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第33話 【準備③】玲と二人三脚の練習
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葵との秘密の特訓が日課になった一方で、俺にはもう一つの重要な練習が待ち受けていた。くじ引きという神の采配によって決定した、玲との二人三-脚の練習だ。
放課後のグラウンドの隅。俺と玲は、互いの足首を一本の紐で結びつけ、ぎこちなく立っていた。周囲では、他のペアが軽快に走り抜けていく。それに比べて俺たちは、一歩前に進むことすらままならない。
「いい、祐樹? 私が『せーの』と言ったら、あなたは右足から。いいわね?」
「お、おう」
玲は冷静に指示を出すが、俺の身体はガチガチに緊張していた。隣にいる玲の体温、ふわりと香るシャンプーの匂い、そして何より、紐で結ばれた足首から伝わってくる微かな感触。その全てが、俺の集中力を容赦なく奪っていく。
「せーのっ!」
玲の掛け声に合わせて、俺は右足を、玲は左足を同時に踏み出した。だが、タイミングが全く合わない。俺たちの身体はぐらりと大きく傾き、俺は慌てて玲の肩を抱いて支えた。
「わっ!?」
「だ、大丈夫か、玲!?」
腕の中に収まった玲の身体は、驚くほど細くて柔らかい。俺は、自分がとんでもないことをしている現実に気づき、慌てて手を離した。
「ご、ごめん!」
「……いえ。私の方こそ、タイミングが早かったみたいね」
玲は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。その耳まで朱に染まっている。練習開始からわずか数分で、俺たちの間には甘酸っぱくて気まずい空気が充満していた。
「……もう一度よ」
玲は気を取り直すように咳払いを一つすると、再び前を向いた。だが、その声は微かに上ずっている。
練習は、困難を極めた。俺たちは、何度も足がもつれて転びそうになり、その度に互いの身体を支え合った。身体が密着するたびに、お互いの心臓の音が聞こえてきそうなくらい、ドキドキしてしまう。これは、スポーツの練習というよりは、もはや何かの試練だった。
「はぁ……はぁ……。少し、休憩しましょうか」
数十分後。俺たちはへとへとになって、グラウンドの隅に座り込んだ。まだ、まともに十メートルも走れていない。
「ごめんな、玲。俺が運動音痴だから……」
「……いいえ。これは、二人の問題よ」
玲は、スポーツドリンクのペットボトルを俺に差し出してくれた。その横顔は、汗で少しだけ濡れている。
「もっと、お互いのことを感じないとダメなのかもしれないわね」
「感じる?」
「ええ。相手が次にどう動くか、何を考えているか。言葉にしなくても、分かるくらいに……」
玲はそう言って、俺の目をじっと見つめてきた。その紫色の瞳は、真剣そのものだ。
その日から、俺たちの練習方法は少し変わった。
ただ走るのではなく、まずは歩くことから始めた。
「いい、祐樹? 私の呼吸に合わせて。吸って、吐いて……」
隣に立つ玲の、静かな呼吸のリズムに、俺は必死に自分の呼吸を合わせようとする。その一体感は、なんだか少しだけ恥ずかしくて、でも不思議と心地よかった。
練習の合間には、他愛もない話をした。好きな本のこと、音楽のこと、子供の頃の思い出。互いのことを知れば知るほど、歩調も少しずつ合っていくような気がした。
そして、練習が始まって一週間が経った頃。
俺たちの二人三-脚は、見違えるようにスムーズになっていた。もう、転びそうになることはない。俺たちは、まるで一人の人間のように、息を合わせてグラウンドを駆け抜けられるようになっていた。
「すごいじゃない、祐樹! この調子なら、優勝も夢じゃないわ!」
走り終えた後、玲が息を弾ませながら、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、今まで見たどんな彼女の笑顔よりも輝いて見えた。
「ああ。玲のリードのおかげだよ」
俺たちが互いの健闘を称え合っていると、玲がふと、何かを企むように、悪戯っぽく微笑んだ。
「ねえ、祐樹」
「ん?」
「練習中にバランスを崩すのも、たまには悪くないと思わない?」
「え?」
俺がその言葉の意味を理解する前に、玲はわざと、こてんとバランスを崩して見せた。そして、計算されたかのような動きで、俺の胸にすっぽりと身体を預けてくる。
「きゃっ」
可愛らしい悲鳴と共に、俺の腕の中に、玲の柔らかな身体が収まった。甘い香りが、俺の理性をぐらりと揺さぶる。
「……れ、玲!?」
「……ごめんなさい。ちょっと、足がもつれちゃったみたい」
顔を上げた彼女の瞳は、潤んでいて、頬は上気している。それは、明らかにわざとだった。俺が何も言えずに固まっていると、彼女は俺の耳元に唇を寄せて、囁いた。
「……本番でも、こうして抱きしめてくれる?」
その甘い囁きは、反則だった。
俺は、顔から火が出そうになるのを必死で堪えながら、ただ頷くことしかできない。腕の中で、玲が満足そうに、そして嬉しそうに微笑んだのが分かった。
二人三-脚の練習は、いつしか、二人だけの秘密の時間を育む、甘い口実になっていた。
俺は、この練習が永遠に続けばいいのに、と柄にもなくそんなことを考えてしまう。もちろん、そんなことをすれば葵に怒られるだろうが。
夕暮れのグラウンドに、俺たちの少しだけ弾んだ笑い声が、いつまでも響いていた。
放課後のグラウンドの隅。俺と玲は、互いの足首を一本の紐で結びつけ、ぎこちなく立っていた。周囲では、他のペアが軽快に走り抜けていく。それに比べて俺たちは、一歩前に進むことすらままならない。
「いい、祐樹? 私が『せーの』と言ったら、あなたは右足から。いいわね?」
「お、おう」
玲は冷静に指示を出すが、俺の身体はガチガチに緊張していた。隣にいる玲の体温、ふわりと香るシャンプーの匂い、そして何より、紐で結ばれた足首から伝わってくる微かな感触。その全てが、俺の集中力を容赦なく奪っていく。
「せーのっ!」
玲の掛け声に合わせて、俺は右足を、玲は左足を同時に踏み出した。だが、タイミングが全く合わない。俺たちの身体はぐらりと大きく傾き、俺は慌てて玲の肩を抱いて支えた。
「わっ!?」
「だ、大丈夫か、玲!?」
腕の中に収まった玲の身体は、驚くほど細くて柔らかい。俺は、自分がとんでもないことをしている現実に気づき、慌てて手を離した。
「ご、ごめん!」
「……いえ。私の方こそ、タイミングが早かったみたいね」
玲は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。その耳まで朱に染まっている。練習開始からわずか数分で、俺たちの間には甘酸っぱくて気まずい空気が充満していた。
「……もう一度よ」
玲は気を取り直すように咳払いを一つすると、再び前を向いた。だが、その声は微かに上ずっている。
練習は、困難を極めた。俺たちは、何度も足がもつれて転びそうになり、その度に互いの身体を支え合った。身体が密着するたびに、お互いの心臓の音が聞こえてきそうなくらい、ドキドキしてしまう。これは、スポーツの練習というよりは、もはや何かの試練だった。
「はぁ……はぁ……。少し、休憩しましょうか」
数十分後。俺たちはへとへとになって、グラウンドの隅に座り込んだ。まだ、まともに十メートルも走れていない。
「ごめんな、玲。俺が運動音痴だから……」
「……いいえ。これは、二人の問題よ」
玲は、スポーツドリンクのペットボトルを俺に差し出してくれた。その横顔は、汗で少しだけ濡れている。
「もっと、お互いのことを感じないとダメなのかもしれないわね」
「感じる?」
「ええ。相手が次にどう動くか、何を考えているか。言葉にしなくても、分かるくらいに……」
玲はそう言って、俺の目をじっと見つめてきた。その紫色の瞳は、真剣そのものだ。
その日から、俺たちの練習方法は少し変わった。
ただ走るのではなく、まずは歩くことから始めた。
「いい、祐樹? 私の呼吸に合わせて。吸って、吐いて……」
隣に立つ玲の、静かな呼吸のリズムに、俺は必死に自分の呼吸を合わせようとする。その一体感は、なんだか少しだけ恥ずかしくて、でも不思議と心地よかった。
練習の合間には、他愛もない話をした。好きな本のこと、音楽のこと、子供の頃の思い出。互いのことを知れば知るほど、歩調も少しずつ合っていくような気がした。
そして、練習が始まって一週間が経った頃。
俺たちの二人三-脚は、見違えるようにスムーズになっていた。もう、転びそうになることはない。俺たちは、まるで一人の人間のように、息を合わせてグラウンドを駆け抜けられるようになっていた。
「すごいじゃない、祐樹! この調子なら、優勝も夢じゃないわ!」
走り終えた後、玲が息を弾ませながら、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、今まで見たどんな彼女の笑顔よりも輝いて見えた。
「ああ。玲のリードのおかげだよ」
俺たちが互いの健闘を称え合っていると、玲がふと、何かを企むように、悪戯っぽく微笑んだ。
「ねえ、祐樹」
「ん?」
「練習中にバランスを崩すのも、たまには悪くないと思わない?」
「え?」
俺がその言葉の意味を理解する前に、玲はわざと、こてんとバランスを崩して見せた。そして、計算されたかのような動きで、俺の胸にすっぽりと身体を預けてくる。
「きゃっ」
可愛らしい悲鳴と共に、俺の腕の中に、玲の柔らかな身体が収まった。甘い香りが、俺の理性をぐらりと揺さぶる。
「……れ、玲!?」
「……ごめんなさい。ちょっと、足がもつれちゃったみたい」
顔を上げた彼女の瞳は、潤んでいて、頬は上気している。それは、明らかにわざとだった。俺が何も言えずに固まっていると、彼女は俺の耳元に唇を寄せて、囁いた。
「……本番でも、こうして抱きしめてくれる?」
その甘い囁きは、反則だった。
俺は、顔から火が出そうになるのを必死で堪えながら、ただ頷くことしかできない。腕の中で、玲が満足そうに、そして嬉しそうに微笑んだのが分かった。
二人三-脚の練習は、いつしか、二人だけの秘密の時間を育む、甘い口実になっていた。
俺は、この練習が永遠に続けばいいのに、と柄にもなくそんなことを考えてしまう。もちろん、そんなことをすれば葵に怒られるだろうが。
夕暮れのグラウンドに、俺たちの少しだけ弾んだ笑い声が、いつまでも響いていた。
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