この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

文字の大きさ
21 / 100

第21話 不器用な「ありがとう」

しおりを挟む
保健室の穏やかな空気の中、俺と九条はしばらく無言のまま、膝の上で眠る子猫を見つめていた。雨音だけが、静かに響いている。さっきまでの喧騒が嘘のように、穏やかな時間だった。

先に口を開いたのは、俺の方だった。
「……よかったな、本当に」
「……ああ」
九条は、短く応える。その視線は、子猫から離れない。彼は、眠る子猫の小さな頭を、大きな指先でそっと撫でた。その手つきは、驚くほど優しかった。

気まずい沈黙が流れる。何か話さなければ。そう思うのに、気の利いた言葉が何も出てこない。俺は、ずっと心の中にあった疑問を、思い切って口にしてみることにした。
「なあ、九条。……お前も、もしかして」

俺の言葉に、九条の肩がわずかに強張った。彼はゆっくりと顔を上げ、その鋭い瞳で俺を捉える。その瞳には、警戒の色が浮かんでいた。
俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。今、ここで踏み込んでいいのか。彼の最も触れられたくない部分に、触れてしまっていいのか。

だが、もう後戻りはできない。俺は、彼の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「お前も……玲や、葵と同じなのか?」

その問いが何を意味するのか、九条にはすぐに分かったようだった。彼の瞳が見開かれ、動揺の色が走る。血の気が引いたように、その顔が青ざめていく。
「……なんのことだ」
かろうじて絞り出したような声は、微かに震えていた。

「隠さなくてもいい」
俺は、できるだけ穏やかな声で言った。
「俺は、知ってるんだ。この学園の秘密を。玲のことも、葵のことも。……俺は、あいつらの共犯者なんだ」

俺の告白に、九条は息をのんだ。彼は信じられないというように、瞬きもせずに俺を見つめている。その瞳の中で、警戒と疑念、そしてほんのわずかな希望が、激しく揺れ動いていた。
やがて、彼はふいっと顔を背けた。長い前髪が、その表情を隠してしまう。

「……知ってたなら」
ぽつりと、呟くような声が聞こえた。
「……さっさと、言え」

その声は、怒っているというよりは、拗ねている子供のようだった。顔はそっぽを向いたままだが、窓ガラスに映った彼の耳は、さっき机に花を置いてくれた時と同じように、真っ赤に染まっている。
それは、肯定の言葉だった。彼もまた、俺たちと同じ秘密を抱えた、男装女子だったのだ。

俺は、ほっと胸をなでおろした。と同時に、彼女が一人で抱えてきた孤独の重さを思い、胸が締め付けられる。
「ごめん。確信が持てなかったんだ」
「…………」
「でも、今日分かった。お前、すごく優しいやつだよ」

俺がそう言うと、九条の肩がびくりと震えた。彼女は何も言わない。だが、その沈黙が、彼女の戸惑いを雄弁に物語っていた。

それからしばらくして、保健室のドアが開き、先生が戻ってきた。俺たちは事情を説明し、子猫を一晩だけ預かってもらえることになった。
「助かりました。ありがとうございます」
俺が頭を下げると、九条もぶっきらぼうに「……どうも」とだけ言って、保健室を出て行った。その足取りは、どこかぎこちない。

翌日の放課後。
俺が教室で荷物をまとめていると、九条が、いや九条雅が、俺の席にやってきた。教室にはまだ何人か生徒が残っている。彼女が誰かに、それも俺に話しかけるなんて、前代未聞のことだ。周りの生徒たちが、何事かと驚いたようにこちらを見ている。

「……相葉」
「あ、ああ。どうした、九条」
彼女は、何も言わずに、小さな紙袋を俺の机の上にトンと置いた。
「……これ」
「え?」
「昨日の、礼だ」
それだけ言うと、彼女はまた逃げるように、足早に教室を出て行ってしまった。

一人残された俺は、机の上の紙袋を恐る恐る開けてみた。中から出てきたのは、少しだけ不格好な、手作りのクッキーだった。ほんのり甘くて、バターのいい香りがする。一枚、口に放り込んでみる。素朴だけど、優しい味がした。

紙袋の中には、もう一つ。小さなメモ用紙が入っていた。そこには、彼女のものらしき、少し角張った、けれど丁寧な文字で、たった一言だけ書かれていた。

『アリガト』

その不器用な感謝の言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
クールな一匹狼。その仮面の下にあるのは、極度の照れ屋で、不器用で、そして誰よりも優しい、一人の女の子の素顔。

これで、四人目か。
玲、葵、湊、そして雅。
俺は、この学園で最も重要な秘密を抱える四人の少女たちと、特別な絆で結ばれることになった。
俺の共犯者としての役割は、ますます重く、そして甘いものになっていく。クッキーをもう一枚口に運びながら、俺はこれから始まるであろう、さらに騒がしいであろう日々に、不思議と胸を躍らせていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

みずがめ
恋愛
 宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。  葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。  なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。  その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。  そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。  幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。  ……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ
恋愛
平凡な高校生、相沢優斗。彼の隣の席は『氷の女王』と噂のクールな銀髪美少女、雪城冬花。住む世界が違うと思っていたが、ある日彼女から「私はあなたの未来の妻です」と衝撃の告白を受ける。 その日から、学校では鉄壁の彼女が、二人きりになると「未来では当然です」と腕を組み、手作り弁当で「あーん」を迫る超絶甘々なデレモードに! 戸惑いながらも、彼女の献身的なアプローチに心惹かれていく優斗。これは未来で結ばれる運命の二人が、最高の未来を掴むため、最高の恋をする糖度MAXの青春ラブコメディ。

クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。 ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。 無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。 クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。

甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。 平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは── 学園一の美少女・黒瀬葵。 なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。 冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。 最初はただの勘違いだったはずの関係。 けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。 ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、 焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※特別編4が完結しました!(2026.2.22)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...