この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第28話 秘密のテスト勉強会

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雅の不器用で、しかし心のこもった看病のおかげで、俺の風邪はすっかり良くなっていた。熱が下がって登校すると、玲や葵、湊からは「なんで連絡しなかったんだ!」「心配したんですよ!」と口々にお説教を食らったが、その言葉には本気の心配が滲んでいて、悪い気はしなかった。

雅との関係も、少しだけ変化した。教室で目が合っても、以前のように殺気立って睨みつけてくることはなくなり、気まずそうに、しかしほんの少しだけ口元を緩めてから、ぷいっと顔を背けるようになった。それは、俺たちの間に生まれた小さな秘密の共有が、彼女の頑なな心を少しずつ溶かしている証のようだった。

そんな穏やかな日常が戻ってきた数日後。教室のホームルームで、担任教師から非情な通告がなされた。
「来週末から、第一回中間テストを実施する。赤点を取った者は、夏休みの補習が待っているから、そのつもりでな」

その言葉に、教室の空気が凍りついた。特に、俺と葵の顔色は見る見るうちに青ざめていく。この獅子王院学園のテストが、生半可なものでないことは入学当初から嫌というほど思い知らされている。
「うそだろ……もうテストかよ……」
葵が、机に突っ伏して呻く。俺も、全く同じ気持ちだった。玲のサポートがなければ、俺はとっくに落ちこぼれている。テスト本番で、果たして乗り切れるだろうか。

その日の放課後。俺の部屋は、いつもの溜まり場と化していたが、その空気はいつになく重苦しい。
「やばい、やばい、マジでやばい……!」
葵が、頭を抱えて床を転げ回っている。俺も、分厚い教科書を前に、深いため息をつくことしかできなかった。

そんな俺たちを見かねて、静かに本を読んでいた玲が、ぱたんと本を閉じて立ち上がった。
「仕方ないわね。そんなことでは、先が思いやられるわ」
その声には、呆れと、そしてほんの少しの優しさが含まれていた。
「週末、ここで勉強会をしない? 私が見てあげるわ」

玲の提案に、部屋にいた全員の視線が彼女に集まった。
「本当か、玲!? 教えてくれるのか!?」
葵が、床から勢いよく飛び起きる。
「ええ。祐樹も、あなたも、一人では不安でしょうから」
玲はそう言って、ちらりと俺に視線を送った。その瞳の奥には、「祐樹とずっと一緒にいられる」という確かな喜びが煌めいている。

「わーい! せんぱいと一緒にお勉強! 僕も参加します!」
スマホを弄っていた湊が、嬉しそうに手を上げた。
「せんぱいと一緒なら、どんな難しい問題も解けちゃいそうな気がします!」

壁際にいた雅は、腕を組んでそっぽを向いている。
「……くだらない。勉強など、一人でするものだ」
「まあまあ、そう言うなよ雅! お前も一緒にやろうぜ!」
葵が雅の肩を組む。
「……離せ。馴れ馴れしい」
口ではそう言いながらも、その表情は満更でもないように見えた。

こうして、週末に俺の部屋で第一回秘密のテスト勉強会が開催されることが決定した。

そして、運命の土曜日。
俺の部屋は、参考書やノートを広げた四人の男装女子たちによって、完全に占拠されていた。普段は静かな寮の一室が、熱心な(?)生徒たちの熱気で満ちている。

「よし、じゃあ始めようか。まずは何からやる?」
俺がそう言うと、待ってましたとばかりに、彼女たちの猛アタックが始まった。

「まずは数学よ、祐樹。ここは頻出範囲だから、確実に押さえておきましょう」
玲が、俺の隣にぴったりと椅子を寄せてきた。そして、俺のノートを覗き込むように、その綺麗な顔をぐっと近づけてくる。
「いい? この公式は、ただ暗記するのではなく、なぜそうなるのかを理解することが大切なの。例えばね……」
耳元で囁かれる、理知的で澄んだ声。ふわりと香る、甘いシャンプーの匂い。その距離の近さに、俺は公式の成り立ちなど全く頭に入ってこなかった。

「おいおい、数学ばっかじゃ頭が固くなるぜ! 祐樹、こっち見ろよ!」
今度は、俺の後ろから葵が覆いかぶさるように抱きついてきた。
「歴史だ、歴史! 特に戦国時代! 男のロマンだろうが!」
彼女は、俺の肩越しに教科書を指さす。その勢いで、彼女の柔らかい胸が、俺の背中にぐりぐりと押し付けられた。
「いいか、この武将がな、ここで裏切ったのがマジで熱いんだよ! お前、どう思う!?」
「あ、ああ、そうだな……」
背中に感じる確かな感触と、耳元で響く快活な声。俺は、歴史のロマンどころではなかった。

「せんぱーい。二人とも、距離が近すぎますよー。勉強の邪魔です」
俺の向かいに座っていた湊が、頬をぷっくりと膨らませて抗議した。そして、机の下で、俺の足を自分の足でこつんと突いてくる。
「英語なら、僕が見てあげます。こっちのほうが、よっぽど効率的ですよ?」
そう言って、彼女はテーブル越しに身を乗り出し、俺に向かってぱちりとウインクを飛ばしてきた。その小悪魔的なアピールに、俺の心臓は不規則に跳ねる。

雅だけは、少し離れた場所で黙々と自分の勉強を進めていた。だが、俺が物理の問題で唸っていると、彼女は何も言わずに一枚のメモ用紙を、俺の机の端にすっと滑らせてきた。
そこには、俺が詰まっていた問題の解法と、押さえるべき要点が、簡潔かつ的確にまとめられている。
俺が「ありがとう」と口パクで伝えると、彼女はぷいっと顔を背けたが、その耳はほんのりと赤かった。

教え合うという名目の、祐樹争奪戦。
玲の知的で甘い囁き、葵の大胆な密着指導、湊の小悪魔的な誘惑、そして雅の不器用なツンデレサポート。四方向からの猛攻に、俺は嬉しい悲鳴を上げるしかなかった。

「祐樹は、私が教えるわ」
「いや、俺が教える!」
「僕が一番分かりやすいですってば!」
「……勝手にしろ」

いつしか、彼女たちの間では「誰が一番祐樹に勉強を教えるのが上手いか」という、静かだが熾烈なバトルが勃発していた。そのおかげで、彼女たちは俺に教えるために、自分の苦手分野まで必死に復習し始めた。結果的に、俺の勉強は全く進まなかったが、彼女たちの学力は面白いように向上していく。

休憩時間には、俺が淹れた紅茶と、雅が「……たまたま、作りすぎただけだ」と言って持ってきた手作りクッキーを囲んで、束の間の平和な時間が流れる。
「このクッキー美味いな!」
「……そうか」
「せんぱいの紅茶、世界一です!」
「大げさだな」
「祐樹の隣は、落ち着くわ……」
「そうか?」

テストという一つの目標に向かって、心を一つにする。それは、まるで本当のクラスメイトのようで、少しだけ気恥ずかしくて、そしてどうしようもなく楽しかった。
結局、その日の勉強会で一番勉強が捗らなかったのは、間違いなく俺だった。だが、この温かくて幸せな時間と引き換えなら、それも悪くない。

テスト本番まで、あと一週間。
俺は、四人の頼もしい(?)家庭教師たちに囲まれながら、人生で最も甘くて過酷なテスト勉強に挑むことになったのだった。
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