この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第17話 湊のイタズラ

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篠宮湊が三人目の共犯者となってから、俺の日常は新たな脅威に晒されることになった。玲は独占欲の強い甘えん坊、葵はストレートなボディタッチ魔。そして湊は、その天才的なハッキング能力を駆使して俺を弄んでくる、予測不能の小悪魔だった。

翌日の昼休み。食堂で玲と昼食をとっていると、俺のポケットの中のスマホが、突然けたたましい音を立てた。
『にゃにゃにゃにゃー、にゃっにゃっにゃー!』
どこかで聞いたことのある、猫が登場するテレビCMの陽気な音楽だ。しかも最大音量。食堂中の視線が一斉に俺に突き刺さる。

「な、なんだ!?」
俺は慌ててスマホを取り出す。着信ではない。アラームでもない。勝手に音楽が流れ出しているのだ。必死に音量ボタンを押すが、全く反応しない。電源を切ろうとしても、画面はフリーズしたままだ。

「祐樹、どうしたんだ?」
玲が怪訝な顔で俺を見ている。周囲の生徒たちも、クスクスと笑いながらこちらを窺っていた。顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
俺が必死にスマホと格闘していると、数メートル離れた席から、聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえてきた。

「あれー? 祐樹せんぱい、どうしたんですかー?」
見ると、湊が一年生のグループに混じって、にこにこと手を振っていた。その口元は笑っているが、瞳の奥が楽しそうに煌めいている。お前か。間違いなく、お前の仕業だ。

俺が睨みつけると、湊はわざとらしく小首を傾げ、口パクで『ど・う・し・ま・しょ・う・か・ね?』と囁いてきた。そして、俺にしか見えない角度で、自分のスマホをくいっと持ち上げて見せる。
俺が観念して「ごめんなさい」とばかりに頭を下げると、湊は満足そうに頷いた。その直後、俺のスマホから流れていた陽気な猫の音楽は、ぴたりと鳴り止んだ。

「……なんだったんだ、今のは」
玲が、冷たい視線を湊の方に向けながら呟く。
「いや、なんでもない。スマホの誤作動だ」
俺はそう言って誤魔化すしかなかった。冷や汗が背中を伝う。

その日の放課後。俺は湊を中庭に呼び出した。
「おい、篠宮! あれ、どういうことだよ!」
「あれって、なんのことですかー?」
湊は、とぼけた顔で首を傾げる。そのあざとさに、俺は一瞬言葉に詰まった。
「とぼけるな! 昼休みのスマホの件だよ! お前がやったんだろ!」
「えー、なんのことでしょう? でも、もし仮に僕がやったのだとしたら……」

湊はそこで言葉を切ると、いたずらっぽく笑った。
「先輩のスマホの中なんて、僕にとっては自分ちの庭みたいなものですよ?」

ぞくり、と悪寒が走った。俺は自分のスマホをまじまじと見つめる。この小さな機械は、既に彼女に完全に掌握されているのだ。
「昨日、先輩が寝てる間に、僕お手製のアプリを入れさせてもらいましたから」
「アプリだと!?」
「はい。『祐樹せんぱい観察アプリ』です」

湊は得意げに胸を張る。
「このアプリを使えば、先輩のスマホを遠隔操作できるのはもちろん、GPSで現在地を把握したり、カメラやマイクを起動して盗撮や盗聴だってできちゃいます。……まあ、プライバシーの侵害になっちゃうので、そこまではしませんけどね?」
にこりと笑う彼女の言葉は、全く信用できなかった。

「な、なんでそんなことを……」
「なんでって、決まってるじゃないですか」
湊は、俺の目の前まで一歩近づくと、上目遣いで俺を見上げてきた。
「先輩を、僕だけのものにするためですよ」
その言葉に、俺の心臓がどきりと跳ねる。

「玲先輩には、ルームメイトっていうアドバンテージがある。葵先輩には、クラスメイトで『ダチ』っていう繋がりがある。僕には、そういうのがないじゃないですか。だから、これくらいしないとフェアじゃないでしょ?」
とんでもない理屈だった。だが、彼女は心の底からそう思っているようだった。

「というわけで、先輩」
湊は、俺のスマホを指さして言った。
「これからは、僕の気分次第で、先輩のスマホから『にゃーん』って効果音が鳴ったり、ロック画面が僕のキメ顔になったりするかもしれませんけど、許してくださいね?」
それは許可を求める言葉ではなく、決定事項の通達だった。俺は、この小さな小悪魔のなすがままになるしかないのか。

「……プライベートだけは、勘弁してくれ」
俺がなんとかそれだけ絞り出すと、湊は「善処しまーす」と気の抜けた返事をした。そして、満足そうにくるりと背を向ける。
「じゃ、そういうことなんで! これからもよろしくお願いしまーす、僕だけの祐樹せんぱいっ!」

嵐のように去っていく湊の後ろ姿を見ながら、俺は深いため息をついた。
玲の独占欲。葵のストレートアタック。そして、湊の遠隔操作。俺の平穏な日々は、もう二度と戻ってこないだろう。
俺は、自分のスマホを恐る恐る起動した。待ち受け画面は、いつの間にかウインクをしている湊のドアップに変わっていた。

「……マジかよ」

俺の呟きは、誰に聞かれることもなく、夕暮れの空に吸い込まれていった。これから始まる新たな受難の日々を思うと、頭が痛くなってくるのだった。
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