この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第26話 湊の遠隔操作

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玲の静かな独占欲と、葵のパワフルなストレートアタック。俺は、二人の男装女子からの全く異なるアプローチに、日々嬉しい悲鳴を上げていた。だが、俺はこの時、本当の恐ろしさをまだ知らなかった。最も狡猾で、最も計算高い小悪魔が、水面下で着々と俺を追い詰めていたことに、全く気づいていなかったのだ。

篠宮湊。彼女の武器は、その天才的なハッキング能力だった。

最近、妙に「運命的な出会い」が増えた。
例えば、昼休みに俺が中庭のベンチで一人になりたいと思っていると、なぜか湊が先回りしていて、「奇遇ですね、せんぱい!」と隣に座ってくる。
図書館でレポートの資料を探していると、俺が手を伸ばした本の隣の本を、湊が同時に取ろうとして指が触れ合う。
購買で最後の一個になった焼きそばパンに手を伸ばすと、反対側から湊の手が伸びてきて、「あ、お先にどうぞ?」なんて可愛く譲ってくれる。

最初は、ただの偶然だと思っていた。俺と湊は、意外と行動パターンが似ているのかもしれない。そんな風に、のんきに考えていた。
「せんぱいと私って、運命の赤い糸で結ばれてるのかもしれませんね」
湊は、そう言って嬉しそうに笑う。その笑顔はどこまでも無邪気で、俺も「そうかもな」なんて返していた。馬鹿だった。俺は、彼女の掌の上で気持ちよく踊らされていたに過ぎない。

そのカラクリに気づいたのは、ある日の放課後のことだった。
その日、俺は日直の仕事で、少しだけ教室に残っていた。日誌を書き終えて廊下に出ると、窓の外は既に綺麗な夕焼けに染まっている。誰もいない廊下を一人で歩くのは、少しだけ寂しい。

(たまには、音楽でも聴きながら帰るか)

俺はポケットからスマホを取り出し、ワイヤレスイヤホンを耳につけた。お気に入りのプレイリストを再生しようとした、その時だった。
スマホの画面に、一瞬だけ、見慣れない通知が表示された。

『Target Lock-on: Yuki Aiba. Current Location: 3F Corridor. Next Destination Probability: Library 78%, Courtyard 15%, Dormitory 7%... Analyzing... Optimal Intercept Point Calculated.』

「……は?」
英語で書かれたその通知は、一瞬で消えてしまった。俺は、今の表示が見間違いだったのかと、自分の目を疑った。
ターゲット、相葉祐樹。現在地、3階廊下。次の目的地予測、図書室78%……最適迎撃地点を計算。

まるで、軍事作戦のブリーフィングのような文面。そして、その通知アイコンは、見覚えのあるものだった。湊が俺のスマホに仕込んだ、『祐樹せんぱい観察アプリ』のアイコンだ。

ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。
まさか。今までの「偶然の出会い」は、全て、このアプリによって計算され、仕組まれていたものだったというのか。
俺の行動パターン、思考の癖、その日の気分まで、彼女は全てデータとして分析し、最も効果的に俺と遭遇できる場所とタイミングを割り出していたのだ。

俺は、急いでイヤホンを外し、耳を澄ませた。
遠くから、軽やかな足音が聞こえる。タッタッタッ、とリズミカルなその音は、まっすぐこちらに向かってきている。
間違いない。湊だ。俺がこの時間に、この場所にいることを完全に予測して、やってくるのだ。

俺は、試してみることにした。
本来なら、このまままっすぐ寮に帰るつもりだった。だが、俺はくるりと踵を返し、逆方向、音楽室のある特別棟へと向かって走り出した。彼女の予測を、裏切ってやる。

誰もいない音楽室に駆け込み、息を潜める。心臓が、どくどくと高鳴っていた。恐怖からか、それとも奇妙な高揚感からか、自分でも分からない。
しばらくして、俺のスマホがぶぶっと短く震えた。画面を見ると、またあの通知が表示されている。

『Target Lost. Recalculating Route... Satellite Camera Accessing... Found. Current Location: Music Room. Route Correction Complete. ETA: 3 minutes.』

(衛星カメラにアクセス……!?)

冗談じゃない。彼女は、学園の監視カメラだけでなく、もっととんでもないものまでハッキングしているのか。俺の行動は、全て空から見張られている。逃げ場など、どこにもない。
俺は、観念して音楽室のドアを開けた。

廊下の向こうから、湊が小走りでやってくるのが見えた。そして、俺の姿を認めると、ぱあっと顔を輝かせる。
「せんぱい! こんなところにいたんですね! 探しましたよー!」

その笑顔は、どこまでも無邪気で、計算など微塵も感じさせない。
「奇遇ですね! 私も、なんだかピアノが弾きたくなって、音楽室に来たところだったんです。やっぱり私たち、運命で結ばれてるんですよ!」

俺は、もう何も言えなかった。
運命などではない。全ては、彼女の完璧な計算通りなのだ。

湊は、俺の隣に立つと、にこりと微笑んだ。
「ねえ、せんぱい。せっかくだから、何か一曲、弾いてあげますよ。せんぱいのためだけの、特別なコンサートです」

彼女は、俺の手を自然に握ると、音楽室の中へと誘った。その小さな手に引かれながら、俺はもはや抵抗する気力もなかった。
この小さな小悪魔は、運命さえも自分の手で作り出してしまう。そんな彼女から、俺はもう、逃れることなどできないのかもしれない。

ピアノの前に座った湊が、楽しそうに振り返る。
「何がいいですか?」
その笑顔は、全てを知りながらも、何も知らないフリをする、狡猾な勝者の笑みだった。俺は、そんな彼女に、どうしようもなく惹かれている自分に気づいてしまっていた。
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