この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第16話 全部お見通し

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「……見てました?」

温度のない声で問いかけられ、俺は金縛りにあったように動けなかった。PCルームの静寂が、やけに重く感じられる。サーバーの低い駆動音が、まるで不吉なBGMのように響いていた。

どうする。どう答えるべきだ。しらを切るか? いや、湊のあの目つきは、ごまかしが効く相手ではないことを物語っている。俺は意を決して、正直に答えることにした。
「……ああ。見てしまった」

俺がそう認めると、湊はふっと息を漏らした。それは安堵のため息か、それとも呆れたため息か。俺には判断がつかない。彼は椅子をくるりと回転させ、完全に俺の方に向き直った。そして、今まで見せたことのないような、挑発的な笑みを浮かべる。

「そうですか。見てしまいましたか。……困りましたねぇ、先輩」
その口調は、普段の彼とは似ても似つかない。小動物のような可愛らしさは微塵もなく、そこには全てを計算し尽くしたかのような、小悪魔的な余裕が漂っていた。

「あの、篠宮……お前、一体何を……」
俺が問い詰めようとすると、湊は「まあまあ、落ち着いてくださいよ」と言って、人差し指を自分の唇に当てた。
「その話は、ここではちょっとマズいですよね。場所、変えません?」
有無を言わさぬその態度に、俺はただ頷くことしかできない。俺たちはPCルームを後にし、誰にも聞かれる心配のない、夜の中庭へと向かった。

月明かりだけが、俺たち二人をぼんやりと照らしている。冷たい夜気が、肌を刺した。
先に口を開いたのは、やはり湊だった。
「さて、と。どこから説明しましょうかね。……いや、その前に、まずはこちらから質問させてください」

湊はそう言うと、俺に向かって一歩近づいた。そして、子供が悪戯っぽく笑うような顔で、俺を見上げる。
「相葉祐-樹-せんぱい。家族構成は、父、母、それから可愛い妹さんが一人。趣味は料理と読書。特技は、妹さんの髪を結んであげること。違いますか?」

「なっ……!?」
俺は言葉を失った。なぜ、そんなことまで知っているんだ。妹の髪のことなど、誰にも話したことはないはずだ。
湊は、俺の驚きを楽しんでいるかのように、くすくすと笑う。

「驚きました? まだまだありますよ」
彼の瞳が、月光を反射して妖しく光った。
「橘玲先輩。ルームメイトですよね。彼女が女の子だってこと、知ってますよね? 深夜、彼女がサラシを解くところを『偶然』見てしまったのがきっかけで」
「……!」
「五十嵐葵先輩。食堂で無理やり『ダチ』認定されて、最近は夜食を作ってあげてるそうじゃないですか。彼女が女の子だってことにも、もちろん気づいてますよね? 体育の後のシャワー室で、これまた『偶然』彼女の裸を見てしまったから」

全身の血が、逆流する。背筋が、凍りついた。
こいつ、全部知っている。俺と玲と葵の、誰にも知られてはいけないはずの秘密を、この後輩は全て把握している。

俺が恐怖と混乱で声も出せずにいると、湊は満足そうに頷いた。
「……どうして、そんなことまで」
なんとか絞り出した俺の声は、情けないほど震えていた。

「どうして、でしょうねぇ」
湊は、わざとらしく小首を傾げる。
「言ったじゃないですか、先輩。僕は、入学式の時からずーっと、先輩のことを見てたって。あれ、嘘じゃないんですよ? むしろ、入学する前から、あなたのことはぜーんぶ調べてましたから」
「入学前から……!?」
「ええ。この学園にたった一人だけ入学してくる『本物の男』。それがどんな人なのか、興味があったんですよ。だから、学園のデータベースにちょっとだけお邪魔して、あなたの情報を隅から隅まで拝見させてもらいました。SNSの裏アカウントとか、ネットショッピングの履歴とかまで、ぜーんぶね」

悪びれる様子もなく、湊はぺろりと舌を出した。その仕草は可愛いはずなのに、今の俺には悪魔の微笑みにしか見えなかった。
俺という人間は、この小さな後輩の手のひらの上で、丸裸にされていたのだ。

「……お前も、なのか」
俺は、最後の望みを託すように尋ねた。
「お前も、玲や葵と同じで……女の子、なのか?」

俺の問いに、湊は一瞬だけきょとんとした顔をした。そして、次の瞬間、堪えきれないというように、くつくつと喉を鳴らして笑い始めた。
「あははっ! せんぱい、面白いこと聞きますね。当たり前じゃないですか」

そう言うと、湊は自分の胸に軽く手を当てた。ジャージの上からでは分からないが、その下にはきっと、玲や葵と同じものが隠されているのだろう。
「篠宮湊。見ての通り、か弱くて可愛い女の子ですよ。……ま、ハッキングの腕前は、世界でも五本の指には入ると思いますけど」

自信満々にそう言ってのける彼女の姿に、俺はもはや驚きを通り越して、呆れるしかなかった。天才ハッカー。巨大IT企業に才能を狙われているという彼女の「訳アリ」の理由が、今、はっきりと理解できた。

「というわけで、先輩」
湊は、悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、俺の目の前まで顔を近づけてきた。甘い香りが、ふわりと鼻をかすめる。
「僕の秘密も知ってしまったわけですし? これで先輩は、僕の『共犯者』でもあるわけです。……分かりますよね?」

それは、拒否権のない提案だった。いや、脅迫に近い。俺は、玲と葵に続いて、この底知れない小悪魔ハッカーの秘密まで背負い込むことになってしまった。
俺は、力なく頷くことしかできない。

「よろしい」
湊は満足そうに微笑むと、俺から一歩離れた。そして、いつもの人懐っこい笑顔に戻って、可愛らしく首を傾げる。
「これから、よろしくお願いしますね。祐樹せんぱいっ!」

その笑顔は、もはやリスのようには見えなかった。俺という獲物を見つけて、これからどうやって弄んでやろうかと考えている、ずる賢くて可愛い、一匹の小悪魔にしか見えなかった。
俺の秘密の学園生活は、新たな共犯者の登場によって、さらに予測不能な方向へと舵を切ろうとしていた。
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