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第49話 みんなで料理
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葵の熱血指導のおかげで、俺はなんとか犬かきレベルまでは泳げるようになった。その代償として俺の脳裏には彼女の柔らかな感触が深く刻み込まれてしまったが、それは誰にも言えない俺だけの秘密だ。
夏休みも中盤に差し掛かった頃。連日の猛暑と四人のハイテンションな少女たちに振り回される日々で、俺の身体には疲労が蓄積していた。食欲も落ち込み、そうめんや冷や奴ばかりを食べる日々。いわゆる夏バテというやつだ。
「……祐樹、最近ちゃんと食べてる?」
その日の昼食、俺が力なくそうめんを啜っていると、向かいに座っていた玲が心配そうな顔で俺を見つめてきた。
「ああ、まあな。暑くてあんまり食欲がなくて」
「良くないわ。そんなものばかり食べていたら、身体を壊してしまうわよ」
玲の言葉は母親の小言のようだったが、その声には本気の心配が滲んでいる。
その会話をリビングで聞いていた葵と湊も、わらわらとキッチンに集まってきた。
「なんだ祐樹、夏バテか? ダッセーの!」
葵はそう言って笑うが、その目には心配の色が浮かんでいる。
「せんぱいが倒れちゃったら、僕、悲しくて死んじゃいます……!」
湊は、大げさに涙ぐんで見せた。
窓際で子猫と戯れていた雅も、ちらちらとこちらの様子を窺っている。
「よし! 決めた!」
葵が何かを思いついたように、パンと手を叩いた。
「俺たちが、祐樹のために最高の夏バテ解消メシを作ってやろうぜ!」
その提案に、玲と湊が「さんせー!」と声を上げる。雅も「……別に、やりたくはないが」と口では言いながらも、どこか乗り気な様子だ。
俺のために料理を?
その気持ちは素直に嬉しかった。だが同時に、とてつもなく嫌な予感が俺の背筋を駆け巡った。
この四人、料理なんてできるのだろうか。
玲は超がつくお嬢様だ。包丁なんて握ったこともないだろう。葵は食べる専門なのは明らか。湊はプログラムは組めても献立は組めなさそうだ。雅は……未知数だが、なんとなく不器用なイメージがある。
「いや、いいって! 気持ちだけで十分だから!」
俺はこれから起こるであろう惨劇を未然に防ごうと必死に断った。だが、一度燃え上がった彼女たちのやる気は誰にも止められなかった。
「遠慮すんなって、祐樹! 今日はお前は王様だ! 座って待ってろ!」
「ええ。私たちの愛情たっぷりのお料理、楽しみにしていてちょうだい」
「僕の女子力、見せてあげますよ!」
「……腹を壊しても、知らないからな」
こうして俺の意思とは無関係に、『祐樹を元気にする!愛情たっぷり手料理大作戦』が決行されることになった。
俺はキッチンの隅にある椅子に座らされ、彼女たちの料理の様子をハラハラしながら見守ることになった。
「さて、何作るか!」
「夏バテには、やっぱりお肉よ!」
「カレーがいいです! みんなで作れば、絶対美味しいですよ!」
「……カレーか。悪くない」
献立は満場一致でカレーに決まった。そこまでは良かった。問題はその先だ。
まず、野菜の皮むき。
玲は生まれて初めて握るであろうピーラーを、まるで美術品でも扱うかのように、おそるおそるジャガイモに当てていた。その手つきは危なっかしく、ジャガイモの皮と一緒に分厚い実までごっそりと削り取ってしまっている。
「あら? なんだか、小さくなってしまったわね……」
次に、玉ねぎのみじん切り。
葵は持ち前のパワーで巨大な包丁を玉ねぎに振り下ろした。ザクッ、ザクッと小気味良い音がするが、出来上がったのはみじん切りではなく不揃いな大きさの角切りだった。
「うおっ! 目が、目がいてええええ!」
そして玉ねぎの成分にやられ、一人で号泣している。
その隣では湊がスマホで「人参の飾り切りの方法」を検索していた。
「うさぎさんの形にしたら、せんぱい、きっと喜んでくれますよね!」
彼女は小さなナイフで真剣に人参と格闘しているが、出来上がったのはうさぎとは似ても似つかない謎のクリーチャーだった。
雅は一人だけ黙々と、しかし驚くほど手際よく肉を切っていた。その包丁さばきはどこか見慣れている。
「……実家で、時々やらされていた」
俺の視線に気づいた彼女は、ぼそりとそう呟いた。彼女の意外な特技に、俺は少しだけ安堵した。
野菜と肉を炒める段階になってもカオスは続く。
「油って、どれくらい入れるの!?」
「火加減は、強火でいいのか!?」
「わー! 焦げ付きますよ、せんぱい!」
キッチンはもはや戦場だった。俺は椅子に座ったまま、的確な指示を飛ばす司令官と化していた。
なんとか具材を煮込み、カレールーを投入する段階へ。
「よし、あとはこいつを入れれば完成だな!」
葵がカレールーの箱を手に取った。だが彼女は箱の裏に書かれた説明を読まず、一箱まるごと、まだ水の少ない鍋の中へドボンと投入してしまった。
「あーーーーっ!」
俺と玲と湊と雅の、悲鳴が重なった。
鍋の中はもはやカレーではなく、茶色い粘土のような塊と化していた。
「……やっちまった」
葵が青ざめた顔で固まっている。
部屋には絶望的な沈黙が流れた。俺たちの愛情カレーは、完成を目前にして無残な最期を遂げたかに見えた。
「……まだだ」
その沈黙を破ったのは俺だった。
「まだ終わってない! 水を足してよく混ぜれば、なんとかなるかもしれない!」
俺は立ち上がるとエプロンを締め、彼女たちの戦場へと参戦した。水を少しずつ加え、固まったルーを必死に溶かしていく。玲も葵も湊も雅も、俺の指示に従って必死に鍋をかき混ぜた。
そして数十分後。
俺たちの目の前には、少しだけ色が濃くてドロっとしているが、紛れもなくカレーと呼べるものが奇跡的に完成していた。
食卓に五人分のカレーが並ぶ。見た目は決して良いとは言えない。
「……いただきます」
俺たちは恐る恐るスプーンでカレーを口に運んだ。
ジャガイモは煮崩れ、人参は硬く、味は少し濃すぎる。お世辞にも美味しいとは言えないかもしれない。
だが。
「……うまい」
俺の口から自然とそんな言葉がこぼれていた。
一人で作るいつもの味気ない食事とは全く違う味がした。
みんなでわいわい騒ぎながら、失敗しながら、それでも一生懸命に作った味。そこには彼女たちの不器用でまっすぐな愛情がたっぷりと溶け込んでいる。
「本当か、祐樹!?」
「ええ、なんだかとても優しい味がするわ」
「僕たちの愛の味ですね!」
「……まあ、食えなくはないな」
彼女たちも嬉しそうに、そして誇らしそうに笑っている。
俺は夏バテのことなどすっかり忘れて、目の前の愛情カレーを夢中でかき込んだ。
キッチンは大変なことになったが、みんなで作った夕食はどんな高級料理よりも最高の味がした。そしてこの一皿が、俺の夏バテを完全に吹き飛ばしてくれたのだった。
夏休みも中盤に差し掛かった頃。連日の猛暑と四人のハイテンションな少女たちに振り回される日々で、俺の身体には疲労が蓄積していた。食欲も落ち込み、そうめんや冷や奴ばかりを食べる日々。いわゆる夏バテというやつだ。
「……祐樹、最近ちゃんと食べてる?」
その日の昼食、俺が力なくそうめんを啜っていると、向かいに座っていた玲が心配そうな顔で俺を見つめてきた。
「ああ、まあな。暑くてあんまり食欲がなくて」
「良くないわ。そんなものばかり食べていたら、身体を壊してしまうわよ」
玲の言葉は母親の小言のようだったが、その声には本気の心配が滲んでいる。
その会話をリビングで聞いていた葵と湊も、わらわらとキッチンに集まってきた。
「なんだ祐樹、夏バテか? ダッセーの!」
葵はそう言って笑うが、その目には心配の色が浮かんでいる。
「せんぱいが倒れちゃったら、僕、悲しくて死んじゃいます……!」
湊は、大げさに涙ぐんで見せた。
窓際で子猫と戯れていた雅も、ちらちらとこちらの様子を窺っている。
「よし! 決めた!」
葵が何かを思いついたように、パンと手を叩いた。
「俺たちが、祐樹のために最高の夏バテ解消メシを作ってやろうぜ!」
その提案に、玲と湊が「さんせー!」と声を上げる。雅も「……別に、やりたくはないが」と口では言いながらも、どこか乗り気な様子だ。
俺のために料理を?
その気持ちは素直に嬉しかった。だが同時に、とてつもなく嫌な予感が俺の背筋を駆け巡った。
この四人、料理なんてできるのだろうか。
玲は超がつくお嬢様だ。包丁なんて握ったこともないだろう。葵は食べる専門なのは明らか。湊はプログラムは組めても献立は組めなさそうだ。雅は……未知数だが、なんとなく不器用なイメージがある。
「いや、いいって! 気持ちだけで十分だから!」
俺はこれから起こるであろう惨劇を未然に防ごうと必死に断った。だが、一度燃え上がった彼女たちのやる気は誰にも止められなかった。
「遠慮すんなって、祐樹! 今日はお前は王様だ! 座って待ってろ!」
「ええ。私たちの愛情たっぷりのお料理、楽しみにしていてちょうだい」
「僕の女子力、見せてあげますよ!」
「……腹を壊しても、知らないからな」
こうして俺の意思とは無関係に、『祐樹を元気にする!愛情たっぷり手料理大作戦』が決行されることになった。
俺はキッチンの隅にある椅子に座らされ、彼女たちの料理の様子をハラハラしながら見守ることになった。
「さて、何作るか!」
「夏バテには、やっぱりお肉よ!」
「カレーがいいです! みんなで作れば、絶対美味しいですよ!」
「……カレーか。悪くない」
献立は満場一致でカレーに決まった。そこまでは良かった。問題はその先だ。
まず、野菜の皮むき。
玲は生まれて初めて握るであろうピーラーを、まるで美術品でも扱うかのように、おそるおそるジャガイモに当てていた。その手つきは危なっかしく、ジャガイモの皮と一緒に分厚い実までごっそりと削り取ってしまっている。
「あら? なんだか、小さくなってしまったわね……」
次に、玉ねぎのみじん切り。
葵は持ち前のパワーで巨大な包丁を玉ねぎに振り下ろした。ザクッ、ザクッと小気味良い音がするが、出来上がったのはみじん切りではなく不揃いな大きさの角切りだった。
「うおっ! 目が、目がいてええええ!」
そして玉ねぎの成分にやられ、一人で号泣している。
その隣では湊がスマホで「人参の飾り切りの方法」を検索していた。
「うさぎさんの形にしたら、せんぱい、きっと喜んでくれますよね!」
彼女は小さなナイフで真剣に人参と格闘しているが、出来上がったのはうさぎとは似ても似つかない謎のクリーチャーだった。
雅は一人だけ黙々と、しかし驚くほど手際よく肉を切っていた。その包丁さばきはどこか見慣れている。
「……実家で、時々やらされていた」
俺の視線に気づいた彼女は、ぼそりとそう呟いた。彼女の意外な特技に、俺は少しだけ安堵した。
野菜と肉を炒める段階になってもカオスは続く。
「油って、どれくらい入れるの!?」
「火加減は、強火でいいのか!?」
「わー! 焦げ付きますよ、せんぱい!」
キッチンはもはや戦場だった。俺は椅子に座ったまま、的確な指示を飛ばす司令官と化していた。
なんとか具材を煮込み、カレールーを投入する段階へ。
「よし、あとはこいつを入れれば完成だな!」
葵がカレールーの箱を手に取った。だが彼女は箱の裏に書かれた説明を読まず、一箱まるごと、まだ水の少ない鍋の中へドボンと投入してしまった。
「あーーーーっ!」
俺と玲と湊と雅の、悲鳴が重なった。
鍋の中はもはやカレーではなく、茶色い粘土のような塊と化していた。
「……やっちまった」
葵が青ざめた顔で固まっている。
部屋には絶望的な沈黙が流れた。俺たちの愛情カレーは、完成を目前にして無残な最期を遂げたかに見えた。
「……まだだ」
その沈黙を破ったのは俺だった。
「まだ終わってない! 水を足してよく混ぜれば、なんとかなるかもしれない!」
俺は立ち上がるとエプロンを締め、彼女たちの戦場へと参戦した。水を少しずつ加え、固まったルーを必死に溶かしていく。玲も葵も湊も雅も、俺の指示に従って必死に鍋をかき混ぜた。
そして数十分後。
俺たちの目の前には、少しだけ色が濃くてドロっとしているが、紛れもなくカレーと呼べるものが奇跡的に完成していた。
食卓に五人分のカレーが並ぶ。見た目は決して良いとは言えない。
「……いただきます」
俺たちは恐る恐るスプーンでカレーを口に運んだ。
ジャガイモは煮崩れ、人参は硬く、味は少し濃すぎる。お世辞にも美味しいとは言えないかもしれない。
だが。
「……うまい」
俺の口から自然とそんな言葉がこぼれていた。
一人で作るいつもの味気ない食事とは全く違う味がした。
みんなでわいわい騒ぎながら、失敗しながら、それでも一生懸命に作った味。そこには彼女たちの不器用でまっすぐな愛情がたっぷりと溶け込んでいる。
「本当か、祐樹!?」
「ええ、なんだかとても優しい味がするわ」
「僕たちの愛の味ですね!」
「……まあ、食えなくはないな」
彼女たちも嬉しそうに、そして誇らしそうに笑っている。
俺は夏バテのことなどすっかり忘れて、目の前の愛情カレーを夢中でかき込んだ。
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