この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第67話 【準備⑤】湊のデザイン

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葵とのメニュー開発が進む中、執事喫茶のもう一つの重要な要素である『空間デザイン』の準備も着々と進行していた。店の内装、ポスター、そしてお客様の心を掴むメニュー表。その全てを、たった一人で担当している人物がいた。篠宮湊だ。

彼のデザインセンスはもはや高校生のレベルを遥かに超えていた。PCルームの大型プリンターから次々と出力されるデザイン案は、どれもプロ顔負けのクオリティ。クラシカルで高級感のある内装イメージ、四人の執事の魅力を最大限に引き出した美麗なポスター、そして思わず全種類頼みたくなってしまうような可愛くて洗練されたメニュー表のデザイン。
クラスの誰もが彼の才能に舌を巻いていた。

「どうですか、せんぱい! 僕がデザインしたメニュー表です!」
湊は完成したばかりのメニュー表のサンプルを、誇らしげに俺に見せてきた。ラミネート加工されたそれは、まるで高級レストランで使われているかのようなしっかりとした作りだ。
「すごいな、篠宮。本当に、お前が一人で作ったのか?」
「もちろんです! せんぱいの愛情たっぷりオムライスを一番魅力的に見せるために、三日も徹夜しちゃいました」
そう言って彼はへにゃりと笑った。その目の下にはうっすらとだが、確かに隈ができている。

彼は完璧主義者なのだ。一度やると決めたら一切の妥協を許さない。そのプロ意識の高さはハッキングだけでなく、こういうクリエイティブな作業にも遺憾なく発揮されるらしかった。

その日の夜。俺はいつものように夜食の材料を手に、家庭科室へと向かっていた。葵だけでなく、最近は練習を終えた玲や雅も俺のまかないを当てにしてここに集まるようになっていたのだ。
家庭科室の隣にある被服室のドアが、少しだけ開いていることに気づいた。そしてその隙間から、ミシンの軽快な音が聞こえてくる。
(こんな時間に、誰だろう?)
俺がそっと中を覗くと、そこにはミシンに向かって真剣な表情で作業をする湊の姿があった。

彼の周りには色とりどりの布やリボン、レースなどが散乱している。彼が作っているのは喫茶店で使うテーブルクロスや、椅子の装飾用のリボンのようだった。
「……篠宮?」
俺が声をかけると、彼の肩がびくりと跳ねた。
「せ、せんぱい!? どうしてここに……」
その顔は明らかに寝不足で青白い。
「お前こそ、何やってるんだ。デザインだけじゃなくて裁縫までやってるのか?」
「……衣装係の子たちが大変そうだったから。僕、手先は器用な方なので少しだけお手伝いを……」
彼はそう言ってはにかんだ。だが、その手元にある布の山は「少しだけ」というレベルを遥かに超えている。彼は自分の仕事を完璧にこなした上で、他のメンバーの仕事まで人知れず手伝っていたのだ。

「……お前、本当に無茶するな」
俺は呆れたように、しかし心の底から感心して深いため息をついた。そして持っていた夜食の材料を、被服室の机の上に置く。
「ちょっと待ってろ。今、なんか温かいもん作ってきてやるから」
「え、でも……」
「いいから。ここで待ってろ」

俺は家庭科室で手早く夜鳴きそばを作ると、それを持って被服室へと戻った。湯気の立つどんぶりを差し出すと、湊は驚いたように目を丸くした。
「……僕のために?」
「当たり前だろ。一番頑張ってるやつを労うのは当然だ」
俺がそう言うと、湊はしばらくの間何も言わずに、どんぶりと俺の顔を交互に見つめていた。そしてその大きな瞳から、ぽろり、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。

「え、お、おい!? どうしたんだよ!」
突然泣き出した彼女に、俺は完全に狼狽えた。
「……う、うれしくて……」
彼女はしゃくり上げながら、途切れ途切れに言った。
「僕……今まで、ずっと一人で……こういうのやってきたから……」
彼女の才能はあまりにも突出していた。それ故に、周りから理解されずいつも一人で全てを抱え込んできたのだろう。誰かに褒められることも労われることもなく。

「誰かが……頑張ってるねって、見ててくれたの……せんぱいが初めて……です……っ」
その言葉に、俺は胸を締め付けられた。いつもは小悪魔的な余裕を浮かべている彼女が、今、俺の前で年相応のか弱い女の子の顔を見せている。
俺は何も言わずに彼女の隣に座った。そして、その小さな頭を自分の肩にこてんと預けさせた。
「……よしよし。頑張ったな、湊」
俺がそのふわふわした髪を優しく撫でてやると、彼女は子供のように声を上げて泣きじゃくった。

しばらくして、泣き疲れたのか彼女のしゃくり上げる声は次第に小さな寝息へと変わっていった。俺の肩に確かな重みと温かさが伝わってくる。
俺は彼女が起きるまで、動かずにいようと決めた。
静かな被服室。ミシンの音は止み、窓の外の月明かりだけが俺たち二人を優しく照らしている。

彼女の寝顔を見ながら、俺は思った。
俺は特別なことは何もできない。ただ彼女たちの頑張りを見て、その隣にいてやることしかできない。
でも、もしかしたらそれこそが彼女たちにとって一番必要なことなのかもしれない。

夜が更け、俺たちはそのまま二人で朝まで語り明かした。
彼女がハッキングを覚えた理由。孤独だった子供時代。そして、この学園に来て初めてできた「仲間」への想い。
俺はただ黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。
この夜、俺たちの絆はただの先輩と後輩から、互いの痛みを分かち合える、もっと深くて特別なものへと変わっていったのだった。
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