この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第14話 葵の胃袋を掴む

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葵との間にあった壁がなくなり、俺たちの関係は新たなステージへと進んだ。彼女は、俺の前では少しだけ「男」の仮面を緩めるようになった。二人きりになると、普段よりも声のトーンが少し高くなったり、ふとした瞬間に女の子らしい仕草がこぼれたりする。その度に俺はドキドキさせられっぱなしだったが、彼女が俺を信頼してくれている証だと思うと、悪い気はしなかった。

「なあ祐樹。今夜、部屋行っていいか?」
放課後の教室で、葵が耳元でこっそり囁いてきた。玲は今日も委員会で不在だ。
「ああ、別にいいけど。どうしたんだ?」
「ちょっと、相談したいことがあってさ」
真剣な表情でそう言われれば、断れるはずもない。

夜。約束通り、葵は俺たちの部屋を訪れた。玲の不在を確認すると、彼女はほっとしたように息をつき、ベッドにどかりと腰を下ろす。
「はー、疲れた。やっぱ、一日中気を張ってんのはキツいな」
そう言って、彼女は大きく伸びをした。ジャージ姿の彼女は、教室にいる時よりもずっとリラックスしているように見える。

「で、相談ってなんだ?」
俺が尋ねると、葵は少し気まずそうに視線を泳がせた。そして、意を決したように俺を見て、お腹を押さえる。
その瞬間、ぐぅぅぅぅ、と盛大な音が部屋に響き渡った。

「…………」
「…………」
沈黙。葵の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「ち、ちげーよ! 今のは俺じゃねえ! 多分、床がきしんだ音だ!」
見え透いた嘘をついて、彼女はぶんぶんと首を横に振る。その姿がなんだか面白くて、俺は思わず吹き出してしまった。
「ははっ、いいって。腹、減ってるんだろ?」

俺が笑うと、葵は観念したようにがっくりと肩を落とした。
「……うん。マジで、腹ペコなんだ」
聞けば、彼女は人よりもずっと燃費が悪いらしい。運動部並みに身体を動かしているのだから当然だろう。だが、食堂で大盛りを頼んだり、おかわりをしたりするのは「男らしい」を通り越して「食いしん坊」だと思われそうで、いつも量をセーブしているのだという。

「女の子だってバレたくないし……。でも、腹は減るし……」
しゅん、と項垂れる葵は、まるで飼い主におやつをねだる大型犬のようだった。その姿に、俺の中の世話焼き魂がむくむくと頭をもたげる。
「……よし、ちょっと待ってろ。なんか作ってやるよ」

俺はそう言うと、部屋の隅に置いてある小さなキッチンへと向かった。寮の部屋には、簡単な調理ができるように最低限の設備が整っている。幸い、俺は実家から送ってもらった食材をいくつかストックしてあった。

冷蔵庫を開け、中身を確認する。卵、ネギ、ベーコン、それにご飯。よし、あれならすぐに作れる。
俺は手際よく調理を始めた。フライパンを熱して油をひき、溶き卵を流し込む。ご飯を加えて手早く炒め、刻んだベーコンとネギを投入。塩胡椒と醤油で味を整えれば、あっという間に香ばしい香りが部屋に立ち込めた。

「うおっ!? なんだ、このいい匂い!」
さっきまでしょげていた葵が、目を輝かせてキッチンを覗き込んでいる。
「ほら、できたぞ。ベーコンエッグチャーハンだ」
俺が大皿にこんもりと盛り付けたチャーハンをテーブルに置くと、葵は「マジかよ……」と感動したように呟いた。

「いただきます!」
大きな声でそう言うと、彼女はレンゲを手に取り、山盛りのチャーハンを大きな口でぱくりと頬張った。そして、数回咀嚼すると、その目をカッと見開いた。
「…………!」
「ど、どうだ?」
「う……うめぇぇぇぇぇっ!!」

葵は、叫び声に近い歓声を上げた。そして、そこからはもう無我夢中だった。レンゲを持つ手が止まらない。黙々と、しかし実に幸せそうな顔で、チャーハンを次から次へと口に運んでいく。その食べっぷりは見ていて気持ちがいいほどだ。

あっという間に、山盛りだったチャーハンは綺麗になくなった。
「ぷはーっ! ごちそうさまでした!」
満足げに腹をさすりながら、葵は満面の笑みを浮かべた。その顔は、空腹が満たされた幸福感で輝いている。
「祐樹……お前、天才かよ……」
「大げさだな。ただのチャーハンだろ」
「ただのじゃねえ! 俺が今まで食ったどんなチャーハンより、最高に美味かった!」

葵は興奮気味にそう言うと、俺の手を両手でがしりと掴んだ。
「なあ、祐樹! また作ってくれよ! な!」
キラキラした瞳で、子犬のように見上げられる。こんな顔をされて断れるわけがなかった。
「……分かったよ。また腹が減ったら言え」
「やったー! 約束だからな!」

その日を境に、葵の「餌付け」が始まった。
夜になると、彼女は腹を空かせて俺の部屋にやってくる。俺は、その日のあり合わせの食材で、パスタやオムライス、生姜焼き丼など、簡単な夜食を彼女に振る舞った。葵は、俺が作るものなら何でも「最高に美味い!」と言って、いつも綺麗に平らげてくれた。

「お前のメシ食ってると、なんかホッとするんだよな。実家のメシ、思い出すっていうか……」
ある夜、食後のコーヒーを飲みながら、葵はぽつりとそう呟いた。
「俺ん家、武家筋でさ。すげー厳格なんだ。食事も作法とかうるさくて、ゆっくり味わうなんてできなかったから」
彼女の横顔は、少しだけ寂しそうに見えた。

俺は、彼女の胃袋だけでなく、もしかしたら心の中の寂しさも、少しだけ満たしてやれているのかもしれない。そう思うと、夜食作りも全く苦ではなかった。むしろ、彼女が美味しそうに食べる姿を見るのが、俺にとってのささやかな喜びになっていた。

「なあ、祐樹」
「ん?」
「俺さ、お前のこと、ただのダチじゃなくて、なんていうか……もっと、特別なダチだと思ってるからな!」

そう言って、葵は照れくさそうに笑った。そのストレートな言葉に、俺の心臓がどきりと音を立てる。
美味しい料理は、人と人との距離を縮める一番の近道なのかもしれない。俺は、いつの間にかこの太陽のような少女の、特別な場所を手に入れてしまったようだった。
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