この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第46話 二人きりの寮生活?

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体育祭の熱狂が嘘のように過ぎ去り、獅子王院学園には静かな時間が流れていた。燃えるような日差しと、けたたましく鳴く蝉の声。季節は完全に夏へと移り変わり、生徒たちは待ちに待った長期休暇、夏休みを迎えたのだ。

終業式を終えた校舎は、どこか解放感と寂しさが入り混じった空気に包まれている。生徒たちは大きな荷物を抱え、それぞれの故郷へと帰っていく。
「祐樹、また二学期な!」
「おう、元気でな」
クラスメイトたちと別れの挨拶を交わしながら、俺は一人、静かになった寮の廊下を歩いていた。

俺、相葉祐樹は、この夏休みを寮で過ごすことになっていた。両親は共働きで夏休みも関係なく仕事。可愛い妹は、田舎の祖父母の家に遊びに行ってしまう。一人でがらんとした家に帰るくらいなら、設備の整ったこの寮に残る方がよっぽど快適だ。そんなわけで、俺は早々に居残りを決めていた。

部屋に戻ると、玲が静かに荷造りを進めている……かと思いきや、彼女はベッドに腰掛け、一冊の文庫本を読んでいた。その姿は、とてもこれから帰省する人間には見えない。
「玲は、帰らないのか?」
俺が尋ねると、彼女は本から顔を上げ、さも当然というように言った。
「ええ。実家の方で、少し立て込んでいてね。今年は帰らないことにしたのよ」
その口調は平然としていたが、俺には分かった。彼女の瞳の奥が、期待にキラキラと輝いているのを。

俺たちの寮『獅子吼寮』は、申請さえすれば夏休み期間中も滞在が許可される。だが、ほとんどの生徒は実家に帰る。つまり、この巨大な寮に、夏休みの間残るのは……。
「もしかして、この寮に残るのって……」
「ええ、そうみたいね」
玲は、楽しそうに目を細めた。
「私と、祐樹。二人だけよ」

その言葉に、俺の心臓がどくんと大きく跳ねた。
二人だけ。この広い寮で、一ヶ月以上も、玲と二人きり。
脳裏に、体育祭の夜の、あの甘い出来事が鮮明に蘇る。熱に浮かされたような彼女の瞳。俺の唇に触れた、彼女の額の滑らかな感触。あの一件以来、俺たちはどこかぎこちなく、互いを強く意識してしまっていた。

そんな玲と、二人きり。
これから始まる夏休みが、ただの休暇ではない、何か特別なものになる。そんな予感が、胸を締め付けた。

玲も、同じ気持ちなのだろう。彼女は、クールな表情を必死に保とうとしながらも、その口元は隠しきれない喜びに緩んでいる。
「……仕方ないわね。食事の準備とか、色々と大変でしょうから、私が手伝ってあげるわ」
「お、おう。助かるよ」
「掃除も、洗濯も、分担しましょう。二人で協力すれば、きっと快適な夏休みになるはずよ」
彼女の言葉の一つ一つが、まるで新婚生活の計画を立てているかのように聞こえて、俺は顔が熱くなるのを感じた。

その夜。寮からほとんどの生徒が去り、建物はしんと静まり返っていた。俺と玲は、がらんとした食堂で、二人きりの夕食をとる。いつもは騒がしいこの場所が、今はまるで俺たちのために用意された特別な空間のようだった。
「……静かね」
「ああ。なんだか、変な感じだな」
ぎこちない会話。だが、その沈黙さえも、心地よく感じられた。

食後、俺たちの部屋に戻ると、玲は「じゃあ、私はシャワーを浴びてくるわね」と言って、少しだけそわそわした様子でバスルームへと消えていった。
一人残された俺は、ベッドに倒れ込み、天井を見上げた。
(これから、毎日がこれなのか……)
心臓が、もたないかもしれない。だが、そのスリリングな毎日に、心の底からワクワクしている自分もいた。

シャワーを終えた玲が、少しだけ髪を湿らせた姿で部屋に戻ってくる。その姿は、いつも以上に艶っぽくて、俺は慌てて目を逸らした。
「……おやすみ、祐樹」
「お、おやすみ、玲」
それぞれのベッドにもぐり込み、部屋の電気を消す。暗闇の中で、隣から聞こえる彼女の微かな寝息が、やけに大きく聞こえた。
甘くて、静かで、二人だけの夏休み。その輝かしい幕開けを、俺は確かに感じていた。

……その、はずだった。翌朝までは。

夏休み初日の朝。俺は、久しぶりに誰にも邪魔されない、穏やかな朝を満喫していた。リビングのソファに座り、のんびりとコーヒーを飲む。玲はまだ眠っているようだ。こんな静かな朝は、この学園に来て初めてかもしれない。

ピンポーン。

その穏やかな静寂は、無機質な電子音によって、唐突に破られた。
誰だ? こんな朝早くに。寮監の先生だろうか。
俺は、不審に思いながら玄関のドアを開けた。
そして、目の前の光景に、完全に固まった。

「よお、祐樹! 夏休み、泊めてくれ!」

そこに立っていたのは、巨大なボストンバッグを肩に担ぎ、ニカッと太陽のような笑顔を浮かべた、五十嵐葵だった。
「あ、葵!? なんでお前がここに!?」
「いやー、それがさ。体育祭の成績が良かったからって調子に乗ってたら、親父に『武の道に現を抜かすな!』ってキレられてよ。大喧嘩して、家出してきちゃった!」
彼女は、ガハハと豪快に笑う。その事情は深刻なはずなのに、本人は全く気にしていない様子だった。
「というわけで、今日からよろしくな!」
俺の返事を待たずに、葵は当たり前のように寮の中へと上がり込んできた。

「ちょ、ちょっと待て葵!」
俺がその身勝手な侵入者を止めようとした、その時だった。
「せんぱーい! お邪魔しまーす!」
今度は、開けっ放しのリビングの窓から、ひょっこりと湊が顔を出した。
「し、篠宮!? お前までなんで!?」
「それがですね、学園のサーバーメンテナンスで、夏休みの間、僕の部屋のネット環境が最悪なんです。これじゃあ仕事になりませんから、こっちに避難させてもらいに来ました!」
彼女は、ノートPCと大量のケーブルを抱え、器用に窓枠を乗り越えて部屋に侵入してきた。

葵と湊。嵐のような二人の乱入に、俺が頭を抱えていると、玄関のドアの影から、もう一人、見慣れた人物が、もじもじと姿を現した。
黒髪、切れ長の瞳。九条雅だ。
「……別に、帰る場所がないわけじゃない」
彼女は、誰に言うでもなく、ぼそりと呟いた。
「……ただ、ここの方が、日当たりが良くて、涼しいだけだ。……あと、あいつの世話もある」
彼女の足元には、いつかの中庭の子猫が、今はすっかり彼女に懐いた様子で「にゃあ」と鳴いていた。そのツンデレすぎる言い訳に、俺はもはや突っ込む気力もなかった。

ガラッ、と大きな音を立てて、寝室のドアが開かれた。
そこには、綺麗なパジャマ姿のまま、氷のような表情で固まっている、玲の姿があった。その手は、わなわなと怒りに震えている。
「……あなたたち、ここで何をしているのかしら?」
地を這うような低い声。その声には、俺と二人きりの甘い夏休みを邪魔された、深い深い怨念が込められていた。

だが、そんな玲の怒りなど、この場の空気を読まない(読めない)メンバーには全く通じない。
「お、玲じゃんか! お前も残ってたのか! よーし、これで役者は揃ったな!」
「今日からお泊まり会ですね、せんぱい! 夏休みの計画、一緒に立てましょうよ!」
葵と湊は、きゃっきゃとはしゃいでいる。雅だけは、玲のただならぬオーラに少しだけ気圧されながらも、涼しい顔で子猫の頭を撫でていた。

俺の、そして玲の、甘くて静かな二人だけの夏休み計画は、こうして、開始からわずか半日にして、脆くも崩れ去った。
目の前で繰り広げられる、カオスな光景。これから始まるであろう、騒がしくて、面倒で、そして間違いなく楽しいであろう夏休みに、俺は天を仰いで、深いため息をつくしかなかった。
俺たちの夏休みは、どうやら静かには終わりそうにない。その確かな予感が、頭痛と共に俺の脳天を直撃していた。
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