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第54話 夏休みの宿題が終わらない
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玲との秘密の映画館デートは、俺たちの夏休みに甘酸っぱい1ページを加えてくれた。それ以来、彼女は俺の前でより一層女の子らしい表情を見せるようになった気がする。
だが、楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。気づけばあれだけ長いと思っていた夏休みも、残すところあと三日となっていた。そして俺たちは、学生にとっての最大の敵、ラスボスともいえる存在と対峙しなければならなかった。
そう、夏休みの宿題である。
「うそだろ……こんなにあったのか……」
その日の午前。俺の部屋のリビングテーブルの上には、手つかずの課題のプリントや真っ白なままのワークブックが、絶望的な量で山積みになっていた。俺は、その光景を前に頭を抱えて床に突っ伏した。
獅子王院学園の夏休みの宿題は、量もそして難易度も常軌を逸していたのだ。
「……私も、少し見通しが甘かったようね」
俺の隣で玲も青ざめた顔で課題の山を見つめている。彼女でさえまだ半分も終わっていないらしい。
俺と玲が絶望に打ちひしがれていると、リビングのドアが勢いよく開かれた。
「祐樹ぃぃぃ! 助けてくれぇぇぇ!」
半泣きで部屋に転がり込んできたのは葵だった。その手には俺たちと同じく、大量の宿題の束が握られている。
「俺、夏休み中、部活の助っ人と筋トレしかしてなかった! 宿題のこと、すっかり忘れてたんだよ!」
彼女は床に突っ伏して本気で泣き始めた。
「せんぱーい! ヘルプですー!」
今度は窓から湊がひょっこりと顔を出す。
「海外のサーバーとの戦争が激化してて、宿題なんてやってる暇なかったんですよー! このままじゃ僕、留年しちゃいます!」
彼女もまた涙目で助けを求めてきた。
最後に、部屋のドアの影から雅が静かに姿を現した。彼女は何も言わない。だがその手には、やはり手つかずの宿題がずっしりと握られていた。そしてその表情は、世界の終わりのような絶望に染まっている。どうやら夏休みの間、子猫の世話に夢中になりすぎていたらしい。
こうして俺の部屋には、夏休みの宿題という共通の敵を前に、絶望に打ちひしがれた五人の高校生が集結した。
「……終わった」
「もうダメだ……」
「二学期から、頑張ります……」
「…………」
部屋には諦めムードが漂っている。
だがその重苦しい沈黙を破ったのは、この中で唯一、宿題という概念を超越した存在、橘玲だった。
「……まだよ」
彼女はカチャリと眼鏡をかけ直すと(もちろん伊達眼鏡だ)、その紫色の瞳に知的な光を宿らせた。
「まだ三日あるわ。五人で協力すれば、きっと乗り越えられるはずよ」
その声はまるで戦場に立つ将軍のように、力強くそして凛としていた。
「五人で……?」
「ええ。それぞれが得意分野を分担して教え合うの。それが最も効率的な解決策よ」
玲のその鶴の一声で、『夏休みの宿題を終わらせろ!地獄の三日間籠城大作戦』がここに決行されることになった。
俺たちはリビングテーブルを囲むように陣形を組んだ。
数学と物理は玲と雅が担当。
英語と現代文は、意外にも読書家である俺が担当することになった。
歴史と地理は、戦国武将マニアの葵がなぜかやたらと詳しい。
そして情報や技術といった特殊な科目は、湊の独壇場だった。
「いい、祐樹? この英文の構造はまず主語と動詞を見抜くことから……」
「せんぱい、このプログラム、どこが間違ってるか一瞬で分かります?」
「おい、葵、この問題、さっき玲が教えてくれたとこだぞ!」
「……この公式を使え。そうすれば解ける」
キッチンには栄養補給用の夜食やお菓子が山積みにされ、部屋にはエナジードリンクの空き缶が転がっている。俺たちは寝る間も惜しんでひたすらペンを走らせ、互いに教え合った。
それはまさに戦争だった。
疲労がピークに達した二日目の深夜。
「もう無理……頭がパンクする……」
葵が机に突っ伏して動かなくなった。
「僕も……もう一文字も書けません……」
湊も燃え尽きたようにソファに倒れ込んでいる。雅もいつの間にか子猫を抱きしめたまま、静かに寝落ちしていた。
残っているのは俺と玲だけだった。
「……少し、休憩しましょうか」
玲がふっと息をついて凝り固まった肩を回した。
「ああ……」
俺は伸びをしながら、眠気に支配された頭を振る。
玲は静かに立ち上がるとキッチンのポットでお湯を沸かし始めた。そして二つのマグカップにインスタントのコーヒーを注いでくれる。
「はい、祐樹。眠気覚ましに」
「サンキュ」
俺たちはテーブルの向こうで眠る三人の寝顔を見ながら、静かにコーヒーを啜った。
「……なんだか、文化祭の準備みたいね」
玲がぽつりと呟いた。
「ああ。そうだな」
「大変だけど……でも、なんだか楽しいわ」
彼女は心の底から嬉そうに、ふわりと微笑んだ。
その笑顔に俺の疲れは少しだけ癒された気がした。
「……よし!」
俺はマグカップを置くと気合を入れ直してペンを握った。
「ラストスパート、行くか!」
俺のその言葉に、玲も「ええ!」と力強く頷いてくれた。
地獄の三日間が終わり、夏休み最終日の夜。
俺たちの目の前には、完璧に仕上げられた五人分の夏休みの宿題の山があった。
「……終わった」
「やった……やったぞぉぉぉぉ!」
俺たちは誰からともなくハイタッチを交わし、抱き合ってその勝利を分かち合った。その顔は三日間の徹夜でボロボロだったが、これ以上ないほどの達成感に輝いていた。
絶望的な状況を五人の力で乗り越えた。
この経験は俺たちの絆をまた一つ強く、固く結びつけてくれた。
夏休みの終わり。それは少しだけ寂しいけれど、二学期から始まる新たな日常への希望に満ちた始まりでもあった。俺は疲れ切って床で雑魚寝する仲間たちの寝顔を見ながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
だが、楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。気づけばあれだけ長いと思っていた夏休みも、残すところあと三日となっていた。そして俺たちは、学生にとっての最大の敵、ラスボスともいえる存在と対峙しなければならなかった。
そう、夏休みの宿題である。
「うそだろ……こんなにあったのか……」
その日の午前。俺の部屋のリビングテーブルの上には、手つかずの課題のプリントや真っ白なままのワークブックが、絶望的な量で山積みになっていた。俺は、その光景を前に頭を抱えて床に突っ伏した。
獅子王院学園の夏休みの宿題は、量もそして難易度も常軌を逸していたのだ。
「……私も、少し見通しが甘かったようね」
俺の隣で玲も青ざめた顔で課題の山を見つめている。彼女でさえまだ半分も終わっていないらしい。
俺と玲が絶望に打ちひしがれていると、リビングのドアが勢いよく開かれた。
「祐樹ぃぃぃ! 助けてくれぇぇぇ!」
半泣きで部屋に転がり込んできたのは葵だった。その手には俺たちと同じく、大量の宿題の束が握られている。
「俺、夏休み中、部活の助っ人と筋トレしかしてなかった! 宿題のこと、すっかり忘れてたんだよ!」
彼女は床に突っ伏して本気で泣き始めた。
「せんぱーい! ヘルプですー!」
今度は窓から湊がひょっこりと顔を出す。
「海外のサーバーとの戦争が激化してて、宿題なんてやってる暇なかったんですよー! このままじゃ僕、留年しちゃいます!」
彼女もまた涙目で助けを求めてきた。
最後に、部屋のドアの影から雅が静かに姿を現した。彼女は何も言わない。だがその手には、やはり手つかずの宿題がずっしりと握られていた。そしてその表情は、世界の終わりのような絶望に染まっている。どうやら夏休みの間、子猫の世話に夢中になりすぎていたらしい。
こうして俺の部屋には、夏休みの宿題という共通の敵を前に、絶望に打ちひしがれた五人の高校生が集結した。
「……終わった」
「もうダメだ……」
「二学期から、頑張ります……」
「…………」
部屋には諦めムードが漂っている。
だがその重苦しい沈黙を破ったのは、この中で唯一、宿題という概念を超越した存在、橘玲だった。
「……まだよ」
彼女はカチャリと眼鏡をかけ直すと(もちろん伊達眼鏡だ)、その紫色の瞳に知的な光を宿らせた。
「まだ三日あるわ。五人で協力すれば、きっと乗り越えられるはずよ」
その声はまるで戦場に立つ将軍のように、力強くそして凛としていた。
「五人で……?」
「ええ。それぞれが得意分野を分担して教え合うの。それが最も効率的な解決策よ」
玲のその鶴の一声で、『夏休みの宿題を終わらせろ!地獄の三日間籠城大作戦』がここに決行されることになった。
俺たちはリビングテーブルを囲むように陣形を組んだ。
数学と物理は玲と雅が担当。
英語と現代文は、意外にも読書家である俺が担当することになった。
歴史と地理は、戦国武将マニアの葵がなぜかやたらと詳しい。
そして情報や技術といった特殊な科目は、湊の独壇場だった。
「いい、祐樹? この英文の構造はまず主語と動詞を見抜くことから……」
「せんぱい、このプログラム、どこが間違ってるか一瞬で分かります?」
「おい、葵、この問題、さっき玲が教えてくれたとこだぞ!」
「……この公式を使え。そうすれば解ける」
キッチンには栄養補給用の夜食やお菓子が山積みにされ、部屋にはエナジードリンクの空き缶が転がっている。俺たちは寝る間も惜しんでひたすらペンを走らせ、互いに教え合った。
それはまさに戦争だった。
疲労がピークに達した二日目の深夜。
「もう無理……頭がパンクする……」
葵が机に突っ伏して動かなくなった。
「僕も……もう一文字も書けません……」
湊も燃え尽きたようにソファに倒れ込んでいる。雅もいつの間にか子猫を抱きしめたまま、静かに寝落ちしていた。
残っているのは俺と玲だけだった。
「……少し、休憩しましょうか」
玲がふっと息をついて凝り固まった肩を回した。
「ああ……」
俺は伸びをしながら、眠気に支配された頭を振る。
玲は静かに立ち上がるとキッチンのポットでお湯を沸かし始めた。そして二つのマグカップにインスタントのコーヒーを注いでくれる。
「はい、祐樹。眠気覚ましに」
「サンキュ」
俺たちはテーブルの向こうで眠る三人の寝顔を見ながら、静かにコーヒーを啜った。
「……なんだか、文化祭の準備みたいね」
玲がぽつりと呟いた。
「ああ。そうだな」
「大変だけど……でも、なんだか楽しいわ」
彼女は心の底から嬉そうに、ふわりと微笑んだ。
その笑顔に俺の疲れは少しだけ癒された気がした。
「……よし!」
俺はマグカップを置くと気合を入れ直してペンを握った。
「ラストスパート、行くか!」
俺のその言葉に、玲も「ええ!」と力強く頷いてくれた。
地獄の三日間が終わり、夏休み最終日の夜。
俺たちの目の前には、完璧に仕上げられた五人分の夏休みの宿題の山があった。
「……終わった」
「やった……やったぞぉぉぉぉ!」
俺たちは誰からともなくハイタッチを交わし、抱き合ってその勝利を分かち合った。その顔は三日間の徹夜でボロボロだったが、これ以上ないほどの達成感に輝いていた。
絶望的な状況を五人の力で乗り越えた。
この経験は俺たちの絆をまた一つ強く、固く結びつけてくれた。
夏休みの終わり。それは少しだけ寂しいけれど、二学期から始まる新たな日常への希望に満ちた始まりでもあった。俺は疲れ切って床で雑魚寝する仲間たちの寝顔を見ながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
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