この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第31話 【準備①】種目決めは大戦争

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体育祭の開催が告知された翌日。俺たちのクラスは、朝からどこか浮足立った空気に包まれていた。誰もが来たるべき決戦に向けて、どの種目に出て、どう活躍するかを仲間たちと熱心に語り合っている。その熱気から一人取り残された俺は、どうやってこの祭りを乗り切るか、そればかり考えていた。

ホームルームの時間。クラスの体育祭実行委員に選ばれた生徒が、教壇の前に立った。
「よーし、お前ら! 今日は体育祭の出場種目を決めるぞ! 優勝目指して、最強の布陣を組むからな! まずは花形の二人三脚からだ!」

実行委員がそう叫ぶと、教室のあちこちから「俺やりてえ!」「あいつと組んだら速そうだぜ!」と声が上がる。俺は、できるだけ気配を消して机の上の木目を数えていた。頼むから、俺のことなど忘れてくれ。

だが、そんな俺のささやかな願いは、隣の席に座る完璧な王子様によって、あっさりと打ち砕かれた。
すっ、と静かに挙げられた玲の手が、教室中の注目を集める。
「僕が出よう」
その凛とした声に、クラスの誰もが納得したように頷いた。橘玲が出るなら、勝利は固い。
「さすが橘! 頼りになるぜ!」
「ペアは誰と組むんだ?」

クラスメイトたちの期待に満ちた視線の中、玲はゆっくりと俺の方を向いた。そして、有無を言わさぬオーラを放ちながら、はっきりと宣言する。
「ペアは……相葉、君でいいわね?」

「へっ!?」
俺は、思わず素っ頓狂な声を上げた。教室中の視線が、一斉に俺に突き刺さる。
「え、いや、俺は足遅いし……」
「問題ないわ。私がリードするから、あなたはついてくればいいのよ」
その言葉は、もはや決定事項の通達だった。周囲からは「橘と組めるなんて、相葉ラッキーだな!」「最強ペアじゃん!」という羨望の声が上がる。もう、断れる雰囲気ではない。

だが、その完璧なシナリオに「待った」をかけた人物がいた。
「待ってください!」
可愛らしい、しかしよく通る声。教室の後ろの席から、湊が勢いよく立ち上がった。
「僕も、相葉先輩と二人三脚に出たいです!」

その爆弾発言に、教室がどっと沸いた。
「なんだなんだ!? 橘に続いて篠宮まで!?」
「相葉、モテモテじゃねえか!」
湊は、ずんずんと俺たちの席まで歩いてくると、俺の腕にきゅっとしがみついてきた。
「先輩! 僕と組みましょうよ! 僕、意外と足速いんですよ? 絶対、先輩の足手まといにはなりませんから!」
その上目遣いのアピールは、男(女子)の俺ですらクラっとくるほどの破壊力だった。

「おいおい、抜け駆けはずりーぞ、湊!」
そこに、さらなる乱入者が現れた。ガタッと大きな音を立てて椅子から立ち上がったのは、もちろん葵だ。
「二人三脚なら、俺と祐樹だろ! 普段から肩組んでんだ、息はぴったりに決まってる!」
そう言って、葵は俺のもう片方の腕をがしりと掴んだ。

玲、湊、葵。学園でもトップクラスの人気を誇る三人のイケメンが、俺という平凡な男を巡って、クラスの公衆の面前で睨み合っている。祐樹を巡る、公開ドラフト会議。その中心にいる俺は、左右の腕をがっちりホールドされ、ただただ冷や汗を流すことしかできなかった。

「どうすんだよ、これ……」
実行委員も、この予想外の事態に頭を抱えている。
「じゃんけんで決めようぜ!」
「いや、体力測定の記録で決めよう!」
クラスメイトたちが、好き勝手なことを言い始める。その時、玲が冷静な声で場を収めた。
「……そもそも、これは祐樹の意思が尊重されるべきではないかしら? 誰と組みたいか、彼自身に選ばせるのが一番公平だと思うけれど」

その言葉は、一見すると正論に聞こえた。だが、その実態は、俺に選択という名の究極のプレッシャーをかける、玲の巧妙な罠だった。三人の真剣な視線が、俺に突き刺さる。選べるわけがない。誰を選んでも、角が立つに決まっている。

俺が答えに窮して固まっていると、見かねた担任教師が助け舟を出してくれた。
「まあまあ、揉めるな、揉めるな。こういう時は、神に委ねるのが一番だ。公平に、くじ引きで決めろ!」
その鶴の一声で、事態はようやく収拾へと向かった。実行委員が慌てて三人の名前を書いた紙を用意し、それを箱の中に入れる。
「さあ、相葉! 引け!」

クラス全員の視線が、俺の手に集中する。俺は、心の中で神に祈りながら、震える手で箱の中に指を入れた。そして、一枚の紙をゆっくりと引き抜く。
紙を開くと、そこに書かれていた名前は――。

『橘 玲』

「……っ!」
玲が、小さく息をのんだ。その表情はクールなままだったが、俺には見えた。彼女が、机の下で小さくガッツポーズをしたのを。湊と葵は、「ちくしょー!」「うそー!」と本気で悔しがっている。
「……仕方ないわね。くじ引きの結果なのだから。よろしく頼むわよ、祐樹」
玲は、あくまで平静を装い、俺に向かって優雅に微笑んだ。その笑顔は、勝利の女神の微笑みに見えた。

二人三脚のペアが決まり、種目決めは続く。
「次は、借り物競走だ! 誰かいないかー?」
その声に、二人三脚で敗れた葵と湊が、同時に「はいっ!」と手を挙げた。
「ここは俺に譲れよ、湊!」
「いえ、ここは可愛い後輩に譲るのが先輩の務めですよ、葵先輩!」
再び火花が散る。二人が何を「借りる」つもりなのか、俺には痛いほど分かっていた。これも結局くじ引きとなり、幸運の女神は湊に微笑んだ。葵は、本気で床に突っ伏して悔しがっていた。

その後、葵は宣言通り、クラス対抗リレーのアンカーと騎馬戦の大将に立候補した。これには誰も異論はなく、クラスの期待を一身に背負うヒーローとして、満場一致で決定した。

最後に、まだどの個人種目にも名前が挙がっていない雅に、実行委員が声をかける。
「九条、お前、なんか出ないのか? 運動神経いいんだろ?」
教室の視線が、一斉に雅に集まる。彼女は、面倒くさそうに顔をしかめた。
「……興味ない。応援でいい」
「そんなこと言うなよー。騎馬戦とか、絶対強そうだぜ!」
クラスメイトたちの声に、雅はしばらく黙り込んでいた。だが、俺が「頑張れ」とばかりに小さく頷くと、彼女は一瞬だけ俺と目を合わせ、そして諦めたように、大きなため息をついた。
「……じゃあ、騎馬戦の騎馬でいい」
その一言に、葵が「よっしゃ! 九条がいれば百人力だぜ!」と飛び上がって喜んだ。雅は、そんな葵を睨みつけながらも、その横顔はどこかまんざらでもないように見えた。

こうして、嵐のような種目決めは、なんとか幕を閉じた。
その日の放課後。俺の部屋には、もちろんいつものメンバーが勢揃いしていた。
「くじ引きとはいえ、これも運命よ、祐樹。本番まで、みっちり練習しましょうね」
玲は、勝利の余韻に浸りながら、優雅に紅茶を飲んでいる。
「本番では、僕がせんぱいを『借り』ますから! 覚悟しててくださいね!」
湊は、そう言って俺に宣戦布告してきた。
「ちくしょー、二人三脚は取られたけどな! リレーで、お前に一番かっこいいとこ見せてやるから、ちゃんと見とけよ、祐樹!」
葵は、早くも闘志を燃やしている。
雅は、何も言わずにクッキーを齧っていたが、その瞳の奥には、静かな闘志が宿っているように見えた。

体育祭本番まで、あと三週間。
各種目が決まったことで、彼女たちのボルテージは最高潮に達していた。
俺を巡る戦いは、もう既に、この準備期間から始まっている。俺は、これから始まるであろう波乱に満ちた練習の日々を思い、期待と不安の入り混じった、深いため息をつくしかなかった。
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