この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第64話 【準備②】接客練習で大混乱

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完璧な執事服が完成し、俺たちのクラスの士気は最高潮に達していた。店の内装準備も着々と進み、教室は日に日に本格的な喫茶店の様相を呈してきている。そしていよいよ準備は最終段階、ホールを担当する執事役の四人による『接客練習』へと移行した。

「いいこと、みんな! 執事たるもの、お客様を完璧にもてなす心と技術が必要よ! 今日は、その基礎をみっちり叩き込むわ!」
プロデューサー女子が教壇の前で腕を組み、仁王立ちになって檄を飛ばす。その手にはどこから持ってきたのか、竹刀が握られていた。もはやただの高校生ではない。

そして練習台としてお客様役に指名されたのは、もちろん俺だった。
「相葉君! あなたには世界一厳しくて、世界一わがままなお客様になりきってもらうわ! 少しでも接客に不備があったら、遠慮なく指摘してちょうだい!」
「え、ええええ!?」
とんでもない大役を押し付けられ、俺は悲鳴を上げた。だが、クラスの全員からの期待に満ちた(そして面白そうなものが見れるという好奇心に満ちた)眼差しを向けられては、断ることなどできなかった。

俺は教卓の前に用意されたお客様用の席に座らされた。目の前には燕尾服に身を包んだ四人のイケメン執事が、緊張した面持ちで直立不動の姿勢で並んでいる。その光景はあまりにも非現実的で、心臓が早鐘を打ち始めた。

「では、始め!」
プロデューサーの号令と共に、接客練習の幕が切って落とされた。
一番手は葵だった。彼女は深呼吸を一つすると、太陽のような営業スマイルを浮かべて俺の席へと歩み寄ってきた。

「お、お帰りなさいませ! ご主人様!」
少しだけぎこちないが、元気の良い声だった。
「本日、ご主人様を担当させていただきます、葵と申します! どうぞ、よろしくお願いいたします!」
彼女は練習通り、優雅にお辞儀をしようとした。だが、その勢いが良すぎたのか頭を下げた瞬間、近くにあった水の入ったコップに頭をぶつけてしまう。
ガシャン!という音と共に、水がテーブルの上に派手にぶちまけられた。

「わわわっ! す、すみません、ご主人様!」
葵は顔を真っ赤にして大慌てでテーブルを拭き始める。そのドジっ子っぷりに、教室中から笑いが起こった。
「……葵。わんこ系執事のコンセプトはいいけど、これはただの犬よ」
プロデューサーが竹刀で床を叩きながら冷静にダメ出しをする。葵は「うう……」と本気でへこんでいた。

二番手は湊。
彼は完璧な笑みを浮かべて、俺の隣にすっと跪いた。そして俺の手を、両手で優しく包み込む。
「お帰りなさいませ、ご主人様。……ずっと、お会いしたかったです」
その甘い囁きと上目遣いの流し目に、俺の心臓は一瞬で跳ね上がった。教室の女子(男装)たちから「きゃーっ!」という黄色い悲鳴が上がる。
「ご注文は、お決まりですか? それとも……僕、にしますか?」
その小悪魔的なセリフに、俺は完全にノックアウト寸前だった。だが、プロデューサーからの「篠宮君、素晴らしいわ! でも少しあざとすぎるから、初見のお客様にはもう少し控えめに!」という的確な指示が飛ぶ。湊は「ちぇっ」と小さく舌打ちをした。

三番手は雅。
彼女は無言のまま、ゆっくりと俺の席に近づいてきた。その表情は硬く、何を考えているか全く読めない。
「…………」
「…………」
重い沈黙が流れる。彼女はただ俺の前に立つだけで、一言も発しようとしない。
「く、九条君! 何か喋って!」
プロデューサーが痺れを切らして叫ぶ。
すると、雅はぼそりと小さな声で呟いた。
「……何にするか、早く決めろ」
そのあまりにも塩対応すぎる接客に、教室は爆笑の渦に包まれた。
「ツンデレ執事っていうのは、そういうことじゃないのよ!」
プロデューサーの叫び声に、雅は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

そして最後は、大本命の玲だった。
彼女はこれまでの三人の失敗を冷静に分析していたのだろう。その足取りには一切の迷いがない。
彼女は俺の席の少し手前で立ち止まると、完璧な角度で優雅に一礼した。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
その声、その所作、全てが完璧だった。教室の誰もが息をのんで彼女の動きに見入っている。

「本日、あなた様のお側にいられる幸運にあずかりました、執事の玲と申します」
彼女は俺の隣に立つと、メニュー表をそっとテーブルの上に置いた。その指先まで神経が行き届いている。
「何かお飲み物はいかがでしょうか。あなた様の青い瞳に映える、美しいハーブティーなどご用意できますが」
「あ、ああ……じゃあ、それを」
俺は完全に彼女の世界観に引き込まれていた。

「かしこまりました」
玲はそう言って優雅に微笑んだ。そして俺にだけ聞こえるような小さな声で、耳元で囁いた。
「……今夜は、あなたを寝かせませんよ。ご主人様」

「ぶっはぁっ!」
俺は飲んでもいないハーブティーを、盛大に噴き出しそうになった。
な、なんだ、今のセリフは!?
俺が狼狽えていると、玲は悪戯っぽくふふっと笑った。彼女は完璧な接客の中に、俺をからかうための甘い罠を巧みに仕掛けてきたのだ。
プロデューサーは俺たちのやり取りには気づかず、「素晴らしいわ、橘君! 文句なしの満点よ!」と手放しで絶賛している。

こうして、接客練習の初日は大混乱のうちに幕を閉じた。
葵のドジ、湊のあざとさ、雅の塩対応、そして玲の完璧すぎる(そして甘すぎる)接客。
四者四様の個性が爆発したこの練習は、彼女たちの魅力を再確認させると同時に、俺の心臓に多大な負荷をかける甘くて危険な時間となった。
文化祭本番、俺は果たして正気でいられるのだろうか。俺は今からそのことが心配でならなかった。
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