この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第24話 玲の独占欲

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身体測定という最大の危機は、俺たちの完璧な連携によって、嵐のように過ぎ去っていった。桜木先生の女優顔負けの演技と、湊の神業的なデータ改ざん。そして、測定が終わるまで保健室の外で見張りをしていた俺。作戦は完璧に成功し、誰一人として秘密がバレることはなかった。

その日の夜、俺の部屋は祝勝会会場と化していた。といっても、ジュースとお菓子だけのささやかなものだ。しかし、四人の表情は、まるで世界を救った英雄のように晴れやかだった。
「マジで助かったぜ、祐樹! お前がいなかったら、俺たち今頃終わってた!」
葵が、俺の背中をバンバンと力強く叩く。
「本当に、君には感謝してもしきれないわ。ありがとう、祐樹」
玲が、心からの微笑みを浮かべて俺を見つめる。
「せんぱいは、僕たちだけのヒーローですねっ!」
湊が、俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
「……別に。私は、頼んでない」
雅はそっぽを向きながらも、俺が差し出したポテトチップスを、小さな口でぽりぽりと食べている。

彼女たちの感謝と信頼を一身に浴び、俺は少し照れくさかったが、同時に大きな達成感を感じていた。俺は、彼女たちの居場所を守れたのだ。共犯者として、これほど嬉しいことはない。

この一件を境に、四人の絆はさらに深まったようだった。そして、それに比例するように、俺の部屋が溜まり場になる頻度も増えていく。放課後になると、まるで示し合わせたかのように、一人、また一人と俺の部屋に集まってくる。

葵が持ち込んできたスポーツ雑誌をみんなで読んだり、湊がハッキングで手に入れた(というのは冗談だろうが)未公開の映画をノートPCで見たり、雅が世話をしている花壇の成長記録を静かに眺めたり。他愛もない、しかし温かい時間が流れていく。俺は、そんな彼女たちの中心にいることが、いつしか当たり前になっていた。

だが、俺は気づいていなかった。
そんな賑やかな日常の中で、一人だけ、静かに寂しさを募らせている存在がいたことに。

その日も、俺の部屋にはいつもの四人が集まっていた。
「なあ祐樹、この間の生姜焼き、また作ってくれよ!」
「はいはい。材料買ってこないとな」
「せんぱい、せんぱい、このゲームの隠しキャラの出し方、分かりません! 教えてください!」
「ちょっと待て、今見るから」
「……相葉。この前のクッキー、まだあるか」
「ああ、戸棚に入ってるぞ。食べるか、雅?」

俺は、彼女たちの要求に一つ一つ応えていく。葵の頭をわしゃわしゃと撫で、湊の隣に座ってゲーム画面を覗き込み、雅のために戸棚からクッキーの缶を取り出してやる。みんなに頼られるのは、悪い気はしない。俺は、この騒がしくて温かい空間が、純粋に好きだった。

その様子を、橘玲は少し離れた場所から、ただ黙って見つめていた。
彼女は、自分のベッドに腰掛け、一冊の本を開いていた。しかし、その視線はページの上を滑るだけで、全く内容を追ってはいない。彼女の紫色の瞳は、楽しそうに笑い合う俺と、他の三人の姿を、じっと捉えていた。

(祐樹は、楽しそうだ)

最初は、それでよかった。祐樹が他の子たちとも打ち解けて、この学園に居場所を見つけてくれるのは、嬉しいことだと思っていた。祐樹の優しさは、自分だけが知っているものではなくなった。それも、仕方のないことだと。

だが、日に日に、胸の中に小さな棘が刺さっていくのを感じていた。

葵が、昔からの親友のように祐樹の肩を組む。湊が、甘えるように祐樹の腕に絡みつく。雅でさえ、不器用ながらも祐樹に心を開いている。
祐樹は、その全てを、当たり前のように受け入れている。その優しい笑顔は、かつては自分だけに向けられていたはずなのに。

(僕だけの、祐樹だったのに)

一番最初に秘密を共有したのも、一番近くで彼を支えてきたのも、この私なのに。ルームメイトという、誰にも邪魔されない特権を持っていたはずなのに。いつの間にか、その特等席には、たくさんのライバルが現れていた。

胸が、ちくりと痛む。
これは、嫉妬だ。玲は、初めて覚えるその感情に戸惑っていた。

やがて、夜も更け、葵たちがそれぞれの部屋へと帰っていく。騒がしかった部屋に、いつもの静寂が戻ってきた。残されたのは、俺と玲の二人だけだ。
「じゃあ、俺もそろそろ寝るかな。おやすみ、玲」
俺はそう言って、自分のベッドにもぐり込んだ。だが、玲からの返事はなかった。不思議に思って隣のベッドを見ると、彼女は暗闇の中で、じっと天井を見つめているようだった。

俺が眠りに落ちかけていた、深夜のことだった。
隣のベッドが、ぎしり、と静かに軋む音で、俺の意識はふっと浮上した。そして、微かな衣擦れの音と共に、小さな影が俺のベッドに近づいてくるのが分かった。

「……玲?」
俺が寝ぼけ眼で声をかけると、その影はびくりと動きを止めた。そして、そのまま俺のベッドの縁に乗り上げ、布団の中にそっと潜り込んできた。
「うおっ!? れ、玲!? どうしたんだ、急に!」
俺は驚いて飛び起きる。すぐ隣には、玲がいた。彼女は何も言わず、ただ俺のパジャマの裾を、小さな手でぎゅっと握りしめている。月の光が、彼女の不安げに揺れる瞳を照らし出していた。

「……祐樹」
か細い声が、俺の名前を呼んだ。
「……僕だけを、見てよ」

その言葉に、俺は息をのんだ。
「え……?」
「葵や、湊や……雅のことばかりじゃなくて……。僕のことだけを、見てほしい」
彼女の声は、震えていた。普段のクールな王子様の姿からは、想像もできないほど弱々しい。

「祐樹は……僕が、一番最初に見つけたのに」
「玲……」
「僕だけの、祐樹でいてよ……」

その切実な響きに、俺は全てを察した。彼女は、寂しかったのだ。俺の優しさが、自分以外の誰かにも向けられることに、ずっと胸を痛めていたのだ。俺は、なんて鈍感だったんだろう。

俺は、そっと手を伸ばし、彼女の震える頭を優しく撫でた。銀色の髪は、絹のように滑らかだ。
「ごめんな。……寂しい思い、させてたか」
俺がそう言うと、玲の瞳から、ぽろりと一筋の涙がこぼれ落ちた。彼女は、こくんと小さく頷く。

「そんなことない。玲は、俺にとって特別だよ」
俺は、彼女を安心させるように、ゆっくりと言葉を続けた。
「一番最初に秘密を打ち明けてくれたのも、一番近くで支えてくれたのも、玲だろ? それは、他の誰も代われない。お前は、俺の最初の、そして一番の共犯者だ」

俺の言葉に、玲は顔を上げた。その瞳には、安堵の色が浮かんでいる。
「……ほんと?」
「ああ、本当だ」
俺が力強く頷くと、玲はふにゃりと表情を緩ませた。そして、安心しきったように、俺の胸にこてんと顔をうずめてくる。
「……うん」

独占欲。嫉妬。それは、決して醜い感情なんかじゃない。彼女が、それだけ俺のことを大切に想ってくれている証だ。俺は、そんな彼女の気持ちを、たまらなく愛おしいと思った。
「だから、もう泣くなよ」
「……泣いてない」
胸元で聞こえるくぐもった声は、全く説得力がなかった。

俺は、腕の中で小さな寝息を立て始めた彼女を、そっと抱きしめた。
彼女の温かさと、微かな重みを感じながら、俺はもう眠れそうになかった。クールな王子様の、可愛すぎる独占欲。その甘い余韻に浸りながら、静かな夜はゆっくりと更けていくのだった。
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