この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第53話 玲と映画館デート

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街へのお出かけは、俺たちの夏休みに最高のスパイスを加えてくれた。あの日以来、部屋の中では「次はどこへ行くか」という話題で持ちきりだ。水族館、遊園地、ショッピングモール。彼女たちの夢は尽きることがないようだった。

だが、全員で行動するのは楽しい反面、少しだけ疲れるのも事実。特に俺を巡る四人の静かな攻防は、日に日に激しさを増している。たまには誰かと二人きりでゆっくりと過ごしたい。そんな気持ちが俺の中に芽生え始めていた。

その機会は意外と早く訪れた。
「祐樹。明日、少し付き合ってくれないかしら」
その日の夜、部屋で二人きりになった時、玲が少しだけ改まった口調で俺にそう切り出してきた。
「ああ、いいけど。どこか行くのか?」
「ええ。少し見たい映画があって」

映画。その響きに、俺の心臓が少しだけ跳ねた。二人きりで映画館に行く。それはもはや完全に「デート」ではないだろうか。
「……もちろん、嫌ならいいのだけれど」
俺が黙り込んでいると、玲が不安そうな顔で俺を見上げてきた。その表情に俺は慌てて首を横に振る。
「いや、嫌じゃない! 行く! 絶対行く!」
俺の食い気味の返事に、玲はほっとしたように、そして嬉しそうにふわりと微笑んだ。その笑顔に俺はまたしても心を射抜かれてしまう。

翌日、俺たちは昨日と同じようにボーイッシュな私服で変装して寮を抜け出した。葵たちには「ちょっと買い出しに行ってくる」とだけ告げてきた。嘘はついていない。映画のチケットを買うのだから買い出しには違いないはずだ。

電車に揺られ、俺たちは都心にあるシネマコンプレックスへと向かった。隣に座る玲はどこかそわそわしていて落ち着きがない。窓の外の景色を眺めているかと思えば、自分の指先をいじったり俺の横顔をちらちらと盗み見たりしている。その姿がたまらなく可愛らしい。

映画館に到着し、チケットを購入する。玲が見たいと言ったのは最近話題のハリウッド産ホラー映画だった。
「……ホラー、好きなのか?」
俺が意外に思って尋ねると、彼女は「ええ、まあ。スリルがあって面白いじゃない」と少しだけ強がって答えた。だがその声が微かに震えているのを俺は聞き逃さなかった。どうやら本当は苦手だけど、見てみたいという好奇心の方が勝ってしまったらしい。

ポップコーンとドリンクを買い、薄暗いシアターの中へと入る。指定された席は一番後ろの列のど真ん中。周りを気にせず映画に集中できる最高のポジションだ。
俺たちが席に着くと、やがて場内の明かりがゆっくりと消えていく。そして巨大なスクリーンに、不気味な音楽と共に映画のタイトルが映し出された。

物語が始まって数分、俺は自分の選択が間違いだったことに気づいた。この映画、俺が想像していたよりも遥かに、遥かに怖い。突然の大きな音、じわじわと観客の恐怖を煽る演出、そしてグロテスクなモンスターの造形。俺は背筋が凍りつくのを感じながら、必死で平静を装っていた。

ちらりと隣の玲の様子を窺う。
彼女は固まっていた。
スクリーンを直視できず、両手で顔を覆っている。だが指の隙間から、怖いもの見たさで必死に画面を盗み見ているようだった。その小さな身体は恐怖でぶるぶると小刻みに震えている。
(……強がっちゃって、もう)
その健気な姿に、俺は思わず笑みがこぼれそうになる。

映画がクライマックスへと差し掛かった時だった。
主人公が絶体絶命のピンチに陥る。背後から巨大なモンスターが静かに忍び寄ってくる。観客の誰もが息をのんでスクリーンを見つめていた。

そして、けたたましい効果音と共にモンスターが牙を剥いた、まさにその瞬間。
「ひゃっ!?」
玲が小さな悲鳴を上げ、俺の腕にぎゅっと力強くしがみついてきた。

俺の左腕に、彼女の柔らかな感触と恐怖で早鐘を打つ心臓の鼓動がはっきりと伝わってくる。俺は驚きとそれ以上のドキドキで心臓が止まりそうになった。
彼女は俺の腕に顔をうずめ、必死で恐怖に耐えている。その姿はあまりにも無防備で、守ってあげたいという庇護欲を猛烈に掻き立てられた。

俺は意を決した。
空いている右手で、俺の腕にしがみついている彼女の手にそっと自分の手を重ねた。
「……っ!」
びくりと彼女の肩が跳ねる。だが彼女はその手を振りほどこうとはしなかった。
俺は彼女の震える手を、安心させるように優しくぎゅっと握りしめた。

周囲からは俺たちはただの男友達にしか見えないだろう。ホラー映画にビビる友達をもう一人が慰めている。ただそれだけの光景だ。
だが俺たちの間には、言葉にならない甘くて温かい空気が流れていた。
繋がれた手の熱がじんわりと互いの心に染み渡っていく。

映画が終わるまで、俺たちはずっとそうしていた。
スクリーンで繰り広げられる恐怖の物語など、もう俺の頭には入ってこない。ただ繋がれた手の温かさと、隣にいる彼女の存在だけが俺の全てだった。

映画館の明かりがつき、エンドロールが流れ始めた時、玲ははっと我に返ったように慌てて俺から手を離した。
「……ご、ごめんなさい! 私、その……」
顔を真っ赤にしてしどろもどろになっている。その姿は完璧な王子様からは想像もできないほど可愛らしかった。
「……いいって。怖かったんだろ?」
俺がそう言って笑うと、彼女は「……少しだけよ」と小さな声で呟いて俯いてしまった。

帰り道の電車の中、俺たちはどちらからともなく、またそっと手を繋いでいた。
周囲の乗客には男友達の悪ふざけにしか見えないかもしれない。
でも俺たちにとっては、これは紛れもない二人だけの秘密のデートの証だった。

繋がれた手の熱が夏の日の思い出と共に、俺の心にいつまでも、いつまでも温かく残っていた。
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