この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第57話 射的の景品

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四人の少女たちと手を繋ぎながら歩く夏祭りは、もはや俺にとって修行に近いものだった。心臓は常に全力疾走。平静を装うだけで全神経を使い果たしてしまう。

「あ! 射的だ! やろうぜ、祐樹!」
そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、葵が子供のようにはしゃいだ声を上げた。指さす先には昔ながらの射的の屋台があり、コルク銃を構えた人々で賑わっている。棚にはぬいぐるみやおもちゃ、お菓子などがずらりと並べられていた。

「いいですね! 腕試ししましょうよ!」
湊も乗り気だ。玲も「……少し、興味があるわ」と、どこか好奇心に満ちた目で屋台を見つめている。
この流れはもう止められない。俺たちは吸い寄せられるように射的の屋台へと向かった。

「へい、らっしゃい! お兄さんたち、やってくかい?」
ねじり鉢巻をした人の良さそうな屋台の主人が、威勢のいい声をかけてくる。
「おう、おっちゃん! 五人分頼む!」
葵が代表して金を払い、俺たち一人一人にコルク銃と弾が手渡された。ずっしりとした銃の重みが妙に懐かしい。

「よーし、見てろよ祐樹! 俺が、あの一番でかいクマのぬいぐるみ、取ってやるからな!」
葵はそう宣言すると、慣れた手つきで銃を構えた。その姿はまるで歴戦のスナイパーのようだ。彼女は片目を瞑り、鋭い眼光で的を見据える。そして引き金を引いた。
ポンッ、という軽い発射音と共にコルク弾が飛んでいく。
しかし弾は景品のクマの手前で力なく落下し、棚にことんと当たっただけだった。

「……あれ?」
葵が信じられないという顔で自分の銃を見つめている。
「ちくしょー! もう一回だ!」
彼女は再び弾を込め狙いを定める。だが結果は同じだった。コルク弾は面白いように景品の手前で失速していく。
「なんでだよ! この銃、ぜってーイカサマだ!」
葵は本気で悔しがっていた。運動万能の彼女にとって、この敗北はプライドをひどく傷つけられたらしい。

「ふふん。葵先輩、力みすぎですよ」
隣で見ていた湊がくすくすと笑う。
「射的はパワーじゃなくて、計算と精密さです。例えば、あの箱のお菓子。重心が後ろにあるから、箱の手前側の下の角を狙えば……」
彼女はまるで物理の法則を解説するかのように、流暢に説明しながら銃を構えた。
ポンッ。放たれた弾は彼女の計算通り、お菓子の箱の角に命中し見事にそれを打ち落とした。
「ほら、簡単でしょ?」
得意げにウインクする湊に、葵は「ぐぬぬ……」と唸るしかなかった。

玲も挑戦していた。彼女はまるで競技射撃の選手のように、完璧なフォームで銃を構える。その姿は凛としていて非常に美しい。
だが彼女が狙いを定めて撃った弾は、なぜか的とは全く違う方向、天井の提灯に向かって飛んでいった。
「……あら?」
彼女はクールな表情を崩さないまま首を傾げている。どうやら完璧超人のお嬢様にも苦手なものはあるらしい。その意外なポンコツぶりに、俺は思わず頬が緩んだ。

そして雅だ。
彼女は誰よりも真剣な表情で銃を構えていた。その瞳はもはや遊びではない。獲物を狩る狩人の瞳だ。彼女は誰に教わるでもなく、銃身のわずかな歪みやコルク弾の重さを感覚で確かめているようだった。

彼女が狙いを定めたのは、葵が何度も失敗した一番大きなクマのぬいぐるみだった。
周囲が固唾をのんで見守る中、彼女は静かに引き金を引いた。
ポンッ。

放たれたコルク弾は今までとは全く違う鋭い軌道を描いて飛んでいく。そしてクマのぬいぐるみの足元、それを支えている小さな台座のまさに一点に吸い込まれるように命中した。
ガタンッ!
台座がバランスを崩し、大きなクマのぬいぐるみはゆっくりと、しかし確実に棚から滑り落ちてきた。

「……うおおおおおお! マジかよ!」
葵が一番大きな声を上げた。屋台の主人も「お嬢ちゃん、すげえな!」と目を丸くしている。
雅はそんな周囲の賞賛にも全く動じることなく、静かに銃を置いた。そして落ちてきたクマのぬいぐるみを無言で拾い上げると、それを俺の目の前にずいっと突き出してきた。

「え……俺に?」
俺が戸惑っていると、彼女はぷいっと顔を背けた。
「……別に。こんなデカいの、持って帰るのが面倒なだけだ」
その声はぶっきらぼうだったが、その横顔は夕焼けのように真っ赤に染まっている。
「……お前が、いらないなら、貰ってやる」

そのあまりにも不器用で、あまりにも可愛らしいツンデレなセリフに、俺の心臓は完全に撃ち抜かれてしまった。
「……ありがとう。雅」
俺がその大きなクマのぬいぐるみを、おそるおそる受け取ると、彼女は「ふん」と小さく鼻を鳴らした。

「おいおいおい、雅だけずるいぞ! 俺だって、祐樹にプレゼントしたかったのに!」
その様子を見ていた葵が再び闘志に火をつけた。彼女は残っていた弾を全て使い、半ばヤケクソ気味に銃を乱射し始めた。
そして奇跡が起きた。
そのうちの一発が棚の端に置かれていた猫のぬいぐるみに偶然命中し、それを打ち落としたのだ。

「やった! 見たか、祐樹!」
葵はまるで世界を救ったヒーローのように、得意げにその猫のぬいぐるみを拾い上げた。そして雅と全く同じように、それを俺の目の前に突き出してくる。
「ほらよ! お前が、いらないなら、貰ってやる!」
そのセリフは完全に雅のパクリだった。

俺は右手には雅がくれた大きなクマ、左手には葵がくれた猫のぬいぐるみを抱えることになった。
二人の不器用で、でも真っ直ぐな好意。その温かさがずっしりと重い。
俺は二つのぬいぐるみの間に顔をうずめながら、照れくさそうに笑うことしかできなかった。

射的の屋台は彼女たちの熱い想いが交錯する、甘くて少しだけ騒がしい戦場となったのだった。
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