この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第42話 【本番⑥】アンカー・玲

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雅の予想外の援護射撃に鼓舞され、俺は騎馬戦で奇跡的にも最後まで生き残ることができた。もちろん、葵と雅のコンビが敵の大将を次々と撃破していったおかげが一番大きい。赤組は騎馬戦で圧勝し、総合優勝へと大きく近づいた。

そして、体育祭の全プログラムを締めくくる最終種目、クラス対抗リレーの時間がやってきた。グラウンドのボルテージは、この日最高潮に達している。各クラスの威信をかけた、真剣勝負だ。

俺は、第三走者としてトラックの隅で出番を待っていた。心臓が、今にも口から飛び出しそうなくらい激しく脈打っている。リレーなんて、小学校以来だ。俺みたいな足の遅いヤツが、クラスの代表として走っていいのだろうか。不安で、足がすくみそうになる。

「祐樹!」
不意に、背後から声をかけられた。振り返ると、そこにはアンカーのユニフォームに身を包んだ玲が立っていた。彼女は、静かな、しかし力強い瞳で俺を見つめている。
「緊張しているの?」
「……まあ、少しな」
「大丈夫よ」
玲はそう言って、俺の胸に付けられたゼッケンを、そっと指先で撫でた。
「あなたは、一人じゃないわ。私たちがいる」
その言葉と、指先から伝わる微かな温もりに、俺の心は少しだけ軽くなった気がした。

「それに」と、彼女は続ける。
「あなたの前には、葵がいる。あなたの後ろには、私がいる。何も心配することはないわ。ただ、前だけを見て、バトンを繋ぐことだけを考えなさい」
その言葉は、まるで魔法のようだった。俺の中の不安が、すうっと消えていく。そうだ。俺は、この最高のチームの一員なんだ。

パンッ!

号砲が鳴り響き、第一走者たちが一斉にスタートした。
歓声が、地鳴りのようにグラウンドを揺らす。俺たちのクラスの第一走者は、陸上部員だ。彼は快調な滑り出しで、トップ争いを繰り広げている。

そして、第二走者へ。俺たちのクラスの第二走者は、葵だった。
「葵、行けーっ!」
俺は、声の限り叫んだ。
バトンを受け取った葵は、まるで弾丸のように加速していく。その走りは、他の選手たちとは次元が違った。一人、また一人とごぼう抜きにし、あっという間にトップに躍り出る。
(すげえ……!)
応援団長として見せた魂の叫びもそうだが、やはり彼女は、走っている時が一番輝いて見える。

葵は、トップのまま俺のいる第三コーナーへと差し掛かってきた。
「祐樹ぃぃぃっ!」
彼女が、俺の名前を叫ぶ。その手には、俺たちを繋ぐ赤いバトンが、力強く握りしめられていた。

来た。俺の番だ。
俺は、震える足に力を込めて、走り出す準備をする。
葵が、俺の数メートル手前まで迫ってくる。
「頼んだぜ、ダチ公!」
その言葉と共に、赤いバトンが、俺の手に、確かに渡された。

(繋ぐんだ……!)

俺は、前だけを見た。ゴールではない。その先で、俺を待っているアンカー、玲の姿だけを。
必死で腕を振り、足を動かす。周りの景色が、猛烈なスピードで後ろへと流れていく。風が、耳元でごうごうと音を立てていた。

だが、現実は非情だった。
俺の平凡な足では、各クラスのエースたちが集うこのリレーで、トップを維持できるはずもなかった。
一人に抜かれ、二人目に抜かれ、俺が最終コーナーを曲がる頃には、順位は三位まで落ちていた。

「くそっ……!」
悔しい。みんなが繋いでくれたリードを、俺が台無しにしてしまう。申し訳なさで、胸が張り裂けそうだった。
だが、俺は諦めなかった。
その先に、玲が待っている。彼女に、無様な姿は見せられない。

俺は、最後の力を振り絞って、アンカーの待つテイクオーバーゾーンへと駆け込んだ。玲が、俺に向かって手を伸ばしている。その真剣な眼差しが、俺を捉えていた。

「玲っ!」
俺は、叫んだ。
「ごめんっ!」

バトンが、玲の手に渡る。その瞬間、俺は彼女の耳元で、はっきりと聞こえる声で叫んだ。
「玲、がんばれ!」

その言葉が、スイッチだったのかもしれない。
バトンを受け取った玲の身体から、今まで見たこともないようなオーラが放たれた。彼女は、まるで銀色の流星のように、トラックを駆け抜けていく。
その走りは、葵のパワフルな走りとは違う。無駄な力が一切入っていない、しなやかで、美しいフォーム。地面を蹴るたびに、彼女の身体はぐんぐんと加速していく。

二位の選手を、いとも簡単に抜き去る。
そして、トップを走る白組のアンカーの背中が、みるみるうちに近づいていく。
会場のボルテージは、最高潮に達していた。
「橘様ーっ!」
「行けーっ!」
悲鳴のような歓声が、グラウンドを包み込む。

最後の直線。
二人の差は、わずか数メートル。
相手も、必死で逃げる。だが、玲のスピードは、全く衰えない。むしろ、加速しているようにさえ見えた。

ゴールテープが、目の前に迫る。
その、まさに寸前。
玲の身体が、ふわりと宙に浮いたかのように見えた。そして、白組の選手を、胸一つ分の差で、かわした。

ゴール。

グラウンドを揺るがすような、大歓声。
勝ったのだ。俺たちのクラスが、大逆転で、優勝したのだ。

俺は、その場にへたり込んだまま、信じられないというように、ゴール地点で肩で息をする玲の姿を見つめていた。
彼女は、ゆっくりとこちらを振り返った。そして、汗で濡れた顔のまま、今まで見たこともないような、最高の笑顔で、俺に向かって、小さくピースサインをして見せた。

それは、間違いなく、俺だけに向けられた、勝利の報告だった。
俺の声援が、彼女に届いた。その事実が、たまらなく嬉しくて、俺は涙が滲むのも構わずに、彼女に向かって、何度も何度も、ガッツポーズを繰り返した。
俺たちの体育祭は、最高の形で、その幕を閉じたのだった。
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