この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第41話 【本番⑤】雅、祐樹のために

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湊との甘くて恥ずかしいハプニングは、体育祭のちょっとした伝説として語り継がれることになった。湊本人は、その後しばらく俺の顔をまともに見れなかったが、それもまた彼女の新たな一面を見れたようで、俺としては悪い気はしなかった。

そして、体育祭はついにクライマックスを迎える。男たちの(本当は女子たちの)意地とプライドがぶつかり合う、最も激しい競技、『騎馬戦』だ。
グラウンドの中央に、各組から選抜された騎馬がずらりと並ぶ。その光景は、さながら戦国時代の合戦のようだ。

俺たちの赤組の大将はもちろん、五十嵐葵。彼女は騎馬の上で仁王立ちし、自信に満ち溢れた表情で敵陣を睨みつけている。その姿は、まさに無敵の将軍だった。
そして、俺も騎馬戦に出場していた。ポジションは、騎馬の乗り手、つまり騎手だ。運動音痴の俺が騎手なんて、自殺行為に近い。だが、これはクラスで決められたことなのだ。せめて、すぐに帽子を取られないように、最後まで生き残ることだけを考えよう。

俺の騎馬を組んでくれるのは、三人の屈強なクラスメイトたちだ。
「相葉、絶対守ってやるからな!」
「どっしり構えてろよ!」
彼らの頼もしい言葉に、俺は少しだけ勇気をもらう。

ふと、隣の騎馬に目をやると、そこには雅の姿があった。彼女は、葵の騎馬の先頭、最も重要なポジションを任されている。その表情は、普段のクールさをさらに研ぎ澄ませたような、真剣そのもの。俺の視線に気づいた彼女は、一瞬だけ俺と目を合わせ、そしてすぐに前を向いた。だが、その一瞬の交錯だけで、十分だった。言葉はいらない。『お前も、やれ』。そんな無言のメッセージが、確かに伝わってきた。

「騎馬戦、始め!」
号令と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。
グラウンドの至る所で、激しいぶつかり合いが始まる。怒号と歓声が入り混じり、砂埃が舞い上がった。

俺の騎馬は、目立たないように、大将である葵の騎馬のすぐ後ろに陣取っていた。まずは生き残るのが最優先だ。
だが、そんな俺のささやかな願いは、敵の格好の的となった。
「おい、あそこの赤組の騎馬、弱そうだぜ!」
「まずはあいつから潰すぞ!」

白組の騎馬が、二騎、同時に俺に向かって突進してきた。まずい!
「相葉、しっかり掴まってろ!」
俺の騎馬は、必死に応戦しようとする。だが、相手は体格もパワーも上だ。じりじりと追い詰められ、俺の赤い帽子に、敵の手が伸びてくる。
もうダメだ。取られる!

俺が覚悟を決めて、ぎゅっと目を瞑った、その瞬間だった。
「―――チッ、雑魚が」

低く、しかし凛と響く声がした。
次の瞬間、俺の目の前を、黒い影が疾風のように駆け抜けていった。
雅だ。

彼女は、自分が守るべき大将(葵)の騎馬から離れ、単騎で俺の元へと駆けつけてくれたのだ。
「九条!? お前、何を!」
葵の驚く声が聞こえる。だが、雅はそれに答えなかった。

彼女の動きは、獲物を狩る雌豹のように、しなやかで、そして獰猛だった。
白組の騎馬に正面からぶつかると、その衝撃で相手の体勢を完璧に崩す。そして、相手が体勢を立て直すよりも早く、その騎手の帽子を、いとも簡単にひょいと奪い取ってしまった。

「なっ!?」
一瞬の出来事に、俺も、敵も、味方さえも呆然としていた。
雅は、奪い取った白い帽子を無造作に放り投げると、すぐさまもう一騎の敵に向き直る。その瞳は、もはや普段のクールな彼女ではない。闘争本能に火がついた、戦士の瞳だった。

「……邪魔だ。消えろ」

その圧倒的な気迫に、残った白組の騎馬は完全に怯んでしまった。そして、踵を返して逃げ出していく。
雅は、その背中を追うことはせず、ただ静かに俺の方を振り返った。そして、何も言わずに、葵の騎馬の元へと戻っていく。

「……雅、お前……」
葵が、何か言いたそうに彼女を見ている。
「……大将がやられたら、元も子もないだろうが。さっさと、敵の大将を潰すぞ」
雅は、それだけ言うと、再び敵陣を鋭く睨みつけた。

俺は、しばらくの間、彼女の後ろ姿から目が離せなかった。
守ってくれた。
俺のために、彼女は、自分の役割を一時的に放棄してまで、助けに来てくれたのだ。
普段、誰とも馴れ合わず、自分の感情を決して表に出さない彼女が。その心の奥底にある、仲間を、そして俺を想う熱い気持ち。それが、今、俺の目の前で、はっきりと示された。

(……かっこいい)

素直に、そう思った。
男らしいとか、女らしいとか、そんなことはどうでもいい。ただ、一人の人間として、九条雅という存在が、たまらなく輝いて見えた。

俺の中で、何かが変わった。
もう、ただ守られているだけの、弱い自分でいるのはやめだ。俺も、戦わなければ。彼女に、無様な姿は見せられない。

「みんな、ごめん! そして、ありがとう!」
俺は、俺を支えてくれている騎馬の三人に、力強く言った。
「行くぞ! 俺たちも、敵を倒しに行く!」

俺のその言葉に、三人も「おう!」と力強く応えてくれた。
俺の騎馬は、もう逃げなかった。グラウンドの中央へと駆け出し、敵の騎馬へと、果敢に挑んでいった。
その視線の先には、仲間たちと共に奮闘する、黒髪の美しい戦士の姿が、確かにあった。
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