この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第51話 雅と線香花火

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肝試し大会の夜から数日。寮の中ではあの日の絶叫シーンが湊によって面白おかしく編集され、上映会が開かれる羽目になった。玲と葵は顔を真っ赤にして抗議していたが時すでに遅し。俺たちの夏休みはまた一つ、恥ずかしくて笑える思い出が増えたのだった。

そんな賑やかな日々が続く中、俺は少しだけ気になっていることがあった。九条雅のことだ。
彼女はみんなと一緒にはしゃぐ輪の中に、決して自分から入ろうとはしない。いつも少しだけ離れた場所で静かに本を読んだり、子猫の世話をしたりしている。決してつまらなそうにしているわけではない。だがその横顔はどこか寂しげで、無理に周りに合わせているようにも見えた。

(……本当は、ああいう騒がしいの、苦手なのかな)

その日の夜も、リビングでは葵と湊がテレビゲームで白熱した戦いを繰り広げていた。玲もなんだかんだ言いながらその様子を微笑ましそうに見守っている。その喧騒から逃れるように、雅は一人ベランダに出て夜空を眺めていた。

俺はそっとキッチンに向かうと、冷たい麦茶を二つのグラスに注いだ。そして実家から送られてきた荷物の中からあるものを取り出す。それは夏休みのささやかな楽しみのためにと、母さんが入れてくれた線-香花火だった。

俺は二つのグラスと線香花火を持って、静かにベランダに出た。
「……雅」
俺が声をかけると、彼女の肩がびくりと揺れた。
「……なんだ」
「これ、飲めよ。喉、乾いただろ」
俺が麦茶のグラスを差し出すと、彼女は少しだけ戸惑った後「……どうも」と小さな声で言ってそれを受け取った。

俺たちはしばらく無言のまま、手すりに寄りかかって夜空を眺めた。リビングの喧騒が嘘のように遠くに聞こえる。ひんやりとした夜風が火照った肌に心地よかった。
「……騒がしいのが、苦手か?」
俺が尋ねると、彼女はこくりと小さく頷いた。
「……嫌いなわけじゃない。ただ、少し……疲れる」
ぽつりと呟かれた言葉は彼女の本心なのだろう。無理に明るく振る舞うことも、輪の中心にいることも、彼女は望んでいないのだ。

「……じゃあ、もっと静かなこと、するか」
俺はそう言って隠し持っていた線香花火を取り出した。
「線香花火?」
「ああ。たまにはこういうのもいいだろ?」
俺がライターで火を点けると、雅は驚いたように、しかしどこか嬉しそうにその小さな火花を見つめていた。

俺たちはベランダの床に並んでしゃがみ込んだ。そして一本ずつ線香花火に火を灯す。
パチパチパチ……。
小さな火の玉が生まれ、繊細な火花が牡丹、松葉、柳と次々にその姿を変えていく。暗闇の中に咲く儚くて美しい光の芸術。俺たちは言葉を交わすことも忘れ、ただその光景に魅入っていた。

やがて火花はその勢いを失い、最後の輝きを放ってぽとりと地面に落ちた。
後に残されたのは火薬の匂いと静寂だけだ。
だがその沈黙は少しも気まずくなかった。むしろ心地いいくらいに俺たちの間に馴染んでいた。

「……きれい、だな」
雅が吐息のような声で呟いた。
「ああ」
俺が相槌を打つと、彼女はぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。それは俺が今まで一度も聞いたことのない彼女の過去の話だった。

「……私の実家は、少し、特殊でな」
彼女の家は裏社会にその名を轟かせる旧い一族なのだという。厳格なしきたり、血縁同士の争い、そして跡継ぎとしての重圧。彼女はそんな息の詰まるような環境の中で、ずっと感情を殺して生きてきた。
「笑うことも、泣くことも、許されなかった。常に強く、孤高であれと。……そう、教え込まれてきた」

だから彼女は人とどう接していいか分からないのだと。騒がしい場所も馴れ馴れしくされるのも、どう反応していいか分からず戸惑ってしまうのだと。
「……弱い自分を見せたら、すぐに切り捨てられる。……ずっとそう思って生きてきた」

彼女の淡々とした語り口の中に、どれほどの痛みと孤独が隠されているのだろうか。俺はかけるべき言葉が見つからず、ただ黙って彼女の話に耳を傾けていた。

「でも」と、彼女は続けた。
「……ここでは、少し違う」
彼女はリビングで騒いでいる葵たちの姿に、ちらりと視線を送った。
「あいつらは、馬鹿みたいにうるさくて、馴れ馴れしくて……正直、面倒だ。……でも」

彼女は俺の方を真っ直ぐに見つめ返した。その瞳は夜の闇の中でも確かな光を宿していた。
「……ここに来て、初めて……息ができるようになった気がする」

その言葉に、俺は胸を突かれた。
彼女がこの場所を、俺たちのいるこの空間を、自分の居場所だと感じてくれている。その事実がたまらなく嬉しかった。
「……そっか」
俺はそれだけ言うと、新しい線香花火に火を点けた。パチパチと再び小さな火花が生まれる。

「雅」
「……なんだ」
「無理に笑わなくていい。騒がなくていい。お前は、お前のままでいいんだよ。俺たちは、そんなお前のことがちゃんと分かってるから」

俺の言葉に雅は何も答えなかった。ただ俯いて、線香花火の光をじっと見つめている。
その火花がぽとりと地面に落ちた時、彼女の頬を、一筋の雫が静かに伝っていくのを俺は見逃さなかった。

それは彼女がこの学園に来て、初めて流した涙だったのかもしれない。
俺は何も言わずに、ただ彼女の隣に座り続けた。
騒がしいリビングの喧騒と、俺たち二人だけの静かな時間。そのどちらもが俺たちの夏休みを彩る、かけがえのない宝物なのだ。
線香花火の最後の光が消えた後も、俺たちはしばらく言葉もなく、ただ寄り添って夏の夜の闇を見つめていた。
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