この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第58話 湊と秘密のりんご飴

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葵と雅による不器用で熱いプレゼント合戦。その結果、俺の両手は大きなぬいぐるみで塞がってしまった。右手にはクマ、左手には猫。幸せな重みではあるが、正直なところかなり歩きにくい。

「もう、葵先輩も雅先輩も子供みたいなんですから」
そんな俺の様子を見て、湊が呆れたように、しかし楽しそうに笑った。
「せんぱい、その荷物じゃ何も食べられないでしょう? 僕が何か買ってきてあげますよ。何がいいですか?」
その気遣いはまるで出来た彼女のようだった。
「あ、じゃあ、りんご飴が食べたいな」
俺がそう言うと、湊は「了解です!」と敬礼して見せ、ぴょこぴょこと人混みの中へと消えていった。

残された俺と玲と葵と雅。四人で近くの神社の石段に腰を下ろして湊の帰りを待つことにした。
「しかし、雅が射的あんなに上手いなんて意外だったな」
葵が感心したように言う。
「……別に。ただ集中しただけだ」
雅はそっぽを向きながら答える。その膝の上ではいつの間にか俺から奪い取った猫のぬいぐるみが、気持ちよさそうに丸まっていた。どうやら気に入ってくれたらしい。
「祐樹も、嬉しそうだったわね。あんなに大きなぬいぐるみをもらって」
玲が少しだけ拗ねたように、俺の腕のクマを見つめている。その視線にはチクリとした嫉妬の色が混じっていた。

そんな甘くて少しだけチクチクするような空気が流れていると、湊が「お待たせしましたー!」と元気な声で戻ってきた。その手には真っ赤な飴でコーティングされたつやつやのりんご飴が二本握られている。
「はい、せんぱい。どうぞ」
「お、サンキュ。……あれ? 一本は湊のか?」
「いいえ? これは二本とも、せんぱいのですよ?」
湊はにこりと小悪魔のように微笑んだ。

「え? なんで二本も……」
「だって、せんぱいの両手、塞がってるじゃないですか。だから」
彼女はそう言うと、俺の目の前にりんご飴を一本くいっと差し出してきた。
「僕が、あーんしてあげますよ、せんぱい♪」

「……はぁっ!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。隣にいた玲と葵と雅も信じられないという顔で固まっている。
あーん。その恋人同士が行う儀式の中でもトップクラスに恥ずかしい行為を、今この公衆の面前でやろうというのか。
「な、何言ってんだよ湊! バカかお前は!」
「えー? だってこうしないと食べられないじゃないですか。それとも、僕が食べさせてあげるりんご飴は嫌ですか?」
潤んだ瞳で上目遣いに見上げてくる。そのあざとさはもはや芸術の域に達していた。

「……ず、ずるいぞ湊!」
「なんて破廉恥な!」
「…………」
葵と玲が抗議の声を上げ、雅は顔を真っ赤にして固まっている。だが湊は全く動じない。
「さあ、せんぱい。あーん♪」

俺は観念するしかなかった。周りの通行人がちらちらとこちらを見ている気がする。恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。だがここで断れば、この小悪魔が後でどんな恐ろしい報復をしてくるか分かったものではない。
俺は意を決して、おそるおそる口を開けた。

しゃりっ、という小気味良い音と共に、冷たくて甘いりんご飴が口の中に広がる。りんごの爽やかな酸味と飴の濃厚な甘さ。それは今まで食べたりんご飴の中で、一番甘くて、そして一番しょっぱい味がした。

「……どうです? おいしいですか?」
湊は満足そうに、そして嬉しそうに俺の顔を覗き込んでいる。
「……ああ。うまい」
俺がなんとかそれだけ絞り出すと、彼女は「よかったぁ」と心の底から嬉しそうに微笑んだ。

そして彼女は次の瞬間、さらにとんでもない行動に出た。
彼女は俺がかじった、そのりんご飴の同じ場所を、ぱくりと自分の小さな口でかじったのだ。

「……ん、おいしいですね。せんぱいの味がします」

そのあまりにも大胆な間接キス宣言。
俺の頭は完全にショートした。
隣にいた玲と葵と雅も完全にフリーズしている。
「………………」
「………………」
「………………」
三人の顔からすうっと表情が消え、能面のような顔になっている。怖い。

「な、なななな、何をしてるんですか、あなたは!」
一番最初に我に返った玲が、わなわなと震えながら叫んだ。
「僕とせんぱいの、愛の共同作業ですよ?」
湊はぺろりと悪びれる様子もなく答える。
「てめえ……祐樹に、なんてことを……!」
葵が本気でキレる寸前の目で湊を睨みつけている。
雅はもう何も言えず、ただ顔を真っ-赤にしてプルプルと震えていた。

「さあ、せんぱい! もう一口いかがですか? 今度は僕の愛がたっぷり染み込んで、もっと美味しくなってますよ?」
湊は再び俺の口元にりんご飴を差し出してくる。
俺はもう、どうにでもなれという気分だった。

夏祭りの夜。神社の石段で繰り広げられた、甘くて少しだけ背徳的な秘密のりんご飴事件。
それは湊の小悪魔的な魅力と、他の三人の嫉妬の炎を最大限に燃え上がらせる結果となった。
俺は三方向から突き刺さる氷のように冷たい視線を感じながら、ただただりんご飴の甘さに現実逃避するしかなかったのだった。
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