外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第46話:手のひらを返す人々

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時が、止まっていた。
王宮の中庭は、まるで一枚の絵画のように静まり返っていた。風にそよぐ銀色の葉が立てる、さらさらという囁きのような音。そして、咲き誇る純白の花々から放たれる、むせ返るほどに甘く、清浄な香り。
その奇跡の中心に、私はただ静かに立っていた。
国王も、貴族たちも、アシュレイ様でさえも、誰もが言葉を失い、目の前で起こった現実離れした光景を、ただ呆然と見つめていた。

最初に沈黙を破ったのは、この国の頂点に立つ男、国王アルフォンス三世だった。
彼は、まるで夢から覚めたかのように、ゆっくりと椅子から立ち上がった。その足取りは、どこか覚束ない。彼は、蘇った世界樹の若木の前に立つと、恐る恐る、その銀色に輝く葉に指先で触れた。
「……温かい」
彼の唇から、かすれた声が漏れた。
「生命の、温もりが……確かに、ある」
彼は、まるで信じられないものでも確かめるかのように、何度もその葉に触れた。そして、ゆっくりとこちらを振り返った。その瞳には、もはや私を試すような色はなかった。そこにあったのは、神の御業を目の当たりにした人間が抱く、純粋な畏敬と、そして興奮だった。
「……リナリア・エルフィールドよ」
国王の声が、震えながら中庭に響き渡る。
「そなたは……そなたは、まこと、神々に愛されし乙女であったか!」
彼は、玉座の威厳も忘れ、ほとんど叫ぶように言った。
「この奇跡! まさに、我が国の歴史に永遠に刻まれるべき、偉業なり! そなたこそ、我が国が百年待ち望んだ、真の聖女だ!」
聖女。
国王自らが放ったその言葉が、まるで魔法の呪文のように、凍り付いていた人々の心を解き放った。
その瞬間、堰を切ったように、賞賛の嵐が巻き起こった。
「おお……! なんということだ!」
「枯れ木が、一瞬にして……! 我は、生涯忘れぬであろう、この光景を!」
「聖女様! まさに、聖女様のご降臨だ!」
さっきまで私を疑いの目で見ていたはずの、年配の貴族たちが、こぞって私の功績を褒め称え始めた。その声は、感動に打ち震えている。
そして、最も滑稽だったのは、若い令嬢たちの変わり身の早さだった。
つい先ほどまで、「地味な娘」「出来損ない」と私を嘲笑していたはずの彼女たちが、今や、うっとりとした表情で、私に熱い視線を送っている。
「まあ、リナリア様! なんて、なんて素晴らしいお力なのでしょう!」
一人の令嬢が、甲高い声を上げる。
「あのような美しい奇跡、初めて拝見いたしましたわ! わたくし、感動で胸が震えております!」
別の令嬢が、ハンカチで目元を押さえながら、大げさに言った。
彼女たちは、自分が先ほどまでリナリアを侮辱していたことなど、すっかり忘れてしまったかのように、次々と美辞麗句を並べ立てていく。その変わり身の見事さには、呆れるのを通り越して、感心すら覚えてしまった。
彼らは、私の持つ力そのものを評価しているのではない。国王陛下が認めたという『権威』と、アシュレイ公爵の庇護下にあるという『権力』に、ひれ伏しているだけなのだ。
それが、社交界という世界の、どうしようもない真実だった。
貴族たちが、我先にと私に近づき、賞賛の言葉を述べようとする。しかし、その全ては、私の隣に静かに立つ、一人の男によって阻まれた。
アシュレイ様だ。
彼は、私の半歩前に立つようにして、押し寄せる人々に対する、見えない、しかし絶対的な壁となっていた。彼の紫の瞳は、私にだけは、どこまでも誇らしげで、そして愛情に満ちた光を注いでいる。しかし、他の者たちに向けられる視線は、氷のように冷たかった。
『安易に、彼女に近づくな』
その無言の圧力が、貴族たちの熱狂に、冷静な水を差していく。彼らは、アシュレイ様の機嫌を損ねることの恐ろしさを、よく知っていた。彼らは、もどかしそうに、しかし一定の距離を保ったまま、私への賞賛を続けるしかなかった。
私は、その完璧な鉄壁ガードに守られながら、押し寄せる賞賛の波を、静かに受け止めていた。
もう、怯えも、戸惑いもなかった。
これが、アシュレイ様が言っていた『戦い』の成果なのだ。私の力が、私の立場を、そして私を見る人々の目さえも、完全に変えてしまった。
その確かな実感が、私の心に、これまで感じたことのないほどの、力強い高揚感をもたらしていた。

賞賛と興奮の渦の中で、その輪から完全に弾き出され、忘れ去られたように立ち尽くす二つの影があった。
姉のイザベラと、第二王子エドワード。
彼らは、中庭の隅の方で、顔面を蒼白にさせ、ただ震えていた。
イザベラは、自分の両手を見つめている。精霊の加護だという、彼女の誇りだった【祝福】の力。私の起こした、天地を覆すほどの奇跡の前では、それはまるで、子供の遊びのように、ちっぽけで、無力だった。
エドワード王子は、貴族たちが自分ではなく、私とアシュレイ様を称賛している光景を、信じられないという表情で見つめている。王族であるはずの自分が、完全に脇役へと追いやられている。その屈辱に、彼の唇はわなわなと震えていた。
彼らに、声をかける者は、もう誰もいなかった。
先ほどまで彼らに追従していた取り巻きたちでさえ、今は知らん顔をして、私を褒め称える輪の中に加わっている。
これが、彼らが望んだ結末。
彼らが私を貶めるために用意した舞台は、皮肉にも、私を最高に輝かせ、そして彼ら自身を、この上なく惨めな道化へと貶める結果となったのだ。
その光景を視界の端に捉えながら、私は、心の奥底で、ほんの少しだけ、冷たい満足感を覚えていた。

やがて、国王陛下が、パン、と一度だけ手を叩いた。
その音で、広間の喧騒は、再び静寂へと戻る。
国王は、満足げに頷くと、改めて、私に向き直った。
「リナリア・エルフィールドよ。そなたの功績、まことに天晴れである。この国は、そなたという至宝を得たことを、神に感謝せねばなるまい」
彼は、そこで一度言葉を切ると、威厳に満ちた声で、高らかに宣言した。
「この偉大なる功績に、相応しい栄誉と褒賞を、与えねばなるまいな!」
その言葉は、私の運命が、また一つ、新たな段階へと進むことを告げる、高らかなファンファーレだった。
中庭に集った全ての者たちが、固唾をのんで、国王の次の言葉を待っていた。
これから私に与えられる、新たな地位と、未来。
その始まりを、私は、アシュレイ様の隣で、どこまでも澄み切った心で、静かに見つめていた。
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