この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第39話 【本番③】葵の応援合戦

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借り物競走での前代未聞の同時ゴールは、体育祭の歴史に新たな伝説を刻み込んだらしい。俺はしばらくの間、「大切なもの」というあだ名で呼ばれる羽目になったが、それはそれで悪い気はしなかった。

午後の部。日差しがさらに強くなり、グラウンドの熱気が最高潮に達する中、体育祭の華である『応援合戦』が始まった。各組の応援団が、グラウンドの中央で向かい合い、互いの健闘を讃え、そして勝利への渇望をパフォーマンスで表現する。

俺たちの赤組の番がやってきた。応援団長である葵を先頭に、揃いの赤いハチマキを締めた団員たちが、堂々とした足取りで入場する。その中心に立つ葵の姿は、まさに太陽神アポロンのようだった。彼女が大きく腕を振り上げると、それに合わせて赤組の応援席から、地鳴りのような歓声が上がる。

「よーし、いくぜ、お前ら! 俺たちの魂、見せてやろうぜ!」

葵の掛け声を合図に、力強い太鼓の音が鳴り響き、赤組の応援パフォーマンスが始まった。一糸乱れぬ演舞、アクロバティックな組体操、そして腹の底から絞り出すような応援歌。それは、この日のために血のにじむような練習を重ねてきた、彼らの努力の結晶だった。

俺は、赤組の応援席の最前列で、その光景を固唾をのんで見守っていた。特に、団長としてその中心で舞う葵の姿からは、一瞬たりとも目が離せない。彼女の動きは、誰よりも大きく、誰よりもキレがある。流れる汗さえも、キラキラと輝いて見えた。

そして、応援合戦はクライマックスへと差し掛かる。パフォーマンスが一旦静まり、グラウンドに静寂が訪れた。全ての視線が、団長である葵、ただ一人に注がれる。これから始まるのは、応援団の魂ともいえる、団長による応援口上だ。

葵は、一度ゆっくりと天を仰ぎ、そして大きく息を吸い込んだ。俺は、ポケットの中で、ミサンガが結ばれた方の手で、玲のハンカチをぎゅっと握りしめた。
(葵……やれる)
夕暮れの屋上で聞いた、彼女の魂の叫びを、俺は信じていた。

彼女は、応援席にいる俺の方を、真っ直ぐに見つめた。その瞳は、真剣そのものだ。そして、次の瞬間。彼女の口から、今まで聞いたこともないような、力強く、そしてどこまでも通る声が放たれた。

「聞けぃ! 我らが赤組の精鋭たちよ!」

その声は、屋上で聞いた時よりも、さらに力強く、そして深みを増していた。それは、無理に作った野太い声ではない。彼女自身の、五十嵐葵としての、ありのままの魂の叫びだった。

「我らの前に、敵は無し! 我らの進む道に、障害は無し! 掴み取れ、勝利を! 勝ち取れ、栄光を! 今こそ、獅子の子らが、真の王者となる時だ!」

彼女の言葉の一つ一つが、言霊となってグラウンドに響き渡る。その圧倒的な熱量と迫力に、団員たちだけでなく、敵であるはずの白組や青組の生徒たちまでもが、息をのんで聞き入っていた。

「赤組ー! 優勝するぞぉぉぉぉぉっ!!」

最後の雄叫びと共に、彼女が天に拳を突き上げると、それに呼応するように、赤組の応援席から、今日一番の大歓声が爆発した。俺も、周りの生徒たちと一緒に、声が嗄れるまで叫んでいた。

パフォーマンスが終わり、団員たちが互いの健闘を称え合う中、葵は一人、肩で大きく息をしていた。その顔は、達成感と、出し切った疲労で満ちている。
彼女は、応援席にいる俺の姿を探した。そして、俺と目が合うと、汗で濡れた顔のまま、にっと笑った。

そして、他の誰にも気づかれない、ほんの一瞬。
彼女は、俺にだけ分かるように、こっそりと右目でウインクを送ってきたのだ。

その瞬間、俺の心臓は、応援合戦の太鼓よりも大きな音で、ドクンと高鳴った。
(……見せてくれたな、葵)
お前が、一番かっこいいよ。
俺は、声にならない声でそう呟きながら、彼女に向かって力強く、親指を立てて見せた。

葵は、満足そうに頷くと、仲間たちの元へと駆け寄っていく。その背中は、入学したての頃に見たヒーローのそれよりも、ずっと大きく、そして頼もしく見えた。
彼女は、自分の弱さと向き合い、そして見事に乗り越えてみせたのだ。
その成長の瞬間に立ち会えたことが、俺は自分のことのように嬉しかった。

夕暮れの屋上で交わした、二人だけの秘密の約束。
それは、誰にも知られることなく、このグラウンドで、最高に熱い形で果たされたのだった。
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