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第18話 膝枕のご褒美
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湊の『祐樹せんpai観察アプリ』によるイタズラは、その後も容赦なく俺の日常を侵食してきた。授業中にいきなり「大好き!」というボイスが再生されたり、購買でパンを買おうとしたらスマホ決済の画面に湊の変顔が表示されたり。その度に俺は周囲から奇異の目で見られ、精神をすり減らす毎日だった。
しかし、そんな小悪魔な湊にも、意外な弱点があることを俺は知ることになる。
深夜。レポートの最終チェックを終えた俺が、一息つこうと部屋を出た時だった。廊下の先にあるPCルームの明かりが、まだ煌々と灯っている。こんな時間まで誰か残っているのか。気になった俺がそっと中を覗くと、やはりそこにいたのは湊だった。
彼女は、数台のモニターに囲まれ、凄まじい集中力でキーボードを叩いていた。画面には、俺には理解不能なプログラムコードが滝のように流れている。時折、何かを呟きながら、その小さな指は魔法のように鍵盤の上を舞っていた。これが、天才ハッカーとしての彼女の本当の姿なのだろう。
俺は邪魔をしないように、そっとその場を離れようとした。だが、その時。湊の身体が、ふらりと大きく揺れた。
「……っ」
彼女は慌てて机に手をつき、なんとか体勢を立て直す。そして、疲れたように深いため息をつくと、自分のこめかみをぐりぐりと揉み始めた。その横顔は青白く、目の下にはうっすらと隈ができている。
徹夜続きなのだろうか。天才といえど、その身体はか弱い女の子だ。無理がたたっているのは明らかだった。俺は、見て見ぬふりができなかった。
俺は一度自分の部屋に戻ると、ポットでお湯を沸かし、インスタントのコーンスープをマグカップに注いだ。そして、それをトレーに乗せて、再びPCルームへと向かう。
「篠宮。お疲れさん」
俺が声をかけると、湊の肩がびくりと跳ねた。彼女は驚いたように振り返り、俺の姿を認めると、少しだけ気まずそうに目を逸らす。
「……せんぱい。どうしてここに」
「お前こそ、こんな時間まで何やってるんだ。顔、真っ白だぞ」
俺はそう言って、トレーを彼女の隣の机に置いた。温かいスープの湯気が、ふわりと立ち上る。
「これでも飲んで、少し休めよ」
「……」
湊は、何も言わずにマグカップを見つめていた。そして、ぽつりと呟く。
「……余計な、お世話ですよ」
その声は、いつものような強気な響きはなく、どこか弱々しい。
「無理すんなよ。お前がすごいヤツだってのは分かるけど、倒れたら元も子もないだろ」
俺がそう言うと、湊はしばらく黙り込んでいた。やがて、諦めたように小さなため息をつくと、おずおずとマグカップを手に取る。そして、ふーふーと息を吹きかけて冷ましながら、こくりと一口飲んだ。
「……あったかい」
その呟きは、ほとんど吐息に近かった。彼女は、よほど疲れていたのだろう。スープを飲むたびに、強張っていた表情が少しずつ和らいでいくのが分かった。
「……すみません。ここ数日、海外の連中とちょっとした“戦争”になってて」
湊は、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。どうやら、彼女の才能に目をつけた海外のハッカー集団から、執拗なサイバー攻撃を受けているらしい。彼女はそれを一人で、誰にも気づかれずに撃退し続けていたのだ。
「僕が負けたら、この学園のセキュリティも危ないですから。……なんて、ちょっとカッコつけすぎですかね」
そう言って、彼女は自嘲気味に笑った。その笑顔は、ひどく痛々しく見えた。
俺は、彼女の隣に椅子を持ってきて座った。
「もう寝ろよ。続きは明日にしろ」
「でも……」
「いいから。俺が見張っててやるから、少しだけ目を閉じろ」
俺の言葉に、湊は少しだけ躊躇っていた。だが、蓄積された疲労には勝てなかったのだろう。彼女はこくりと頷くと、モニターの電源を落とし、椅子の上で小さく身体を丸めた。
しかし、なかなか寝付けないようだった。椅子の上では身体が休まらないのだろう。何度も身じろぎをしている。
それを見かねた俺は、意を決して言った。
「……なあ、篠宮」
「……なんですか」
「俺の膝、使うか?」
「…………へ?」
湊が、素っ頓狂な声を上げた。その大きな瞳が、信じられないというように俺を見つめている。
「いや、その……椅子じゃ寝にくいだろ。膝枕、してやろうかと思って」
言ってしまってから、とんでもないことを口走ったと後悔した。いくら共犯者とはいえ、これはやりすぎだ。男装女子相手に膝枕なんて。
湊は、顔を真っ赤にして固まっていた。だが、やがて、その表情がふにゃりと緩む。そして、今まで見たこともないような、とろけるように甘い笑顔を浮かべた。
「……せんぱい、それ、本気で言ってます?」
「あ、いや、嫌なら……」
「嫌なわけ、ないじゃないですか」
俺の言葉を遮り、湊はすっと立ち上がった。そして、俺が座る椅子の前の床に、ためらいなくちょこんと座り込む。そして、俺の膝に、自分の頭をこてんと預けてきた。
ふわふわした栗色の髪が、俺の太ももをくすぐる。シャンプーの甘い香りが、さっきよりもずっと強く香った。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
湊は、安心しきったように目を閉じた。普段の小悪魔な態度が嘘のように、その寝顔は無防備で、あどけない。長いまつ毛が、ぴくりと震えている。
「……せんぱいの膝、あったかいですね」
「……そうか」
「うん。……すごく、安心します……」
それが、彼女が最後に発した言葉だった。
数秒もしないうちに、すー、すー、と穏やかな寝息が聞こえ始めた。よほど疲れていたのだろう。俺の膝の上で、彼女は完全に緊張を解き、深い眠りに落ちていた。
俺は、動くこともできず、ただ彼女の寝顔を見つめていた。いつも俺を振り回す、この小さな天才。その無防-備な姿を独り占めしているという事実に、俺の心臓は静かに、しかし力強く高鳴っていた。
これは、徹夜明けの彼女への、ささやかなご褒美。そして、もしかしたら、いつも振り回されている俺への、彼女からのご褒美なのかもしれない。
俺は、彼女が目を覚ますまで、このまま動かずにいようと決めた。PCルームの静寂の中、二人だけの穏やかな時間が、ゆっくりと流れていった。
しかし、そんな小悪魔な湊にも、意外な弱点があることを俺は知ることになる。
深夜。レポートの最終チェックを終えた俺が、一息つこうと部屋を出た時だった。廊下の先にあるPCルームの明かりが、まだ煌々と灯っている。こんな時間まで誰か残っているのか。気になった俺がそっと中を覗くと、やはりそこにいたのは湊だった。
彼女は、数台のモニターに囲まれ、凄まじい集中力でキーボードを叩いていた。画面には、俺には理解不能なプログラムコードが滝のように流れている。時折、何かを呟きながら、その小さな指は魔法のように鍵盤の上を舞っていた。これが、天才ハッカーとしての彼女の本当の姿なのだろう。
俺は邪魔をしないように、そっとその場を離れようとした。だが、その時。湊の身体が、ふらりと大きく揺れた。
「……っ」
彼女は慌てて机に手をつき、なんとか体勢を立て直す。そして、疲れたように深いため息をつくと、自分のこめかみをぐりぐりと揉み始めた。その横顔は青白く、目の下にはうっすらと隈ができている。
徹夜続きなのだろうか。天才といえど、その身体はか弱い女の子だ。無理がたたっているのは明らかだった。俺は、見て見ぬふりができなかった。
俺は一度自分の部屋に戻ると、ポットでお湯を沸かし、インスタントのコーンスープをマグカップに注いだ。そして、それをトレーに乗せて、再びPCルームへと向かう。
「篠宮。お疲れさん」
俺が声をかけると、湊の肩がびくりと跳ねた。彼女は驚いたように振り返り、俺の姿を認めると、少しだけ気まずそうに目を逸らす。
「……せんぱい。どうしてここに」
「お前こそ、こんな時間まで何やってるんだ。顔、真っ白だぞ」
俺はそう言って、トレーを彼女の隣の机に置いた。温かいスープの湯気が、ふわりと立ち上る。
「これでも飲んで、少し休めよ」
「……」
湊は、何も言わずにマグカップを見つめていた。そして、ぽつりと呟く。
「……余計な、お世話ですよ」
その声は、いつものような強気な響きはなく、どこか弱々しい。
「無理すんなよ。お前がすごいヤツだってのは分かるけど、倒れたら元も子もないだろ」
俺がそう言うと、湊はしばらく黙り込んでいた。やがて、諦めたように小さなため息をつくと、おずおずとマグカップを手に取る。そして、ふーふーと息を吹きかけて冷ましながら、こくりと一口飲んだ。
「……あったかい」
その呟きは、ほとんど吐息に近かった。彼女は、よほど疲れていたのだろう。スープを飲むたびに、強張っていた表情が少しずつ和らいでいくのが分かった。
「……すみません。ここ数日、海外の連中とちょっとした“戦争”になってて」
湊は、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。どうやら、彼女の才能に目をつけた海外のハッカー集団から、執拗なサイバー攻撃を受けているらしい。彼女はそれを一人で、誰にも気づかれずに撃退し続けていたのだ。
「僕が負けたら、この学園のセキュリティも危ないですから。……なんて、ちょっとカッコつけすぎですかね」
そう言って、彼女は自嘲気味に笑った。その笑顔は、ひどく痛々しく見えた。
俺は、彼女の隣に椅子を持ってきて座った。
「もう寝ろよ。続きは明日にしろ」
「でも……」
「いいから。俺が見張っててやるから、少しだけ目を閉じろ」
俺の言葉に、湊は少しだけ躊躇っていた。だが、蓄積された疲労には勝てなかったのだろう。彼女はこくりと頷くと、モニターの電源を落とし、椅子の上で小さく身体を丸めた。
しかし、なかなか寝付けないようだった。椅子の上では身体が休まらないのだろう。何度も身じろぎをしている。
それを見かねた俺は、意を決して言った。
「……なあ、篠宮」
「……なんですか」
「俺の膝、使うか?」
「…………へ?」
湊が、素っ頓狂な声を上げた。その大きな瞳が、信じられないというように俺を見つめている。
「いや、その……椅子じゃ寝にくいだろ。膝枕、してやろうかと思って」
言ってしまってから、とんでもないことを口走ったと後悔した。いくら共犯者とはいえ、これはやりすぎだ。男装女子相手に膝枕なんて。
湊は、顔を真っ赤にして固まっていた。だが、やがて、その表情がふにゃりと緩む。そして、今まで見たこともないような、とろけるように甘い笑顔を浮かべた。
「……せんぱい、それ、本気で言ってます?」
「あ、いや、嫌なら……」
「嫌なわけ、ないじゃないですか」
俺の言葉を遮り、湊はすっと立ち上がった。そして、俺が座る椅子の前の床に、ためらいなくちょこんと座り込む。そして、俺の膝に、自分の頭をこてんと預けてきた。
ふわふわした栗色の髪が、俺の太ももをくすぐる。シャンプーの甘い香りが、さっきよりもずっと強く香った。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
湊は、安心しきったように目を閉じた。普段の小悪魔な態度が嘘のように、その寝顔は無防備で、あどけない。長いまつ毛が、ぴくりと震えている。
「……せんぱいの膝、あったかいですね」
「……そうか」
「うん。……すごく、安心します……」
それが、彼女が最後に発した言葉だった。
数秒もしないうちに、すー、すー、と穏やかな寝息が聞こえ始めた。よほど疲れていたのだろう。俺の膝の上で、彼女は完全に緊張を解き、深い眠りに落ちていた。
俺は、動くこともできず、ただ彼女の寝顔を見つめていた。いつも俺を振り回す、この小さな天才。その無防-備な姿を独り占めしているという事実に、俺の心臓は静かに、しかし力強く高鳴っていた。
これは、徹夜明けの彼女への、ささやかなご褒美。そして、もしかしたら、いつも振り回されている俺への、彼女からのご褒美なのかもしれない。
俺は、彼女が目を覚ますまで、このまま動かずにいようと決めた。PCルームの静寂の中、二人だけの穏やかな時間が、ゆっくりと流れていった。
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