制御システムに介入できる可能性があるかもしれない。
俺は再び、黒球表面に浮かぶ幾何学模様に意識を集中させた。それは、プライマル・コードとは明らかに異なるデザインだが、同様に複雑で、数学的な規則性を持っているように見える。
(これが、重力制御のためのコード…『グラビティ・コード』とでも呼ぶべきか? このパターンが、内部のエネルギー状態と、外部への重力波放出を制御している…?)
仮説に基づき、『現象観測』でコードのパターンと重力波の変動との相関関係を探る。膨大なデータの中から、特定のコードセクションが、重力波の周波数や強度に影響を与えている可能性を示す、微弱なシグナルを見つけ出した。
(…あった! この部分だ。このセクションの魔力的な励起状態が変化すると、放出される重力波の特性が変わる!)
これは大きな発見だ。この『グラビティ・コード』もまた、プライマル・コードと同様に、外部からの干渉によってその機能を変化させられる可能性がある。
「セバスチャン、この黒球、制御できるかもしれない」
「…! それは本当ですか、神崎様!?」
セバスチャンが驚きの声を上げる。
「ああ。表面のコードの一部が、重力波の放出パターンに関与しているようだ。そこに、外部から特定のエネルギーパターンを与えれば、放出を抑制したり、あるいは安定化させたりできるかもしれない」
だが、問題は、どうやって干渉するかだ。この黒球に近づくこと自体が極めて危険であり、放出される重力波の影響も計り知れない。それに、どんなエネルギーパターンを与えればいいのかも不明だ。下手に干渉すれば、それこそ暴走の引き金になりかねない。MPもまだ完全には回復していない。
(リスクが高すぎる…だが、このまま放置しておくわけにもいかない。この黒球は、いつ暴走してもおかしくない時限爆弾のようなものだ)
それに、もしこの重力制御技術の一端でも解明できれば、それは人類にとって計り知れない恩恵をもたらす可能性がある。
「…試してみる価値はある。セバスチャン、援護を頼む。俺がコードに干渉する間、万が一、黒球が不安定になった場合に備えて、退路の確保と防御障壁の準備を」
「…承知いたしました。ですが、決してご無理はなさらないでください。あなた様の身に何かあれば、エリーゼ様になんとお詫びすればよいか…」
セバスチャンは覚悟を決めた表情で頷き、風の力を解放して周囲に防御フィールドを展開し始めた。
俺は黒球から安全な距離を保ちつつ、『魔晶光線銃 MarkIII』を構えた。狙うは、先ほど特定した『グラビティ・コード』の特定セクション。そこに、精密に調整した魔力エネルギーパルスを照射する。
(目標は、重力波放出の抑制。コードの励起状態を、より低位の安定状態へと遷移させるようなエネルギーパターンは…シミュレーションによれば、これか!)
『状態保存』スキルを限定的に使用し、魔晶光線銃から放つエネルギーパルスの波形、周波数、そして強度を、ナノ秒単位で精密に制御する。MP消費を最小限に抑えつつ、最大限の効果を狙う。
息を詰め、引き金を引く。
**ピュンッ!**
細く絞られた青白い魔力パルスが、黒球表面の特定コードセクションに正確に着弾した。
瞬間、黒球全体が微かに振動し、表面の幾何学模様が乱れるように明滅した。周囲の空間の歪みが、さらに増大する。
(まずい、逆効果か!?)
冷や汗が背中を伝う。センサーの数値が急激に悪化し、重力波の放出強度が増大し始めた。
「神崎様!」
セバスチャンの悲鳴に近い声。
だが、俺は諦めなかった。『現象観測』で、黒球とコードの反応をリアルタイムで分析し続ける。
(…違う! これは、安定化プロセスの一部だ! コードが外部からの刺激に反応し、内部のエネルギーバランスを再調整しようとしている! このプロセスを助けることができれば…!)
俺は即座に次の手を打つ。今度は、先ほどとは逆の、コードの励起状態をわずかに「促進」するような、別のパターンの魔力パルスを照射する。内部エネルギーの排出を促し、安定化への移行を後押しするイメージだ。
**ピュンッ!**
二射目のパルスが着弾する。
黒球の振動が、一瞬さらに激しくなったかと思うと、次の瞬間、ふっと収まった。表面のコードの明滅が落ち着き、放出される重力波の強度も、明らかに低下し始めた。周囲の空間の歪みも、ゆっくりと緩和されていく。
センサーの数値が、安定方向へと向かっていることを示している。
「……成功、したのか…?」
俺は、緊張の糸が切れたように、その場に座り込んだ。MPは残り僅か。全身が鉛のように重い。
「……信じられない…古代の重力制御装置を、外部からの干渉で安定化させるとは……」
セバスチャンも、呆然とした様子で呟いている。
黒球は、依然としてそこに存在し、微弱な重力波を放ち続けているが、暴走の危機は去ったように見えた。完全な停止や解体は不可能だろうが、少なくとも、当面の脅威は取り除かれたと言っていいだろう。
「…やったな、セバスチャン」
「…ええ。あなた様のおかげです、神崎様」
俺たちは、互いの顔を見合わせ、安堵の溜息をついた。
黒球が安定化したことで、俺たちはより近くで、その表面の『グラビティ・コード』を詳細に記録することができた。それは、今後の研究にとって、計り知れない価値を持つデータとなるだろう。
「さて、目的は果たした。そろそろ撤収しよう」
俺は立ち上がり、セバスチャンと共に、この異常な重力場からの脱出を開始した。帰り道は、重力変動がかなり穏やかになっており、以前よりもスムーズに進むことができた。おそらく、黒球が安定化した影響だろう。
途中で遭遇したモンスターも、数が減っているように感じられた。ダンジョンの環境そのものが、コア(黒球)の状態に大きく左右されていたのかもしれない。
数時間後、俺たちは無事に『グラビティ・ケイブ』の入り口へと戻り、待機させていた装甲車両に乗り込んだ。
「フロンティアへ帰還します」
セバスチャンは、どこか疲れた様子ながらも、確かな安堵感を滲ませながら、車両を発進させた。
今回の探索は、Bランクダンジョンという危険な挑戦であったと同時に、俺にとって大きな飛躍の機会となった。未知の重力法則、新たなコードの発見、そして『法則操作』による、より高度な環境制御の可能性。
俺は、持ち帰った『グラビティ・コード』のデータを収めた記録媒体を手に、窓の外を流れる景色を眺めていた。
(重力制御…もし、この技術を解明し、応用できれば…人類は、新たなステージへと進むことができるかもしれない)
それは、単なるダンジョン攻略やスキル強化を超えた、壮大な可能性だ。
だが、同時に、古代文明がなぜこのような危険な装置を残したのか、そして彼らがどうなったのか、という新たな疑問も生まれていた。
世界の謎は、解き明かされるたびに、さらに深い謎を提示してくる。まるで、無限に続く方程式のように。
俺の挑戦は、まだ始まったばかりだ。フロンティアへの帰路は、次なる研究と冒険への、静かな序章となるのだった。
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