この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第27話 雅のツンデレ看病

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玲の静かな愛情、葵のパワフルな好意、そして湊の計算され尽くした運命。三者三様の猛アタックを全身に浴びる日々は、正直なところ、俺の心身を少しずつ、しかし確実に摩耗させていた。幸せな悲鳴とはよく言ったものだが、悲鳴は悲鳴だ。俺の身体は、限界を迎えつつあったらしい。

朝、目が覚めた瞬間、全身を襲う強烈な倦怠感に、俺はすぐに自分の異変を悟った。頭が割れるように痛い。身体の節々が軋み、喉は焼けるように熱い。ベッドから起き上がろうとしても、視界がぐらりと歪んで、身体に全く力が入らなかった。

「……最悪だ」
間違いなく、風邪だ。それも、かなりたちの悪いやつ。体温計を脇に挟むと、表示された数字は38度8分。平熱が低い俺にとっては、立っているのもやっとなほどの高熱だった。

隣のベッドは、もぬけの殻だった。玲は今日、全国規模の模試があるとかで、早朝に家を出て行った。そういえば、葵も今日は強豪校との練習試合で朝練だと騒いでいた。湊も、学外で開かれるプログラミングのセミナーに参加すると言っていた気がする。
なんてことだ。こういう時に限って、頼れる共犯者たちは誰もいない。

このまま寝ていても、状況は悪化するだけだ。薬を飲まなければ。俺は、最後の気力を振り絞ってベッドから這い出した。ふらつく足取りで壁に手をつきながら、なんとか部屋のドアを開ける。目指すは保健室だ。桜木先生なら、きっと助けてくれる。

だが、俺の気力はそこまでだった。廊下に出て数歩歩いたところで、急激な目眩に襲われる。視界が白く染まり、足元の感覚が消えていく。
「……やばい」
倒れる。そう思った瞬間、俺の身体はぐらりと大きく傾いた。

「おい、何やってんだ、てめぇ」

意識が遠のく直前。低く、しかしどこか焦ったような声が、俺の耳に届いた。そして、倒れ込む寸前だった俺の腕を、誰かが力強く掴んで支えてくれた。
俺は、霞む視界でなんとかその人物の顔を確認する。黒く艶やかな髪。切れ長の鋭い瞳。
「……くじょう……?」
「チッ……馬鹿が。自己管理もできねえのか」

そこにいたのは、九条雅だった。彼女は悪態をつきながらも、俺の身体を自分の肩に担ぐようにして支えてくれる。その身体は、俺と同じくらいのはずなのに、驚くほど力強かった。

彼女は俺を引きずるようにして部屋まで戻ると、ベッドの上に乱暴に、しかしどこか優しく俺を転がした。
「……わりい」
「喋るな。寝てろ」
雅はそれだけ言うと、一度部屋を出て行った。もう戻ってこないかもしれない。俺のせいで面倒なことに巻き込んでしまった。そんな罪悪感に苛まれていると、数分後、再びドアが開いた。

雅が、腕に体温計や冷たい水の入った洗面器、タオルなどを抱えて戻ってきたのだ。
「ほら、もう一度測れ」
無言で差し出された体温計を、俺は再び脇に挟む。しばらくして鳴った電子音に、雅は体温計をひったくるようにして抜き取った。そして、液晶の数字を見ると、絶句したように固まる。
「……39度2分……。おい、死ぬんじゃねえか、お前」
その声には、本気の心配が滲んでいた。彼女は慌てたように洗面器の水を絞り、俺の額にそっと濡れタオルを乗せてくれる。その手つきは少しぎこちなく、そして微かに震えていた。

ひんやりとしたタオルの感触が、燃えるように熱い額に心地いい。
「……ありがとう、九条。助かった」
「……別に。お前のためにやってるわけじゃねえ」
彼女はぷいっと顔を背ける。
「お前がここでぶっ倒れてると、俺の寝覚めが悪い。それだけだ」
相変わらずのツンデレっぷりだったが、その言葉が照れ隠しであることは、もう俺には分かっていた。

雅はしばらく腕を組んで俺の様子を見ていたが、やがて何かを決意したように立ち上がった。
「……薬は飲んだのか」
「いや、まだ何も食ってないから……」
「チッ。腹に何か入れろ。薬が飲めねえだろ」
そう言うと、彼女は部屋の隅にある小さなキッチンへと向かった。そして、戸棚や冷蔵庫を無遠慮に漁り始める。

「おい、何するんだ?」
「……粥だ」
「え?」
「病人には、粥だろうが。黙って見てろ」
彼女はそう言うと、米の袋と小さな土鍋を取り出した。その手つきは、どこかおぼつかない。料理など、ほとんどしたことがないのだろう。米の量を計るのも、水を加えるのも、いちいち首を傾げながらやっている。その姿が、なんだか微笑ましくて、俺は熱でぼーっとする頭でぼんやりと眺めていた。

やがて、キッチンから米の炊ける、優しい匂いが漂ってきた。
しばらくして、雅がお盆に土鍋とレンゲを乗せて戻ってくる。
「……できた。食え」
土鍋の蓋を開けると、ほかほかと湯気の立つ、真っ白なお粥が現れた。少し水が多かったのか、米粒の形が崩れかけてはいたが、とても美味しそうだ。

「ありがとう。でも、悪いけど、腕が上がらなくて……」
情けないことに、熱のせいで身体が鉛のように重く、スプーンを持つことさえ億劫だった。すると、雅は大きくため息をついた。
「……世話の焼けるやつだな」

彼女は、俺が寝ているベッドの縁に腰を下ろすと、レンゲでお粥をすくった。そして、ふー、ふー、と小さな息を吹きかけて冷ましてから、それを俺の口元へと、おずおずと差し出してきた。
「……ほら。さっさと口開けろ」

俺は、自分の目を疑った。あの九条雅が、俺にお粥を「あーん」してくれようとしている。彼女の顔は、羞恥心で真っ赤に染まっていた。レンゲを持つ手は、緊張で小刻みに震えている。
「……熱いか?」
「いや、大丈夫」
俺が口を開けると、彼女はそっとお粥を運んでくれた。口の中に、米の優しい甘みが広がる。味付けは塩だけだろうか。シンプルだが、弱った身体にじんわりと染み渡るような、温かい味がした。

「……うまい」
俺が素直な感想を告げると、雅は「当たり前だ」とぶっきらぼうに返した。だが、その口元は、ほんの少しだけ緩んでいる。
彼女は、一口、また一口と、黙々とお粥を俺の口に運んでくれた。その間、俺たちは何も話さない。ただ、レンゲが土鍋に当たる音と、俺が咀嚼する音だけが、部屋に静かに響いていた。

「……別に、お前のためにやってるわけじゃないからな」
半分ほど食べ終えたところで、彼女がぽつりと呟いた。
「この前、あいつ(子猫)の世話をしてくれた礼だ。……勘違いするなよ」
その必死な言い訳が、たまらなく可愛く思えた。

お粥を全て食べ終え、薬を飲むと、俺の身体は急激に楽になった。満たされた胃と、薬の効果、そして何より、彼女がそばにいてくれるという安心感が、俺を心地よい眠りへと誘う。
「……ありがとう、雅」
意識が途切れる寸前、俺はそう呟いた。名前で呼んでしまったことに、後から気づく。

俺が眠りに落ちた後。
彼女は、俺の額のタオルを、新しいものに替えようと手を伸ばした。だが、その手は途中で止まり、代わりに、汗で額に張り付いた俺の前髪を、そっと指先で払いのけた。
「…………早く治せ、馬鹿」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた彼女の声は、今まで俺が聞いたどんな彼女の声よりも、優しく、そして甘い響きを持っていた。

その日の俺は、久しぶりに、誰の夢も見ることなく、深く安らかな眠りに落ちることができたのだった。
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