この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第63話 【準備①】衣装合わせ

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執事喫茶のコンセプトが固まり、俺たちの文化祭準備は次のステップへと進んだ。それは店の顔ともいえる、執事服の制作だった。
「衣装は中途半端なものじゃダメよ! 生徒たちの夢を壊すわけにはいかないもの!」
例のプロデューサー女子(もはやクラスの総監督だ)の鶴の一声で、衣装はレンタルや既製品ではなく、オーダーメイドで一から作ることが決定した。幸い、クラスには服飾デザインを趣味とする生徒が何人かおり、彼女たちを中心に本格的な衣装制作チームが結成された。

そして数日後。デザイン画が完成し、いよいよ採寸の日がやってきた。
放課後の教室は、メジャーを手にした衣装係の生徒たちと、少しだけ緊張した面持ちの執事役の四人で独特な熱気に包まれている。

「じゃあ、まずは橘先輩からお願いします!」
最初に呼ばれたのは玲だった。彼女は少しだけ気恥ずかしそうにしながらも、堂々とした態度で教壇の前に立つ。
衣装係の生徒が、慣れた手つきでメジャーを彼女の身体に当てていく。肩幅、腕の長さ、ウエスト。次々とサイズが測られ記録されていく。

「うわ……橘先輩、スタイル良すぎ……」
「ウエスト、細っ!」
「足、長すぎでしょ……同じ人間かよ……」
周りで見守っていたクラスメイトたちから感嘆のため息が漏れる。玲は、その完璧なプロポーションで早くもクラスの女子(男装)たちの心を鷲掴みにしていた。

次に呼ばれたのは葵だった。
「よっしゃ、任せとけ!」
彼女は元気よく返事をすると、その場でユニフォームの上着をばさりと脱ぎ捨てTシャツ一枚になった。スポーツで鍛え上げられた、しなやかで引き締まった身体のラインが露わになる。
「うおっ、五十嵐、すげえ筋肉……!」
「腹筋、割れてんじゃん!」
男子生徒(女子)たちから羨望の眼差しが向けられる。葵は得意げに力こぶを作って見せた。
採寸中、彼女は時折俺の方をちらりと見ては、ニカッと悪戯っぽく笑う。その視線が「俺の身体、どうだ?」と語りかけているようで、俺はなんだか落ち着かなかった。

続いて湊。
「はーい、お願いしまーす」
彼はぴょこんと可愛らしくお辞儀をすると、採寸台の上に立った。小柄で華奢な身体つきは、他の三人と比べるとまだ少年っぽさが残っている。
「篠宮君、可愛いー!」
「守ってあげたくなる……!」
上級生の女子(男装)たちから、母性本能をくすぐられたような声が上がる。湊はそんな声援に、計算され尽くしたあざとい笑顔で応えていた。だが、その視線はずっと俺だけを捉えて離さなかった。

最後に雅の番が来た。
彼女は心底面倒くさそうに、しかし観念したようにゆっくりと立ち上がった。
「……早く終わらせろ」
ぶっきらぼうにそう言って採寸台に立つ。彼女も葵と同じように、上着を脱いでシャツ一枚になった。その瞬間、教室の空気が一瞬だけ息をのんだ。

細い。だが、ただ細いだけではない。無駄な肉が一切ない、研ぎ澄まされた刃物のような身体。それでいて、ウエストのラインは驚くほどしなやかで女性的な曲線美を描いている。クールな表情とそのアンバランスな身体つきが、見る者を惹きつけて離さないミステリアスな色気を醸し出していた。
「……九条君、やば……」
「なんか、エロい……」
誰かがぽつりとそう呟いた。その言葉に、雅は鋭い視線でその生徒を睨みつけたが、彼女の耳はほんのりと赤く染まっていた。

四者四様の圧倒的な魅力。
俺は調理担当として、その光景を少し離れた場所から眺めていた。彼女たちがクラスの中心で輝いている。その事実が誇らしくて、そして少しだけ寂しいような複雑な気持ちだった。
俺だけが彼女たちの本当の姿を知っている。この輝きが、男装という仮初めのものだということを。

採寸が終わり、衣装制作が本格的に始まってから約二週間後。
ついに、完成した執事服のお披露目の日がやってきた。

放課後の教室。試着室代わりにされた準備室から、一人、また一人と完成したばかりの執事服に身を包んだ彼女たちが姿を現した。
最初に現れたのは葵だった。
「どうだ、祐樹! 似合ってるか?」
黒の燕尾服に白いシャツとベスト。そのクラシカルな出で立ちは、普段の快活な彼女に驚くほどの色気と精悍さを与えていた。少し短めのジャケットが彼女のスタイルの良さを際立たせている。太陽のような笑顔はそのままに、どこか頼りがいのある大人の男の雰囲気をまとっていた。
教室中から、「うおおお!」という歓声が上がる。

次に、湊がぴょこんと顔を出した。
「せんぱい♪ 僕の執事姿、一番乗りで見てくださいね」
彼の執事服は、ベストの代わりに可愛らしい蝶ネクタイとサスペンダーという少しアレンジされたデザインだった。それが彼の持つ弟キャラの魅力を最大限に引き立てている。小柄な身体で、少し大きめのジャケットの袖を萌え袖のようにして見せるその姿は、計算され尽くした「あざと可愛い」の化身だった。上級生たちから「可愛いー!」という悲鳴が上がった。

続いて、静かに姿を現したのは雅だった。
彼女は黒一色の、無駄な装飾が一切ないストイックなデザインの執事服を着こなしていた。銀色のカフスボタンだけが唯一のアクセントとして鈍い光を放っている。その姿は、まるで影の王に仕えるミステリアスな側近のようだ。切れ長の瞳と相まって、近寄りがたい、しかし目が離せない危険な色気を放っていた。教室は水を打ったように静まり返り、誰もが彼女の美しさに息をのんでいた。

そして、最後に。
準備室のドアがゆっくりと開かれ、玲が姿を現した。
その瞬間、教室にいた全員が言葉を失った。

完璧だった。
非の打ち所がないとは、まさにこのことだろう。
寸分の狂いもなく身体にフィットした漆黒の燕尾服。純白のベストと、首元できっちりと結ばれたアスコ-ットタイ。銀色の髪は一筋の乱れもなく整えられ、その紫色の瞳は絶対零度の宝石のように静かな輝きを放っている。
それは、もはや執事などという次元ではなかった。
物語の中から抜け出してきた本物の王子様。その気品と圧倒的なまでの存在感に、誰もがひれ伏しそうになるほどのオーラを放っていた。

「……どうかしら、祐樹」
玲は他の誰でもなく、俺の目の前にゆっくりと歩み寄ってきた。そして俺だけを見つめて、小さく問いかける。
「……似合って、いるかしら」
その声には、ほんのわずかな不安と確かな期待が込められていた。

俺はなんと答えていいか分からなかった。
かっこいいとか、似合ってるとか、そんなありきたりな言葉ではこの衝撃を到底表現できない。
葵の太陽のような輝き。
湊の心をかき乱す可愛らしさ。
雅の危険でミステリアスな美しさ。
そして、玲の全てを支配するような完璧なまでの王子様の姿。

男装した彼女たちの、最高に輝く姿。
その美しさに、俺はただ言葉を失い、立ち尽くすことしかできなかった。
クラスの女子(男装)たちが熱狂的な歓声を上げている。その熱狂の輪の中心で、彼女たちは少しだけ照れくさそうに、しかし誇らしげに立っていた。

俺は調理担当というステージの外側から、この光景を眺めている。
彼女たちの輝きが眩しくて、少しだけ胸が痛んだ。
この輝きが、男装といういつかは終わる魔法の上に成り立っていることを知っているのは、俺だけなのだから。

「……ああ」
俺はようやく声を絞り出した。そして、四人の顔を一人一人見渡しながら心からの言葉を告げる。
「最高だよ。お前たちなら、絶対に最高の執事喫茶ができる」

俺のその一言に、四人はそれぞれのやり方で最高の笑顔を見せてくれた。
文化祭本番まで、あと二週間。
伝説となるであろう執事喫-茶の完璧な主役たちが、今、ここに誕生したのだった。
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