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第50話 夜の校舎で肝試し
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みんなで作った愛情カレーのおかげで、俺の夏バテはすっかり解消されていた。食欲も戻り体力も完全復活。夏休みはまだ半分以上も残っている。騒がしいながらも楽しい毎日は、まだまだ続いていく。
「ねえ、せんぱい。みなさん」
ある日の夕食後、リビングでそれぞれが寛いでいると、湊が何かを思いついたように悪戯っぽく笑いながら切り出した。
「夏といえば、何を連想しますか?」
「そりゃあ海とか、スイカ割りだろ!」
葵が即座に答える。
「花火大会も素敵よね」
玲がうっとりとした表情で呟いた。
「……別に。何も」
雅は興味なさそうに本を読んでいる。
「ふふふ。どれも正解ですけど、一つ大事なものを忘れてませんか?」
湊は意味ありげに部屋の電気をチカチカと点滅させてみせた。そして自分の顔を下からスマホのライトで照らし、不気味な声で言う。
「夏といえば……き・も・だ・め・し、ですよ」
その一言に、部屋の空気が一変した。
「肝試しぃ!? いいじゃんか、それ! 面白そうだな!」
一番最初に食いついたのはやはり葵だった。彼女は怖いもの知らずというか、ただの馬鹿というか。
「くだらない」と呟いた雅の横顔が、わずかに青ざめているのを俺は見逃さなかった。
そして最も顕著な反応を示したのは玲だった。
「き、肝試し……ですって?」
彼女は読んでいた本を落としそうになりながら、動揺を隠せないでいる。その表情は、いつもは冷静沈着な王子様の仮面が剥がれ落ち、完全に怯えた女の子のそれだった。
「な、何を馬鹿なことを。そんな非科学的なものに付き合う必要はないわ」
声が上ずっている。強がってはいるが、どうやら彼女はこういうオカルト的なものが大の苦手らしい。
湊はそんな玲の反応を楽しんでいるかのように、にこにこと話を続けた。
「場所は、夜の旧校舎です。あそこ、昔色々あったっていう噂、有名ですよね? 出るらしいですよ、白い服の女の人が……」
「ひぃっ!?」
玲が小さな悲鳴を上げた。
「というわけで、今夜、肝試し大会を開催しまーす! 参加は強制でーす!」
湊の有無を言わさぬ決定宣言。こうして俺たちの夏休みの新たなイベントが、半ば強制的に決定してしまった。
その夜、俺たちは懐中電灯を片手に、月明かりだけがぼんやりと照らす旧校舎の前に立っていた。昼間とは全く違う不気味な静寂に包まれた校舎は、まるで巨大な生き物のように黒々とした口を開けて俺たちを待っている。
「じゃあ、ルールを説明しますね」
湊が楽しそうに仕切る。
「二人一組で旧校舎の三階にある音楽室のピアノを弾いてくること。これがゴールです。ペアは公平にあみだくじで決めましょう!」
そう言って彼女が取り出したスマホの画面には、既にあみだくじアプリが表示されていた。どこまでも用意周到なやつだ。
運命のあみだくじの結果。
葵と雅がペア。そして俺と玲がペアになった。湊は「僕は仕掛け人として、皆さんの怖がる姿を監視カメラで楽しんでますから♪」と言って、一人でどこかへ消えていった。
「よっしゃ! 行くぜ、雅!」
「……足を引っ張るなよ」
葵と雅のペアは早速校舎の中へと消えていく。雅の強がりがいつまで持つか見ものだ。
そして残されたのは、俺と完全に怯えきっている玲だった。
「ゆ、祐樹……。やっぱり、やめない……?」
彼女は俺の腕を両手でぎゅっと掴み、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。その身体は小刻みに震えていた。
「大丈夫だって。ただの古い校舎だよ」
「で、でも……何か出たら……」
「俺がついてるから。な?」
俺がそう言って優しく微笑むと、玲は少しだけ安心したようにこくんと頷いた。だが俺の腕を掴む力はさらに強くなった。
俺たちは懐中電灯の頼りない光だけを頼りに、きしむ廊下をゆっくりと進んでいった。不気味な静寂の中、俺たちの足音だけがやけに大きく響く。
「……ひっ!」
風で窓がガタッと鳴っただけで、玲は俺の背中にぴたりと張り付いてきた。背中に伝わる彼女の柔らかな感触と早い鼓動。怖がっている彼女には申し訳ないが、俺の心臓も別の意味で激しく高鳴っていた。
二階の理科室の前を通りかかった時だった。
カタカタカタ……。
部屋の中から何かが動く音が聞こえてきた。
「……な、何の音……?」
「さあな……」
俺たちが恐る恐るドアの小窓から中を覗くと、そこには人体模型が月明かりを浴びて不気味に佇んでいた。そしてその目が、まるで生きているかのようにぎょろりとこちらを向いた気がした。
「きゃあああああああああっ!」
玲が絶叫と共に俺の腕に全力で抱きついてきた。クールな王子様の面影はもはや跡形もない。ただの絶叫する女の子だ。
「だ、大丈夫だ、玲! きっと湊の仕業だって!」
俺は彼女をなだめながら、内心では湊の用意周到さに舌を巻いていた。あいつ、どこまで本気なんだ。
そんなこんなで俺たちはなんとか三階の音楽室までたどり着いた。ドアを開けると月明かりに照らされたグランドピアノが静かに鎮座している。
「……着いたな」
「はぁ……はぁ……もう心臓が持たないわ……」
玲はまだ俺の腕に抱きついたまま離れようとしない。
その時だった。
俺たちの背後から、ぬっと白い影が現れた。
「……見つけた」
低い、怨念のこもった声。
「うわあああああああああっ!?」
今度は俺が絶叫する番だった。俺は抱きついていた玲ごと、その場にへたり込んでしまう。
白い影はゆっくりとこちらに近づいてくる。それは白いシーツを被り、顔には不気味な仮面をつけた紛れもない「お化け」だった。
だがそのお化けは、俺たちの前まで来ると突然ふらりとよろけた。
「……っと。わりい、足もつれた」
聞き覚えのある快活な声。シーツをばさりと脱ぎ捨てると、そこから現れたのはしたり顔の葵と、その隣で深いため息をついている雅だった。
「お、お前ら! 脅かすなよ!」
「ははっ! ビビりすぎだろ、祐樹!」
どうやら先にゴールした葵と雅が、俺たちを驚かそうと待ち伏せしていたらしい。
「……くだらない」
雅は呆れたように言いながらも、その口元は少しだけ笑っている。
「って、あれ?」
葵が俺の背後を見て首を傾げた。
「お前、いつの間に来たんだよ」
俺が葵の視線の先を振り返ると、そこにはいつの間にか、にこにこと笑みを浮かべた湊が立っていた。
「いやー、皆さん、最高のリアクションでしたよ。特に玲先輩の絶Cryingは永久保存版ですね」
彼女の手には全ての元凶であるタブレットが握られている。
怖がらせる側に回ったはずの葵が、俺の背中にしがみついてきた。
「お、おい、湊……お前、いつからそこに……」
「最初からずっと皆さんの後ろにいましたけど?」
その言葉に、葵と、そして雅の顔がさっと青ざめた。
結局、一番のホラーはこの小さな小悪魔の神出鬼没さだったらしい。
肝試し大会は絶叫と笑いと、そしてほんの少しのドキドキと共に幕を閉じた。
怖がる玲が俺の腕に、そして怖がらせる側に回ったはずの葵が俺の背中に、それぞれぴったりと抱きついて離れないまま。俺は、この甘くて重い幸せを夏の夜の思い出として、しっかりと胸に刻み込んだのだった。
「ねえ、せんぱい。みなさん」
ある日の夕食後、リビングでそれぞれが寛いでいると、湊が何かを思いついたように悪戯っぽく笑いながら切り出した。
「夏といえば、何を連想しますか?」
「そりゃあ海とか、スイカ割りだろ!」
葵が即座に答える。
「花火大会も素敵よね」
玲がうっとりとした表情で呟いた。
「……別に。何も」
雅は興味なさそうに本を読んでいる。
「ふふふ。どれも正解ですけど、一つ大事なものを忘れてませんか?」
湊は意味ありげに部屋の電気をチカチカと点滅させてみせた。そして自分の顔を下からスマホのライトで照らし、不気味な声で言う。
「夏といえば……き・も・だ・め・し、ですよ」
その一言に、部屋の空気が一変した。
「肝試しぃ!? いいじゃんか、それ! 面白そうだな!」
一番最初に食いついたのはやはり葵だった。彼女は怖いもの知らずというか、ただの馬鹿というか。
「くだらない」と呟いた雅の横顔が、わずかに青ざめているのを俺は見逃さなかった。
そして最も顕著な反応を示したのは玲だった。
「き、肝試し……ですって?」
彼女は読んでいた本を落としそうになりながら、動揺を隠せないでいる。その表情は、いつもは冷静沈着な王子様の仮面が剥がれ落ち、完全に怯えた女の子のそれだった。
「な、何を馬鹿なことを。そんな非科学的なものに付き合う必要はないわ」
声が上ずっている。強がってはいるが、どうやら彼女はこういうオカルト的なものが大の苦手らしい。
湊はそんな玲の反応を楽しんでいるかのように、にこにこと話を続けた。
「場所は、夜の旧校舎です。あそこ、昔色々あったっていう噂、有名ですよね? 出るらしいですよ、白い服の女の人が……」
「ひぃっ!?」
玲が小さな悲鳴を上げた。
「というわけで、今夜、肝試し大会を開催しまーす! 参加は強制でーす!」
湊の有無を言わさぬ決定宣言。こうして俺たちの夏休みの新たなイベントが、半ば強制的に決定してしまった。
その夜、俺たちは懐中電灯を片手に、月明かりだけがぼんやりと照らす旧校舎の前に立っていた。昼間とは全く違う不気味な静寂に包まれた校舎は、まるで巨大な生き物のように黒々とした口を開けて俺たちを待っている。
「じゃあ、ルールを説明しますね」
湊が楽しそうに仕切る。
「二人一組で旧校舎の三階にある音楽室のピアノを弾いてくること。これがゴールです。ペアは公平にあみだくじで決めましょう!」
そう言って彼女が取り出したスマホの画面には、既にあみだくじアプリが表示されていた。どこまでも用意周到なやつだ。
運命のあみだくじの結果。
葵と雅がペア。そして俺と玲がペアになった。湊は「僕は仕掛け人として、皆さんの怖がる姿を監視カメラで楽しんでますから♪」と言って、一人でどこかへ消えていった。
「よっしゃ! 行くぜ、雅!」
「……足を引っ張るなよ」
葵と雅のペアは早速校舎の中へと消えていく。雅の強がりがいつまで持つか見ものだ。
そして残されたのは、俺と完全に怯えきっている玲だった。
「ゆ、祐樹……。やっぱり、やめない……?」
彼女は俺の腕を両手でぎゅっと掴み、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。その身体は小刻みに震えていた。
「大丈夫だって。ただの古い校舎だよ」
「で、でも……何か出たら……」
「俺がついてるから。な?」
俺がそう言って優しく微笑むと、玲は少しだけ安心したようにこくんと頷いた。だが俺の腕を掴む力はさらに強くなった。
俺たちは懐中電灯の頼りない光だけを頼りに、きしむ廊下をゆっくりと進んでいった。不気味な静寂の中、俺たちの足音だけがやけに大きく響く。
「……ひっ!」
風で窓がガタッと鳴っただけで、玲は俺の背中にぴたりと張り付いてきた。背中に伝わる彼女の柔らかな感触と早い鼓動。怖がっている彼女には申し訳ないが、俺の心臓も別の意味で激しく高鳴っていた。
二階の理科室の前を通りかかった時だった。
カタカタカタ……。
部屋の中から何かが動く音が聞こえてきた。
「……な、何の音……?」
「さあな……」
俺たちが恐る恐るドアの小窓から中を覗くと、そこには人体模型が月明かりを浴びて不気味に佇んでいた。そしてその目が、まるで生きているかのようにぎょろりとこちらを向いた気がした。
「きゃあああああああああっ!」
玲が絶叫と共に俺の腕に全力で抱きついてきた。クールな王子様の面影はもはや跡形もない。ただの絶叫する女の子だ。
「だ、大丈夫だ、玲! きっと湊の仕業だって!」
俺は彼女をなだめながら、内心では湊の用意周到さに舌を巻いていた。あいつ、どこまで本気なんだ。
そんなこんなで俺たちはなんとか三階の音楽室までたどり着いた。ドアを開けると月明かりに照らされたグランドピアノが静かに鎮座している。
「……着いたな」
「はぁ……はぁ……もう心臓が持たないわ……」
玲はまだ俺の腕に抱きついたまま離れようとしない。
その時だった。
俺たちの背後から、ぬっと白い影が現れた。
「……見つけた」
低い、怨念のこもった声。
「うわあああああああああっ!?」
今度は俺が絶叫する番だった。俺は抱きついていた玲ごと、その場にへたり込んでしまう。
白い影はゆっくりとこちらに近づいてくる。それは白いシーツを被り、顔には不気味な仮面をつけた紛れもない「お化け」だった。
だがそのお化けは、俺たちの前まで来ると突然ふらりとよろけた。
「……っと。わりい、足もつれた」
聞き覚えのある快活な声。シーツをばさりと脱ぎ捨てると、そこから現れたのはしたり顔の葵と、その隣で深いため息をついている雅だった。
「お、お前ら! 脅かすなよ!」
「ははっ! ビビりすぎだろ、祐樹!」
どうやら先にゴールした葵と雅が、俺たちを驚かそうと待ち伏せしていたらしい。
「……くだらない」
雅は呆れたように言いながらも、その口元は少しだけ笑っている。
「って、あれ?」
葵が俺の背後を見て首を傾げた。
「お前、いつの間に来たんだよ」
俺が葵の視線の先を振り返ると、そこにはいつの間にか、にこにこと笑みを浮かべた湊が立っていた。
「いやー、皆さん、最高のリアクションでしたよ。特に玲先輩の絶Cryingは永久保存版ですね」
彼女の手には全ての元凶であるタブレットが握られている。
怖がらせる側に回ったはずの葵が、俺の背中にしがみついてきた。
「お、おい、湊……お前、いつからそこに……」
「最初からずっと皆さんの後ろにいましたけど?」
その言葉に、葵と、そして雅の顔がさっと青ざめた。
結局、一番のホラーはこの小さな小悪魔の神出鬼没さだったらしい。
肝試し大会は絶叫と笑いと、そしてほんの少しのドキドキと共に幕を閉じた。
怖がる玲が俺の腕に、そして怖がらせる側に回ったはずの葵が俺の背中に、それぞれぴったりと抱きついて離れないまま。俺は、この甘くて重い幸せを夏の夜の思い出として、しっかりと胸に刻み込んだのだった。
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