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第62話 【計画②】コンセプト会議
しおりを挟むクラスの出し物が執事喫茶に決まり、俺たちの文化祭への準備が本格的に始まった。放課後の教室は、さながらプロジェクトチームの作戦司令室のような熱気に包まれている。
その日の議題は、店の根幹をなす『コンセプト決め』だった。クラスの実行委員を中心に、黒板に様々なアイデアが書き出されていく。
「やっぱり王道のクラシカルな英国風がいいんじゃないか?」
「いやいや、もっと親しみやすいカジュアルなカフェスタイルもアリだろ!」
「いっそ和風執事喫茶とかどうだ? 袴姿の執事とか、絶対ヤバいって!」
様々な意見が飛び交う中、一人の女子生徒(もちろん男装)が興奮気味に立ち上がった。彼女は先日執事喫茶を提案した、あの生徒だ。どうやら彼女はこの企画の総合プロデューサーを自負しているらしい。
「みんな、落ち着いて! 重要なのはただの執事喫茶じゃないわ! うちのクラスが誇る四人の至宝たちの魅力を最大限に引き出すコンセプトよ!」
彼女はそう言うと黒板の前に立ち、まるでプレゼンテーションを始めるかのようにチョークを走らせた。
「まず、橘玲先輩! 彼に与えるべき称号はこれ以外にあり得ないわ!」
彼女が黒板に書き出したのは『孤高のパーフェクトプリンス執事』という、少し長くて気恥ずかしい称号だった。
「常に冷静沈着。その完璧な所作と時折見せる氷のような瞳で、お客様の心を鷲掴みにするのよ! でも本当に気に入ったお客様にだけ、ほんの一瞬甘い微笑みを見せるの。そのギャップがたまらないのよ!」
彼女の熱弁に、玲本人は「……好きにしてくれ」と呆れたようにため息をついているが、クラスの女子たちは「分かるー!」「最高!」と熱狂していた。
「次に、五十嵐葵君!」
プロデューサーは興奮冷めやらぬまま、次のコンセプトを書き出す。
『太陽スマイルのわんこ系執事』
「彼の武器はなんといってもあの太陽みたいな笑顔! 少しだけドジっ子なところもあるけど、その一生懸命さと人懐っこい笑顔で、お客様の母性本能をくすぐりまくるの! 『ご主人様のためなら、俺、何でもします!』みたいな!」
「お、おう! なんかよく分かんねえけど、任せとけ!」
葵はよく理解しないまま、元気よく返事をしている。その素直さがまさに「わんこ系」そのものだった。
「そして、篠宮湊君!」
『あざと可愛い小悪魔執事』
「弟キャラの可愛さで油断させておいて、ふとした瞬間に見せる男の色気! 『お姉様……僕のこと、どう思ってるんですか?』なんて耳元で囁かれたら、もうイチコロよ!」
「ふふん。お安い御用ですよ。僕の本当の魅力、見せてあげます♪」
湊は早くも役に入り込み、俺に向かって妖艶な流し目を送ってきた。やめてくれ、心臓に悪い。
「最後に、九条雅君!」
『沈黙のミステリアス・ツンデレ執事』
「基本、無口。何を考えているか分からないミステリアスな魅力。でも、ふとした瞬間に野良猫に向けるような優しい眼差しを見せるのよ。そしてたまに呟く一言がとんでもなく破壊力のあるツンデレ! 『……別に、お前のために淹れたわけじゃない。……口に合えばいいが』みたいな!」
その完璧な分析に、雅本人は顔を真っ赤にして机に突っ伏してしまった。
「…………殺す」
小さな声で呟かれた物騒な言葉は、クラスの熱狂にかき消されていった。
こうして、四人の執事たちの完璧なキャラクター設定が次々と生み出されていく。その光景はもはや文化祭の準備というよりは、何かの巨大な創作活動のようだった。
一通りコンセプトが決まり、教室の熱気が少しだけ落ち着いた頃、プロデューサーの彼女がふと俺の方を向いた。
「ねえ、相葉君」
「え、俺?」
「あなた、調理担当よね?」
「ああ、そうだけど」
「決めたわ!」
彼女は再び何かを閃いたように目を輝かせた。
「あなたはただの調理担当じゃないわ! 四人の執事たちを陰で支える、謎多き『厨房の主(マスター)』よ!」
「はあ!?」
とんでもない二つ名を付けられ、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。
だが、彼女の暴走は止まらない。
「そして、たまにホールに出てきては疲れた執事たちのためにまかないを作ってあげるの! その時だけ執事たちは本当の自分を取り戻して、あなたにだけ甘えるのよ!」
その言葉に、玲、葵、湊、雅の四人がぴくりと反応した。
「それ、いいな!」
「さんせー!」
「僕、せんぱいのまかない、毎日食べたいです!」
「……悪くない」
俺の意思とは無関係に、話はとんでもない方向へと進んでいく。
「そして最終日! 最終日のラストオーダーだけ、お客様はたった一人! それは、祐樹、あなたよ!」
プロデューサーがびしっと俺を指さした。
「四人の執事たちがあなたのためだけに最高のサービスを提供するの! あなたを『ご主人様』として、全力でおもてなしするのよ!」
その提案に、教室は今日一番の熱狂に包まれた。
「最高かよ!」
「それ、絶対見たい!」
俺はもう何も言えなかった。
俺が客? 俺がご主人様?
四人の完璧にキャラ設定されたイケメン執事たちに傅かれる?
想像しただけで顔から火が出そうだった。
「というわけで、決定ね!」
プロデュー-サーが満足そうにパンと手を叩いた。
こうして、俺たちの執事喫茶のコンセプトは俺を巻き込む形で、完璧に、そして少しだけ危険な方向に固まった。
放課後。興奮冷めやらぬ教室で俺は一人、頭を抱えていた。
すると玲が俺の隣にやってきて、悪戯っぽく微笑んだ。
「……楽しみね、祐樹。『ご主人様』」
その言葉に俺は顔を真っ赤にして、彼女から視線を逸らすことしかできなかった。
文化祭本番が恐ろしくて、そして少しだけ楽しみになってきてしまった自分がいることに、俺は気づかないフリをした。
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