この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

文字の大きさ
40 / 100

第40話 【準備④】湊の計算とハプニング

しおりを挟む
葵の魂のこもった応援合戦の大成功で、赤組の士気は最高潮に達していた。その勢いのまま、午後の競技は進んでいく。そして、いよいよ俺の共犯者レース、第三走者である篠宮湊が出場する『障害物競走』の時間がやってきた。

「それではこれより、障害物競走を開始します! 各選手、位置についてください!」

アナウンスと共に、スタートラインに並んだ選手たちの中に、ひときわ小柄な湊の姿があった。彼は、俺のいる応援席に向かって、にこやかに手を振っている。その自信満々な様子は、まるでピクニックにでも来たかのようだ。

俺は、湊と交わした約束通り、ゴールテープが張られたフィニッシュラインのすぐそばまで移動していた。そこは、優勝者が真っ先に飛び込んでくる、最高の観戦スポットだ。
(本当に、一位を取る気なんだな)
彼女が夜な夜なPCルームで繰り返していた、完璧なシミュレーションを思い出す。俺は、これから始まるであろう彼女の独壇場を、期待と少しの不安を胸に見守っていた。

パンッ!

号砲一発。選手たちが、弾かれたようにスタートを切った。
湊のスタートダッシュは、他の大柄な選手たちに比べれば、決して速いものではない。だが、彼女は全く焦る様子を見せなかった。

最初の障害物は、巨大なネットくぐりだ。多くの選手が、絡まるネットに悪戦苦闘し、団子状態になっている。しかし、湊はその混戦を巧みに避け、誰もが予想しないようなネットの端の、わずかな隙間をするりと蛇のように抜けていった。最短距離。彼女のシミュレーション通りだ。

続く平均台も、まるで精密機械のような完璧なバランス感覚で、一切の揺らぎなく駆け抜ける。
第三障害の麻袋ジャンプでは、他の選手が必死に飛び跳ねる中、彼女だけはまるでスキップでもするかのような軽快なリズムで、面白いように差を広げていく。

「な、なんだ、あの一年生は!?」
「速すぎる! 異次元だろ!」
周囲から、驚きの声が上がる。彼女の動きは、もはやスポーツというよりは、一種の芸術の域に達していた。全てが計算され、最適化されている。

そして、最終障害。高さ二メートルほどの壁越えだ。
この時点で、湊は二位以下に圧倒的な差をつけ、完全に独走状態に入っていた。
彼女は、壁の前で一度だけぴたりと足を止めると、ゴール地点にいる俺の方をちらりと見た。そして、にやりと、小悪魔のように笑ってみせたのだ。

(見ててくださいね、せんぱい)

その唇が、そう動いた気がした。
次の瞬間。彼女は、壁に設置されたわずかな突起を、まるで猫のような身軽さで駆け上がると、あっという間に壁のてっぺんに手をかけた。そして、しなやかな身体を翻し、軽やかに地面に着地する。

ゴールまで、あと十メートル。
もはや、彼女を阻むものは何もない。

「せんぱーい!」
満面の笑みで、彼女は俺に向かって走ってくる。その姿は、まるでスローモーションのように見えた。
計画通り、一位でゴールする。そして、ご褒美として、大好きな先輩の胸に飛び込むのだ。彼女の頭の中は、きっとそんな幸せなシミュレーションでいっぱいだったのだろう。

俺も、両腕を広げ、彼女を受け止める準備をしていた。
頑張ったな、湊。
そう言って、彼女の頭を思いっきり撫でてやろう。

彼女が、ゴールテープを胸で切った。優勝だ。
その勢いのまま、彼女は俺の胸に、一直線に飛び込んできた。

「せんぱ―――っ!」

だが、ここで、彼女の完璧な計算に、たった一つだけ狂いが生じた。
勝利の興奮と、俺に抱きしめられるという期待感。それが、彼女のスピードを、シミュレーションの数値を、ほんのわずかに上回らせてしまったのだ。

「うおっ!?」

俺の想像を遥かに超える勢いで飛び込んできた湊の身体。俺は、その衝撃を受け止めきれず、たたらを踏んだ。そして、バランスを崩し、湊を抱きしめたまま、後ろ向きに、派手に、すっ転んでしまった。

ドンッ!という鈍い音と共に、俺は地面に背中を強打する。
そして、俺の上には、湊がすっぽりと覆いかぶさるような形になっていた。
グラウンドの喧騒が、一瞬だけ遠のいた気がした。

「……いったた……」
俺が呻き声を上げると、胸の上から、湊の少し慌てたような声が聞こえてきた。
「せ、せんぱい!? だ、大丈夫ですか!?」
「ああ……なんとか。お前こそ、怪我は……」

俺が顔を上げると、そこには、至近距離で俺を見下ろす、湊の真っ赤な顔があった。
俺たちの身体は、完全に密着していた。俺の胸には、彼女の柔らかな感触がはっきりと伝わってくる。お互いの荒い呼吸が、混じり合う。

「……」
「……」

計画外の、予想外のハプニング。
シミュレーションにはなかった、あまりにも近すぎる距離。
湊は、顔から火を噴きそうなほど真っ赤になりながら、声も出せずに固まっていた。いつもは余裕綽々な彼女が、完全にキャパオーバーしているのが分かった。

「おーい! 優勝した篠宮と相葉が、ゴール地点でイチャイチャしてるぞー!」
誰かのそんな野次で、俺たちははっと我に返った。
周囲の生徒たちが、ニヤニヤしながら俺たちを取り囲んでいる。
「青春だねえ!」
「見せつけてくれるじゃないの!」

俺たちは、慌てて身体を離した。湊は、俯いて顔を真っ赤にしたまま、一言も喋らない。
完璧な計画の果てに待っていたのは、甘いハグではなく、恥ずかしすぎるハプニング。
だが、その予想外の密着は、どんな計算されたご褒美よりも、俺たちの心臓を激しく高鳴らせていた。

俺は、立ち上がろうとしない湊にそっと手を差し伸べる。
彼女は、おずおずとその手を取り、俺に引き上げられた。
その手は、小さく、そして熱く震えていた。
天才ハッカーの計算を狂わせたのは、恋という名の、最大の変数だったのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。 ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。 無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。 クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

みずがめ
恋愛
 宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。  葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。  なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。  その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。  そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。  幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。  ……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい

みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。 それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。 願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。 スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。 ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。 ※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

処理中です...