この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第56話 人ごみではぐれないように

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白鷺神社へと続く参道は、俺たちの想像を遥かに超える賑わいを見せていた。道の両脇にはりんご飴、たこ焼き、金魚すくいといった屋台がずらりと並び、香ばしい匂いと人々の熱気が入り混じって、むせ返るような夏の夜の空気を作り出している。

「うおー! すげー! これが夏祭りか!」
葵が子供のように目を輝かせて歓声を上げる。
「見て、祐樹。わたあめ、あんなに大きいのよ」
玲も普段のクールな表情を忘れ、うっとりとした様子で屋台を指さしている。
「せんぱい、あっちの射的、行きましょうよ!」
「……人が、多いな」
湊と雅もそれぞれのやり方で、この非日常的な空間の雰囲気に圧倒されていた。

俺たちは人の波に流されるように、ゆっくりと境内へと進んでいく。行き交う人々は誰もが楽しそうな笑顔を浮かべていた。その誰もが俺たちの正体に気づくことはない。俺たちはただの浴衣姿の男子五人組。その事実が俺たちに大きな解放感と、少しだけ背徳的なスリルを与えてくれていた。

だが人混みは楽しいだけではない。
「わっ!?」
不意に横から来た人の波に押され、湊がふらりとよろけた。
「おっと、危ない!」
俺は咄嗟に湊の腕を掴んで引き寄せる。
「大丈夫か、湊?」
「は、はい……ありがとうございます、せんぱい」
腕の中で湊は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

その様子を見ていた玲が、俺の浴衣の袖をくいっと小さく引いた。
「……祐樹。はぐれてしまいそうだわ」
その紫色の瞳が不安そうに俺を見上げている。その瞳には「手を繋いでほしい」という言葉にならない願いがはっきりと映し出されていた。

葵も俺の反対側から「だよな! こんなとこでバラバラになったら最悪だぜ!」と言って、ごく自然に俺の肩に腕を回してきた。
雅だけは少し離れた場所で、人の波に翻弄されながらも必死に俺たちのことを見失わないようについてきている。

このままでは本当に誰かがはぐれてしまうかもしれない。
俺は意を決した。これは決して下心からではない。リーダーとしての責任感からだ。そうだ、きっとそうだ。

「……みんな、手、繋ぐか?」

俺のその一言に、四人の動きがぴたりと止まった。
そしてそれぞれの顔に、ぱあっと朱が差していく。

「……て、手を!?」
玲が信じられないというように声を上ずらせた。
「……まあ、はぐれるよりはマシか」
葵が照れ隠しのように、わざとぶっきらぼうに言う。
「……せんぱいの、手……」
湊が恍惚とした表情で自分の両手を見つめている。
「……別に、繋ぎたくはないが。……はぐれたら、面倒だ」
雅もそっぽを向きながら小さな声で同意した。

俺はごくりと唾を飲み込むと、まず隣にいた玲に向かっておそるおそる手を差し出した。
玲は一瞬だけ躊躇った後、まるで宝物に触れるかのようにその細くしなやかな指を俺の指にそっと絡めてきた。
繋がれた彼女の手は少しだけ冷たくて、そして微かに震えていた。

次に俺は反対側にいる葵に手を伸ばす。
彼女は「しょーがねーなー!」と言いながら力強く、しかしどこか優しく俺の手をぎゅっと握りしめた。スポーツで鍛えられた少しだけ硬い手のひら。その温かさが俺に安心感を与えてくれた。

「せんぱい、僕も!」
湊が俺の前に回り込み、空いている方の手、つまり玲と繋いでいる俺の左手に自分の手を重ねてきた。玲と俺と湊で三人で手を繋ぐという、少しだけ奇妙な形になる。彼女の小さな手は驚くほど柔らかかった。

最後に雅だ。
彼女は俺たちの輪から少しだけ離れた場所でもじもじと立ち尽くしている。
「……雅」
俺が葵と繋いでいる右手を彼女に向かって差し出す。
彼女はしばらくの間俯いて躊躇っていたが、やがて観念したように小さなため息をついた。そしておずおずと俺に近づくと、その小さな手を俺の手にそっと乗せてきた。
その手は驚くほど熱かった。

こうして俺は四人の美しい男装女子たちと手を繋いで夏祭りの人混みの中を歩くという、とんでもない状況に陥った。
右手には葵と雅。左手には玲と湊。俺を中心に五人が一つの塊となって進んでいく。
周囲からはさぞかし仲の良い男子グループに見えていることだろう。
だがその内実は、甘くてくすぐったくて、心臓が張り裂けそうなほどの秘密の恋模様だ。

繋がれた手のひらから伝わってくるそれぞれの温もり。
玲の少しひんやりとした緊張。
葵の力強くて温かい信頼。
湊の柔らかくて甘えるような感触。
そして雅の不器用で、でも誰よりも熱い想い。

その全てが俺の心にじんわりと、そして深く染み渡っていく。
祭りの喧騒も屋台の匂いも、もう俺の意識には入ってこない。
ただ繋がれた手の熱さだけが俺の全てだった。

夏祭りの夜。人ごみの中ではぐれないようにと繋いだ手は、俺たちの心を今まで以上に強く、固く結びつけてくれた。
この温もりを俺はきっと一生忘れないだろう。そんなことを考えながら、俺はりんごのように赤くなった彼女たちの横顔をそっと盗み見ていた。
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