45 / 100
第45話 【体育祭の夜】勝利のキス
しおりを挟む
打ち上げの賑わいが嘘のように、部屋には静寂が戻っていた。葵たちがそれぞれの部屋に帰っていき、残されたのは俺と玲の二人だけ。体育祭の熱気と、打ち上げの優しい余韻が、部屋の空気の中に溶け込んでいるようだった。
俺は、床に散らばったお菓子の袋やジュースのコップを片付けていた。玲は、それを手伝うでもなく、自分のベッドに腰掛けたまま、じっと俺の姿を目で追っている。その視線は、どこか熱っぽくて、俺は少しだけ気まずさを感じていた。
「……お疲れ、玲。今日はすごかったな」
片付けを終えた俺が、沈黙に耐えかねてそう声をかけると、玲は「ええ」と短く応えた。そして、すっと立ち上がると、俺の目の前まで歩み寄ってくる。
「祐樹」
「ん?」
「今日の、優勝のご褒美……まだ、もらっていないのだけれど」
その言葉に、俺の心臓がどきりと跳ねた。
ご褒美。そういえば、テストの後にそんな話があった。あの時は、一日恋人ごっこをしたり、頭を撫でたりと、甘くて恥ずかしい要求をされた記憶が蘇る。まさか、今回も……?
俺が身構えていると、玲は俺の胸に、そっと自分の額をこてんと預けてきた。
「……疲れたわ」
その声は、いつもの凛とした響きはなく、心の底から安堵したような、甘えた響きを持っていた。
「一日中、完璧な橘玲を演じているのは、思った以上に疲れるものなのね」
「……お疲れ様」
俺は、そっと手を伸ばし、彼女の絹のような銀髪を優しく撫でた。彼女は、猫のように気持ちよさそうに、俺の胸にさらにすり寄ってくる。
「でも、楽しかった」
くぐもった声で、彼女は呟く。
「あなたが見ていてくれたから。……あなたの声が、聞こえたから。だから、最後まで走り切れた」
「俺は、応援してただけだよ」
「それが、一番の力になったのよ」
彼女は、ゆっくりと顔を上げた。その紫色の瞳は、潤んでいて、熱を帯びている。至近距離で見つめられ、俺は呼吸をするのも忘れそうになった。部屋の小さなランプの光が、彼女の長いまつ毛の影を、その白い頬に落としていた。
「ねえ、祐樹」
彼女は、俺の制服の裾を、小さな手できゅっと握りしめた。
「今日の私……かっこよかった?」
その問いは、まるで子供が親に褒めてもらいたがるような、純粋で、健気な響きを持っていた。完璧な王子様が見せる、ほんの一瞬の、素顔。
俺は、込み上げてくる愛おしさを抑えきれずに、ふっと微笑んだ。
「ああ。最高にかっこよかったよ」
俺がそう言うと、玲の顔が、ぱあっと輝いた。そして、今まで見たこともないくらい、幸せそうに、はにかんだ。
「……そっか」
彼女は、満足そうにそう呟くと、再び俺の胸に顔をうずめた。しばらく、二人だけの穏やかな時間が流れる。俺の心臓の音が、やけに大きく響いていた。
「……だから」
しばらくして、玲が再び顔を上げた。その表情は、先ほどまでとは違う。何かを、強く決意したような、真剣な眼差しだった。
「……だから、ご褒美をちょうだい。ヒーローが、勝利の女神にキスをするのは、物語の王道でしょう?」
「……き、キス!?」
俺は、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「ええ、キスよ」
彼女は、顔を真っ赤にしながらも、しかし決して目を逸らさなかった。
「もちろん、唇じゃなくていいわ。……おでこに、ほんの少しだけでいいの。それくらい、許してくれるでしょう? 私、今日、一番頑張ったのだから」
そう言って、彼女は少しだけ背伸びをすると、俺の目の前に、自分の白い額を差し出してきた。そして、ぎゅっと、きつく目を瞑る。長いまつ毛が、微かに震えていた。
その無防備で、あまりにも健気な姿に、俺はもう、抗うことなどできなかった。
俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。
そして、震える手を、そっと彼女の頬に添える。彼女の肌は、驚くほど滑らかで、そして熱かった。
ゆっくりと、顔を近づけていく。シャンプーの甘い香りが、俺の理性を麻痺させていくようだった。
そして。
俺の唇は、彼女の滑らかな額に、そっと、触れた。
「……っ」
唇が触れた瞬間、玲の肩がびくりと大きく跳ねた。俺の唇を通して、彼女の熱が、驚きが、そして喜びが、じわりと伝わってくる。それは、ほんの数秒にも満たない、淡雪のように儚いキスだった。
俺がゆっくりと顔を離すと、玲はまだ、目を瞑ったままだった。その顔は、耳まで真っ赤に染まり、長いまつ毛は濡れているようにも見えた。やがて、彼女はおそるおそる目を開ける。その潤んだ紫色の瞳は、夢見るように、俺を映していた。
「……ありがとう、祐樹」
か細い声で、彼女はそう言った。
「……私の、ヒーロー」
その言葉と、表情に、俺は完全に心を射抜かれてしまった。
体育祭の夜。興奮と熱狂の果てに待っていたのは、今まで経験したどんな出来事よりも、甘くて、そして切ない、勝利のキスだった。
俺たちの秘密の関係は、この夜を境に、また新たなステージへと進んでいくことになる。
その時の俺は、そんな予感を胸に抱きながら、ただ目の前の美しい勝利の女神から、目を離すことができずにいた。
**【第二部:絆深まる体育祭編 完】**
俺は、床に散らばったお菓子の袋やジュースのコップを片付けていた。玲は、それを手伝うでもなく、自分のベッドに腰掛けたまま、じっと俺の姿を目で追っている。その視線は、どこか熱っぽくて、俺は少しだけ気まずさを感じていた。
「……お疲れ、玲。今日はすごかったな」
片付けを終えた俺が、沈黙に耐えかねてそう声をかけると、玲は「ええ」と短く応えた。そして、すっと立ち上がると、俺の目の前まで歩み寄ってくる。
「祐樹」
「ん?」
「今日の、優勝のご褒美……まだ、もらっていないのだけれど」
その言葉に、俺の心臓がどきりと跳ねた。
ご褒美。そういえば、テストの後にそんな話があった。あの時は、一日恋人ごっこをしたり、頭を撫でたりと、甘くて恥ずかしい要求をされた記憶が蘇る。まさか、今回も……?
俺が身構えていると、玲は俺の胸に、そっと自分の額をこてんと預けてきた。
「……疲れたわ」
その声は、いつもの凛とした響きはなく、心の底から安堵したような、甘えた響きを持っていた。
「一日中、完璧な橘玲を演じているのは、思った以上に疲れるものなのね」
「……お疲れ様」
俺は、そっと手を伸ばし、彼女の絹のような銀髪を優しく撫でた。彼女は、猫のように気持ちよさそうに、俺の胸にさらにすり寄ってくる。
「でも、楽しかった」
くぐもった声で、彼女は呟く。
「あなたが見ていてくれたから。……あなたの声が、聞こえたから。だから、最後まで走り切れた」
「俺は、応援してただけだよ」
「それが、一番の力になったのよ」
彼女は、ゆっくりと顔を上げた。その紫色の瞳は、潤んでいて、熱を帯びている。至近距離で見つめられ、俺は呼吸をするのも忘れそうになった。部屋の小さなランプの光が、彼女の長いまつ毛の影を、その白い頬に落としていた。
「ねえ、祐樹」
彼女は、俺の制服の裾を、小さな手できゅっと握りしめた。
「今日の私……かっこよかった?」
その問いは、まるで子供が親に褒めてもらいたがるような、純粋で、健気な響きを持っていた。完璧な王子様が見せる、ほんの一瞬の、素顔。
俺は、込み上げてくる愛おしさを抑えきれずに、ふっと微笑んだ。
「ああ。最高にかっこよかったよ」
俺がそう言うと、玲の顔が、ぱあっと輝いた。そして、今まで見たこともないくらい、幸せそうに、はにかんだ。
「……そっか」
彼女は、満足そうにそう呟くと、再び俺の胸に顔をうずめた。しばらく、二人だけの穏やかな時間が流れる。俺の心臓の音が、やけに大きく響いていた。
「……だから」
しばらくして、玲が再び顔を上げた。その表情は、先ほどまでとは違う。何かを、強く決意したような、真剣な眼差しだった。
「……だから、ご褒美をちょうだい。ヒーローが、勝利の女神にキスをするのは、物語の王道でしょう?」
「……き、キス!?」
俺は、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「ええ、キスよ」
彼女は、顔を真っ赤にしながらも、しかし決して目を逸らさなかった。
「もちろん、唇じゃなくていいわ。……おでこに、ほんの少しだけでいいの。それくらい、許してくれるでしょう? 私、今日、一番頑張ったのだから」
そう言って、彼女は少しだけ背伸びをすると、俺の目の前に、自分の白い額を差し出してきた。そして、ぎゅっと、きつく目を瞑る。長いまつ毛が、微かに震えていた。
その無防備で、あまりにも健気な姿に、俺はもう、抗うことなどできなかった。
俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。
そして、震える手を、そっと彼女の頬に添える。彼女の肌は、驚くほど滑らかで、そして熱かった。
ゆっくりと、顔を近づけていく。シャンプーの甘い香りが、俺の理性を麻痺させていくようだった。
そして。
俺の唇は、彼女の滑らかな額に、そっと、触れた。
「……っ」
唇が触れた瞬間、玲の肩がびくりと大きく跳ねた。俺の唇を通して、彼女の熱が、驚きが、そして喜びが、じわりと伝わってくる。それは、ほんの数秒にも満たない、淡雪のように儚いキスだった。
俺がゆっくりと顔を離すと、玲はまだ、目を瞑ったままだった。その顔は、耳まで真っ赤に染まり、長いまつ毛は濡れているようにも見えた。やがて、彼女はおそるおそる目を開ける。その潤んだ紫色の瞳は、夢見るように、俺を映していた。
「……ありがとう、祐樹」
か細い声で、彼女はそう言った。
「……私の、ヒーロー」
その言葉と、表情に、俺は完全に心を射抜かれてしまった。
体育祭の夜。興奮と熱狂の果てに待っていたのは、今まで経験したどんな出来事よりも、甘くて、そして切ない、勝利のキスだった。
俺たちの秘密の関係は、この夜を境に、また新たなステージへと進んでいくことになる。
その時の俺は、そんな予感を胸に抱きながら、ただ目の前の美しい勝利の女神から、目を離すことができずにいた。
**【第二部:絆深まる体育祭編 完】**
2
あなたにおすすめの小説
手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた
夏見ナイ
恋愛
平凡な高校生、相沢優斗。彼の隣の席は『氷の女王』と噂のクールな銀髪美少女、雪城冬花。住む世界が違うと思っていたが、ある日彼女から「私はあなたの未来の妻です」と衝撃の告白を受ける。
その日から、学校では鉄壁の彼女が、二人きりになると「未来では当然です」と腕を組み、手作り弁当で「あーん」を迫る超絶甘々なデレモードに!
戸惑いながらも、彼女の献身的なアプローチに心惹かれていく優斗。これは未来で結ばれる運命の二人が、最高の未来を掴むため、最高の恋をする糖度MAXの青春ラブコメディ。
クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。
ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。
無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。
クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。
甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。
平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは──
学園一の美少女・黒瀬葵。
なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。
冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。
最初はただの勘違いだったはずの関係。
けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。
ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、
焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2026.2.22)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる