67 / 100
第67話 【準備⑤】湊のデザイン
しおりを挟む
葵とのメニュー開発が進む中、執事喫茶のもう一つの重要な要素である『空間デザイン』の準備も着々と進行していた。店の内装、ポスター、そしてお客様の心を掴むメニュー表。その全てを、たった一人で担当している人物がいた。篠宮湊だ。
彼のデザインセンスはもはや高校生のレベルを遥かに超えていた。PCルームの大型プリンターから次々と出力されるデザイン案は、どれもプロ顔負けのクオリティ。クラシカルで高級感のある内装イメージ、四人の執事の魅力を最大限に引き出した美麗なポスター、そして思わず全種類頼みたくなってしまうような可愛くて洗練されたメニュー表のデザイン。
クラスの誰もが彼の才能に舌を巻いていた。
「どうですか、せんぱい! 僕がデザインしたメニュー表です!」
湊は完成したばかりのメニュー表のサンプルを、誇らしげに俺に見せてきた。ラミネート加工されたそれは、まるで高級レストランで使われているかのようなしっかりとした作りだ。
「すごいな、篠宮。本当に、お前が一人で作ったのか?」
「もちろんです! せんぱいの愛情たっぷりオムライスを一番魅力的に見せるために、三日も徹夜しちゃいました」
そう言って彼はへにゃりと笑った。その目の下にはうっすらとだが、確かに隈ができている。
彼は完璧主義者なのだ。一度やると決めたら一切の妥協を許さない。そのプロ意識の高さはハッキングだけでなく、こういうクリエイティブな作業にも遺憾なく発揮されるらしかった。
その日の夜。俺はいつものように夜食の材料を手に、家庭科室へと向かっていた。葵だけでなく、最近は練習を終えた玲や雅も俺のまかないを当てにしてここに集まるようになっていたのだ。
家庭科室の隣にある被服室のドアが、少しだけ開いていることに気づいた。そしてその隙間から、ミシンの軽快な音が聞こえてくる。
(こんな時間に、誰だろう?)
俺がそっと中を覗くと、そこにはミシンに向かって真剣な表情で作業をする湊の姿があった。
彼の周りには色とりどりの布やリボン、レースなどが散乱している。彼が作っているのは喫茶店で使うテーブルクロスや、椅子の装飾用のリボンのようだった。
「……篠宮?」
俺が声をかけると、彼の肩がびくりと跳ねた。
「せ、せんぱい!? どうしてここに……」
その顔は明らかに寝不足で青白い。
「お前こそ、何やってるんだ。デザインだけじゃなくて裁縫までやってるのか?」
「……衣装係の子たちが大変そうだったから。僕、手先は器用な方なので少しだけお手伝いを……」
彼はそう言ってはにかんだ。だが、その手元にある布の山は「少しだけ」というレベルを遥かに超えている。彼は自分の仕事を完璧にこなした上で、他のメンバーの仕事まで人知れず手伝っていたのだ。
「……お前、本当に無茶するな」
俺は呆れたように、しかし心の底から感心して深いため息をついた。そして持っていた夜食の材料を、被服室の机の上に置く。
「ちょっと待ってろ。今、なんか温かいもん作ってきてやるから」
「え、でも……」
「いいから。ここで待ってろ」
俺は家庭科室で手早く夜鳴きそばを作ると、それを持って被服室へと戻った。湯気の立つどんぶりを差し出すと、湊は驚いたように目を丸くした。
「……僕のために?」
「当たり前だろ。一番頑張ってるやつを労うのは当然だ」
俺がそう言うと、湊はしばらくの間何も言わずに、どんぶりと俺の顔を交互に見つめていた。そしてその大きな瞳から、ぽろり、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「え、お、おい!? どうしたんだよ!」
突然泣き出した彼女に、俺は完全に狼狽えた。
「……う、うれしくて……」
彼女はしゃくり上げながら、途切れ途切れに言った。
「僕……今まで、ずっと一人で……こういうのやってきたから……」
彼女の才能はあまりにも突出していた。それ故に、周りから理解されずいつも一人で全てを抱え込んできたのだろう。誰かに褒められることも労われることもなく。
「誰かが……頑張ってるねって、見ててくれたの……せんぱいが初めて……です……っ」
その言葉に、俺は胸を締め付けられた。いつもは小悪魔的な余裕を浮かべている彼女が、今、俺の前で年相応のか弱い女の子の顔を見せている。
俺は何も言わずに彼女の隣に座った。そして、その小さな頭を自分の肩にこてんと預けさせた。
「……よしよし。頑張ったな、湊」
俺がそのふわふわした髪を優しく撫でてやると、彼女は子供のように声を上げて泣きじゃくった。
しばらくして、泣き疲れたのか彼女のしゃくり上げる声は次第に小さな寝息へと変わっていった。俺の肩に確かな重みと温かさが伝わってくる。
俺は彼女が起きるまで、動かずにいようと決めた。
静かな被服室。ミシンの音は止み、窓の外の月明かりだけが俺たち二人を優しく照らしている。
彼女の寝顔を見ながら、俺は思った。
俺は特別なことは何もできない。ただ彼女たちの頑張りを見て、その隣にいてやることしかできない。
でも、もしかしたらそれこそが彼女たちにとって一番必要なことなのかもしれない。
夜が更け、俺たちはそのまま二人で朝まで語り明かした。
彼女がハッキングを覚えた理由。孤独だった子供時代。そして、この学園に来て初めてできた「仲間」への想い。
俺はただ黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。
この夜、俺たちの絆はただの先輩と後輩から、互いの痛みを分かち合える、もっと深くて特別なものへと変わっていったのだった。
彼のデザインセンスはもはや高校生のレベルを遥かに超えていた。PCルームの大型プリンターから次々と出力されるデザイン案は、どれもプロ顔負けのクオリティ。クラシカルで高級感のある内装イメージ、四人の執事の魅力を最大限に引き出した美麗なポスター、そして思わず全種類頼みたくなってしまうような可愛くて洗練されたメニュー表のデザイン。
クラスの誰もが彼の才能に舌を巻いていた。
「どうですか、せんぱい! 僕がデザインしたメニュー表です!」
湊は完成したばかりのメニュー表のサンプルを、誇らしげに俺に見せてきた。ラミネート加工されたそれは、まるで高級レストランで使われているかのようなしっかりとした作りだ。
「すごいな、篠宮。本当に、お前が一人で作ったのか?」
「もちろんです! せんぱいの愛情たっぷりオムライスを一番魅力的に見せるために、三日も徹夜しちゃいました」
そう言って彼はへにゃりと笑った。その目の下にはうっすらとだが、確かに隈ができている。
彼は完璧主義者なのだ。一度やると決めたら一切の妥協を許さない。そのプロ意識の高さはハッキングだけでなく、こういうクリエイティブな作業にも遺憾なく発揮されるらしかった。
その日の夜。俺はいつものように夜食の材料を手に、家庭科室へと向かっていた。葵だけでなく、最近は練習を終えた玲や雅も俺のまかないを当てにしてここに集まるようになっていたのだ。
家庭科室の隣にある被服室のドアが、少しだけ開いていることに気づいた。そしてその隙間から、ミシンの軽快な音が聞こえてくる。
(こんな時間に、誰だろう?)
俺がそっと中を覗くと、そこにはミシンに向かって真剣な表情で作業をする湊の姿があった。
彼の周りには色とりどりの布やリボン、レースなどが散乱している。彼が作っているのは喫茶店で使うテーブルクロスや、椅子の装飾用のリボンのようだった。
「……篠宮?」
俺が声をかけると、彼の肩がびくりと跳ねた。
「せ、せんぱい!? どうしてここに……」
その顔は明らかに寝不足で青白い。
「お前こそ、何やってるんだ。デザインだけじゃなくて裁縫までやってるのか?」
「……衣装係の子たちが大変そうだったから。僕、手先は器用な方なので少しだけお手伝いを……」
彼はそう言ってはにかんだ。だが、その手元にある布の山は「少しだけ」というレベルを遥かに超えている。彼は自分の仕事を完璧にこなした上で、他のメンバーの仕事まで人知れず手伝っていたのだ。
「……お前、本当に無茶するな」
俺は呆れたように、しかし心の底から感心して深いため息をついた。そして持っていた夜食の材料を、被服室の机の上に置く。
「ちょっと待ってろ。今、なんか温かいもん作ってきてやるから」
「え、でも……」
「いいから。ここで待ってろ」
俺は家庭科室で手早く夜鳴きそばを作ると、それを持って被服室へと戻った。湯気の立つどんぶりを差し出すと、湊は驚いたように目を丸くした。
「……僕のために?」
「当たり前だろ。一番頑張ってるやつを労うのは当然だ」
俺がそう言うと、湊はしばらくの間何も言わずに、どんぶりと俺の顔を交互に見つめていた。そしてその大きな瞳から、ぽろり、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「え、お、おい!? どうしたんだよ!」
突然泣き出した彼女に、俺は完全に狼狽えた。
「……う、うれしくて……」
彼女はしゃくり上げながら、途切れ途切れに言った。
「僕……今まで、ずっと一人で……こういうのやってきたから……」
彼女の才能はあまりにも突出していた。それ故に、周りから理解されずいつも一人で全てを抱え込んできたのだろう。誰かに褒められることも労われることもなく。
「誰かが……頑張ってるねって、見ててくれたの……せんぱいが初めて……です……っ」
その言葉に、俺は胸を締め付けられた。いつもは小悪魔的な余裕を浮かべている彼女が、今、俺の前で年相応のか弱い女の子の顔を見せている。
俺は何も言わずに彼女の隣に座った。そして、その小さな頭を自分の肩にこてんと預けさせた。
「……よしよし。頑張ったな、湊」
俺がそのふわふわした髪を優しく撫でてやると、彼女は子供のように声を上げて泣きじゃくった。
しばらくして、泣き疲れたのか彼女のしゃくり上げる声は次第に小さな寝息へと変わっていった。俺の肩に確かな重みと温かさが伝わってくる。
俺は彼女が起きるまで、動かずにいようと決めた。
静かな被服室。ミシンの音は止み、窓の外の月明かりだけが俺たち二人を優しく照らしている。
彼女の寝顔を見ながら、俺は思った。
俺は特別なことは何もできない。ただ彼女たちの頑張りを見て、その隣にいてやることしかできない。
でも、もしかしたらそれこそが彼女たちにとって一番必要なことなのかもしれない。
夜が更け、俺たちはそのまま二人で朝まで語り明かした。
彼女がハッキングを覚えた理由。孤独だった子供時代。そして、この学園に来て初めてできた「仲間」への想い。
俺はただ黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。
この夜、俺たちの絆はただの先輩と後輩から、互いの痛みを分かち合える、もっと深くて特別なものへと変わっていったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた
夏見ナイ
恋愛
平凡な高校生、相沢優斗。彼の隣の席は『氷の女王』と噂のクールな銀髪美少女、雪城冬花。住む世界が違うと思っていたが、ある日彼女から「私はあなたの未来の妻です」と衝撃の告白を受ける。
その日から、学校では鉄壁の彼女が、二人きりになると「未来では当然です」と腕を組み、手作り弁当で「あーん」を迫る超絶甘々なデレモードに!
戸惑いながらも、彼女の献身的なアプローチに心惹かれていく優斗。これは未来で結ばれる運命の二人が、最高の未来を掴むため、最高の恋をする糖度MAXの青春ラブコメディ。
クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。
ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。
無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。
クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。
甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。
平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは──
学園一の美少女・黒瀬葵。
なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。
冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。
最初はただの勘違いだったはずの関係。
けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。
ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、
焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2026.2.22)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる