この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第44話 【打ち上げ】君だけのヒーロー

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保健室での甘い昼寝から目覚めた頃には、窓の外はすっかり茜色に染まっていた。グラウンドからは、後片付けをする生徒たちの声が遠くに聞こえる。俺たちは、誰からともなくむくりと起き上がると、少しだけ気まずいような、それでいて満たされたような不思議な沈黙の中、それぞれの寮室へと戻っていった。

その日の夜。
「ピンポーン」という軽快なチャイムの音と共に、俺たちの部屋のドアが開かれた。
「よお、祐樹! 玲! 打ち上げに来たぜ!」
「お邪魔します、せんぱい!」
「……来た」
葵、湊、雅が、両手にジュースやお菓子の袋を抱えて、なだれ込んできた。どうやら、俺たちの祝勝会は、まだ終わっていなかったらしい。

部屋の床に車座になって座り、プラスチックのコップにジュースを注ぐ。
「それじゃあ、改めて! 俺たちのクラスの総合優勝にー! かんぱーい!」
葵の元気な掛け声を合図に、俺たちはコップをカチンとぶつけ合った。体育祭の熱狂が、再び部屋の中によみがえってくるようだった。

「いやー、それにしても今日の葵はマジで神がかってたな!」
「湊の障害物競走も、度肝を抜かれたぜ!」
「玲のリレーの最後の追い上げは、鳥肌が立ったわ!」
「雅の騎馬戦も、頼もしすぎた!」

俺たちは、互いの今日の活躍を、興奮気味に語り合った。それぞれが、それぞれの場所で、最高のパフォーマンスを見せてくれた。本当に、誇らしい仲間たちだ。
俺が、一人一人の顔を見ながらそんなことを考えていると、ふと、四人の視線が一斉に俺に集まっていることに気づいた。

「ん? なんだよ、俺の顔に何かついてるか?」
俺がそう言うと、葵がニッと笑って、俺の肩を強く叩いた。
「バーカ。お前が、今日のMVPだって言ってんだよ」

「え……俺が?」
予想外の言葉に、俺は目を丸くした。
「当たり前じゃないか。祐樹がいなかったら、俺たち、ここまで頑張れなかったぜ?」
葵の言葉に、玲も深く頷いた。

「そうよ、祐樹。あなたがいたから、私は最後まで諦めずに走ることができた。最後の直線、あなたの声が、確かに私に力をくれたわ」
その紫色の瞳は、熱っぽく俺を捉えている。

「僕もです! せんぱいがゴールで待っててくれるって思ったから、一位になれたんです! せんぱいは、僕の勝利の女神……じゃなくて、勝利の神様です!」
湊が、目をキラキラさせながら力説する。

「……別に」
雅は、そっぽを向いたまま、ぽつりと呟いた。
「……お前が、あまりに弱そうだったから、助けただけだ。……でも、まあ……お前がいなかったら、騎馬戦なんて出てなかった」
その不器-用な言葉は、彼女なりの最大の賛辞だった。

四人からの、真っ直ぐで、温かい言葉。
俺は、なんだか胸がいっぱいになって、何も言えなくなってしまった。俺は、ただ応援していただけだ。大したことなんて、何もしていない。それなのに、彼女たちは、俺のことを「ヒーロー」だと言ってくれる。

「何言ってんだよ。ヒーローはお前たちだろ。俺は、お前たちのすごいところを見てただけだ」
俺が照れ隠しにそう言うと、玲は静かに首を振った。
「違うわ、祐樹。あなたは、ただ見ていただけじゃない」
彼女は、俺の目を真っ直ぐに見つめて、はっきりと告げた。
「あなたは、私たち一人一人の、一番の理解者でいてくれた。私たちの弱いところも、ダメなところも、全部知った上で、それでも信じて、応援してくれた。……私たちにとって、あなたこそが、たった一人のヒー-ローなのよ」

その言葉は、俺の心の最も柔らかい場所に、じんわりと染み渡っていった。
そうか。俺は、彼女たちのヒーローだったのか。
特別な力も、才能もない、ただの俺が。

「……そっか」
俺は、込み上げてくる熱い感情を抑えるように、短く応えた。そして、目の前にいる四人の、かけがえのない仲間たちの顔を、一人一人、ゆっくりと見渡す。
クールな仮面の下に甘えん坊な素顔を隠す玲。
太陽のような笑顔の裏で人知れず努力する葵。
小悪魔的な態度の奥に純粋な想いを秘める湊。
そして、不器用な優しさを固い鎧で隠す雅。

俺は、彼女たちの全てを知っている。そして、彼女たちの全てを、受け入れたいと心から思う。
それが、俺にできる唯一のことであり、俺が彼女たちのヒーローであるための、たった一つの条件なのだ。

「ありがとうな、みんな」
俺がそう言って微笑むと、彼女たちは、まるで示し合わせたかのように、一斉に顔を赤らめた。
「……べ、別に、お前のために言ったわけじゃないんだからな!」
葵が、照れ隠しに大声を出す。
「そ、そうよ。クラスの勝利のために、当然のことを言ったまでだわ」
玲も、慌てて紅茶を啜っている。
「もう、せんぱいはすぐそうやって、僕たちのことドキドキさせるんですから!」
「……ふん」
湊と雅も、それぞれのやり方で照れを隠していた。

部屋の中は、少しだけ気まずくて、でもどうしようもなく温かい、幸せな空気に満ちていた。
俺は、彼女たち一人一人のヒーロー。
その称号は、少しだけ重たくて、くすぐったくて、そして何よりも誇らしかった。

俺たちのささやかな打ち上げは、それぞれの胸に温かい想いを灯しながら、静かに、そしてゆっくりと更けていく。この体育祭で結ばれた絆は、きっとこれからも、俺たちを強く、そして優しく繋いでいくのだろう。俺は、そんな確かな予感を胸に、目の前の幸せな光景を、心に深く刻み込んでいた。
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