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第21話 不器用な「ありがとう」
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保健室の穏やかな空気の中、俺と九条はしばらく無言のまま、膝の上で眠る子猫を見つめていた。雨音だけが、静かに響いている。さっきまでの喧騒が嘘のように、穏やかな時間だった。
先に口を開いたのは、俺の方だった。
「……よかったな、本当に」
「……ああ」
九条は、短く応える。その視線は、子猫から離れない。彼は、眠る子猫の小さな頭を、大きな指先でそっと撫でた。その手つきは、驚くほど優しかった。
気まずい沈黙が流れる。何か話さなければ。そう思うのに、気の利いた言葉が何も出てこない。俺は、ずっと心の中にあった疑問を、思い切って口にしてみることにした。
「なあ、九条。……お前も、もしかして」
俺の言葉に、九条の肩がわずかに強張った。彼はゆっくりと顔を上げ、その鋭い瞳で俺を捉える。その瞳には、警戒の色が浮かんでいた。
俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。今、ここで踏み込んでいいのか。彼の最も触れられたくない部分に、触れてしまっていいのか。
だが、もう後戻りはできない。俺は、彼の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「お前も……玲や、葵と同じなのか?」
その問いが何を意味するのか、九条にはすぐに分かったようだった。彼の瞳が見開かれ、動揺の色が走る。血の気が引いたように、その顔が青ざめていく。
「……なんのことだ」
かろうじて絞り出したような声は、微かに震えていた。
「隠さなくてもいい」
俺は、できるだけ穏やかな声で言った。
「俺は、知ってるんだ。この学園の秘密を。玲のことも、葵のことも。……俺は、あいつらの共犯者なんだ」
俺の告白に、九条は息をのんだ。彼は信じられないというように、瞬きもせずに俺を見つめている。その瞳の中で、警戒と疑念、そしてほんのわずかな希望が、激しく揺れ動いていた。
やがて、彼はふいっと顔を背けた。長い前髪が、その表情を隠してしまう。
「……知ってたなら」
ぽつりと、呟くような声が聞こえた。
「……さっさと、言え」
その声は、怒っているというよりは、拗ねている子供のようだった。顔はそっぽを向いたままだが、窓ガラスに映った彼の耳は、さっき机に花を置いてくれた時と同じように、真っ赤に染まっている。
それは、肯定の言葉だった。彼もまた、俺たちと同じ秘密を抱えた、男装女子だったのだ。
俺は、ほっと胸をなでおろした。と同時に、彼女が一人で抱えてきた孤独の重さを思い、胸が締め付けられる。
「ごめん。確信が持てなかったんだ」
「…………」
「でも、今日分かった。お前、すごく優しいやつだよ」
俺がそう言うと、九条の肩がびくりと震えた。彼女は何も言わない。だが、その沈黙が、彼女の戸惑いを雄弁に物語っていた。
それからしばらくして、保健室のドアが開き、先生が戻ってきた。俺たちは事情を説明し、子猫を一晩だけ預かってもらえることになった。
「助かりました。ありがとうございます」
俺が頭を下げると、九条もぶっきらぼうに「……どうも」とだけ言って、保健室を出て行った。その足取りは、どこかぎこちない。
翌日の放課後。
俺が教室で荷物をまとめていると、九条が、いや九条雅が、俺の席にやってきた。教室にはまだ何人か生徒が残っている。彼女が誰かに、それも俺に話しかけるなんて、前代未聞のことだ。周りの生徒たちが、何事かと驚いたようにこちらを見ている。
「……相葉」
「あ、ああ。どうした、九条」
彼女は、何も言わずに、小さな紙袋を俺の机の上にトンと置いた。
「……これ」
「え?」
「昨日の、礼だ」
それだけ言うと、彼女はまた逃げるように、足早に教室を出て行ってしまった。
一人残された俺は、机の上の紙袋を恐る恐る開けてみた。中から出てきたのは、少しだけ不格好な、手作りのクッキーだった。ほんのり甘くて、バターのいい香りがする。一枚、口に放り込んでみる。素朴だけど、優しい味がした。
紙袋の中には、もう一つ。小さなメモ用紙が入っていた。そこには、彼女のものらしき、少し角張った、けれど丁寧な文字で、たった一言だけ書かれていた。
『アリガト』
その不器用な感謝の言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
クールな一匹狼。その仮面の下にあるのは、極度の照れ屋で、不器用で、そして誰よりも優しい、一人の女の子の素顔。
これで、四人目か。
玲、葵、湊、そして雅。
俺は、この学園で最も重要な秘密を抱える四人の少女たちと、特別な絆で結ばれることになった。
俺の共犯者としての役割は、ますます重く、そして甘いものになっていく。クッキーをもう一枚口に運びながら、俺はこれから始まるであろう、さらに騒がしいであろう日々に、不思議と胸を躍らせていた。
先に口を開いたのは、俺の方だった。
「……よかったな、本当に」
「……ああ」
九条は、短く応える。その視線は、子猫から離れない。彼は、眠る子猫の小さな頭を、大きな指先でそっと撫でた。その手つきは、驚くほど優しかった。
気まずい沈黙が流れる。何か話さなければ。そう思うのに、気の利いた言葉が何も出てこない。俺は、ずっと心の中にあった疑問を、思い切って口にしてみることにした。
「なあ、九条。……お前も、もしかして」
俺の言葉に、九条の肩がわずかに強張った。彼はゆっくりと顔を上げ、その鋭い瞳で俺を捉える。その瞳には、警戒の色が浮かんでいた。
俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。今、ここで踏み込んでいいのか。彼の最も触れられたくない部分に、触れてしまっていいのか。
だが、もう後戻りはできない。俺は、彼の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「お前も……玲や、葵と同じなのか?」
その問いが何を意味するのか、九条にはすぐに分かったようだった。彼の瞳が見開かれ、動揺の色が走る。血の気が引いたように、その顔が青ざめていく。
「……なんのことだ」
かろうじて絞り出したような声は、微かに震えていた。
「隠さなくてもいい」
俺は、できるだけ穏やかな声で言った。
「俺は、知ってるんだ。この学園の秘密を。玲のことも、葵のことも。……俺は、あいつらの共犯者なんだ」
俺の告白に、九条は息をのんだ。彼は信じられないというように、瞬きもせずに俺を見つめている。その瞳の中で、警戒と疑念、そしてほんのわずかな希望が、激しく揺れ動いていた。
やがて、彼はふいっと顔を背けた。長い前髪が、その表情を隠してしまう。
「……知ってたなら」
ぽつりと、呟くような声が聞こえた。
「……さっさと、言え」
その声は、怒っているというよりは、拗ねている子供のようだった。顔はそっぽを向いたままだが、窓ガラスに映った彼の耳は、さっき机に花を置いてくれた時と同じように、真っ赤に染まっている。
それは、肯定の言葉だった。彼もまた、俺たちと同じ秘密を抱えた、男装女子だったのだ。
俺は、ほっと胸をなでおろした。と同時に、彼女が一人で抱えてきた孤独の重さを思い、胸が締め付けられる。
「ごめん。確信が持てなかったんだ」
「…………」
「でも、今日分かった。お前、すごく優しいやつだよ」
俺がそう言うと、九条の肩がびくりと震えた。彼女は何も言わない。だが、その沈黙が、彼女の戸惑いを雄弁に物語っていた。
それからしばらくして、保健室のドアが開き、先生が戻ってきた。俺たちは事情を説明し、子猫を一晩だけ預かってもらえることになった。
「助かりました。ありがとうございます」
俺が頭を下げると、九条もぶっきらぼうに「……どうも」とだけ言って、保健室を出て行った。その足取りは、どこかぎこちない。
翌日の放課後。
俺が教室で荷物をまとめていると、九条が、いや九条雅が、俺の席にやってきた。教室にはまだ何人か生徒が残っている。彼女が誰かに、それも俺に話しかけるなんて、前代未聞のことだ。周りの生徒たちが、何事かと驚いたようにこちらを見ている。
「……相葉」
「あ、ああ。どうした、九条」
彼女は、何も言わずに、小さな紙袋を俺の机の上にトンと置いた。
「……これ」
「え?」
「昨日の、礼だ」
それだけ言うと、彼女はまた逃げるように、足早に教室を出て行ってしまった。
一人残された俺は、机の上の紙袋を恐る恐る開けてみた。中から出てきたのは、少しだけ不格好な、手作りのクッキーだった。ほんのり甘くて、バターのいい香りがする。一枚、口に放り込んでみる。素朴だけど、優しい味がした。
紙袋の中には、もう一つ。小さなメモ用紙が入っていた。そこには、彼女のものらしき、少し角張った、けれど丁寧な文字で、たった一言だけ書かれていた。
『アリガト』
その不器用な感謝の言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
クールな一匹狼。その仮面の下にあるのは、極度の照れ屋で、不器用で、そして誰よりも優しい、一人の女の子の素顔。
これで、四人目か。
玲、葵、湊、そして雅。
俺は、この学園で最も重要な秘密を抱える四人の少女たちと、特別な絆で結ばれることになった。
俺の共犯者としての役割は、ますます重く、そして甘いものになっていく。クッキーをもう一枚口に運びながら、俺はこれから始まるであろう、さらに騒がしいであろう日々に、不思議と胸を躍らせていた。
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