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第68話 【準備⑥】雅と買い出し
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文化祭の準備が佳境に入り、俺たちのクラスは日に日に一体感を増していた。執事服は完成し、メニューも決まり、内装のデザインも固まった。残るは実際に店を作り上げるための、細々とした備品の買い出しだけだ。
「よし、じゃあ買い出し係を決めるぞ! リストにあるものを全部揃えてきてほしい!」
プロデューサー女子が長い買い物リストを掲げて叫んだ。食器、テーブルクロス、装飾用の小物、そして俺が使う調理器具。その量はかなりのものだった。
「誰か、行ってくれるやついないかー?」
その声に、クラスの誰もが顔を見合わせる。練習や他の準備で、みんな手一杯なのだ。
俺が「じゃあ、俺が行ってくるよ」と手を挙げようとした、まさにその時だった。
「……私が行く」
静かな、しかしよく通る声がした。声の主は教室の隅で一人、窓の外を眺めていた雅だった。彼女が自ら雑用を買って出るなんて。クラス中が再び驚きに包まれた。
「お、おお、九条! 助かるぜ!」
その瞬間、俺は迷わず立ち上がっていた。
「じゃあ、俺も一緒に行くよ。二人の方が荷物運びも楽だろ」
俺がそう言うと、雅は一瞬だけ俺の方を見て、そしてすぐにぷいっと顔を背けた。
「……別に。一人で十分だ」
「まあまあ、そう言うなって。二人で行った方が楽しいだろ?」
俺がにっこりと笑いかけると、彼女は「……勝手にしろ」とだけ呟いた。その横顔が少しだけ赤く染まっているのを、俺は見逃さなかった。
こうして、俺と雅による二人だけの買い出しデート(?)が決定した。
俺たちは電車に乗って、隣町の大型ショッピングモールへと向かった。休日のモールは家族連れやカップルでごった返している。その人混みの中を、俺たちは少しだけ距離を置いて歩いていた。
「……まず、何から買うんだ」
雅がぶっきらぼうに尋ねてくる。
「そうだな。まずは俺が使う調理器具から見ていいか?」
「……好きにしろ」
相変わらずの塩対応。だが、俺はもう慣れたものだ。
キッチン用品売り場に着くと、俺はフライパンやボウル、泡立て器などをリストと照らし合わせながらカゴに入れていく。雅は、その間何も言わずに俺の後ろをついてきていた。だが、その視線は俺が商品を手に取るたびに、真剣にそれを見つめている。
「祐樹、そっちのフライパンの方が軽いみたいだぞ。お前、非力だからこっちの方がいいんじゃないか」
俺が悩んでいると、彼女がぼそりと的確なアドバイスをくれた。
「……本当だ。サンキュ、雅」
「……別に。お前のために言ったわけじゃない。効率が悪いのが気に食わないだけだ」
そのツンデレな優しさに、俺の口元は自然と緩んだ。
次に食器売り場へと向かう。
「紅茶用のティーカップは、やっぱり白が上品よね」
「いや、店の雰囲気に合わせて黒もシックでいいんじゃないか?」
ここでは珍しく俺たちの意見が分かれた。俺たちは白いカップと黒いカップをそれぞれ手に取り、うーん、と唸りながら見比べる。その姿は、まるで新婚生活の食器を選ぶ夫婦のようだったかもしれない。
「……じゃあ、両方買うか。お客様に好きな方を選んでもらうってのはどうだ?」
俺がそう提案すると、雅は「……悪くない」と少しだけ満足そうに頷いた。
買い出しは順調に進み、俺たちのショッピングカートはあっという間に備品の山でいっぱいになった。
レジで会計を済ませ、大量の買い物袋を両手にぶら下げる。その重さはかなりのものだった。
「……半分、持て」
雅が、俺が持っている袋の半分を無言で奪い取ろうとする。
「いや、いいって。雅は女の子なんだから俺が持つよ」
俺がごく自然にそう言った瞬間。
彼女の動きが、ぴたりと止まった。
「……え?」
「え?」
俺たちは顔を見合わせる。
しまった。俺は無意識のうちに彼女を「女の子」として扱ってしまったのだ。この学園では、それは最大のタブーのはずだった。
彼女は男として生きるためにここにいるのだから。
「……あ、いや、今のは……」
俺が慌てて言い訳をしようとすると、雅はふいっと顔を背けた。その顔は夕焼けのように真っ赤に染まっている。
「…………」
彼女は何も言わない。だが、その沈黙が何よりも雄弁に彼女の動揺を物語っていた。
重く、気まずい空気が流れる。俺は彼女を傷つけてしまったのかもしれない。
「……別に」
しばらくして、彼女がぽつりと呟いた。
「……それくらい、持てる」
そう言って彼女は俺からいくつかの袋を、少しだけ乱暴にひったくった。そして何も言わずに、さっさと前を歩き始めてしまう。
俺はその後ろ姿を慌てて追いかけた。
彼女は怒っているのだろうか。それとも……。
俺が彼女の隣に追いついた時。俺は見てしまった。
重い荷物を持ちながらも、その口元がほんの少しだけ嬉しそうに綻んでいるのを。
俺の何気ない一言。
それが、男として振る舞うことに疲れ、本当の自分を押し殺してきた彼女の心に、どうしようもなく響いてしまったのかもしれない。
女の子として扱われたい。そんな心の奥底に隠していた本当の願いを、俺が叶えてしまったのだから。
帰り道の電車の中。俺たちは隣に座りながらも、一言も話さなかった。
だが、その沈黙は少しも気まずくなかった。
重い買い物袋を二人で分け合って持つ。その確かな重みと、隣に座る彼女の微かな体温が、言葉以上に俺たちの心の距離を近づけてくれていた。
買い出しデート(?)は小さなハプニングと共に、俺たちの秘密のアルバムにまた一つ、甘酸っぱい思い出を刻み込んだのだった。
「よし、じゃあ買い出し係を決めるぞ! リストにあるものを全部揃えてきてほしい!」
プロデューサー女子が長い買い物リストを掲げて叫んだ。食器、テーブルクロス、装飾用の小物、そして俺が使う調理器具。その量はかなりのものだった。
「誰か、行ってくれるやついないかー?」
その声に、クラスの誰もが顔を見合わせる。練習や他の準備で、みんな手一杯なのだ。
俺が「じゃあ、俺が行ってくるよ」と手を挙げようとした、まさにその時だった。
「……私が行く」
静かな、しかしよく通る声がした。声の主は教室の隅で一人、窓の外を眺めていた雅だった。彼女が自ら雑用を買って出るなんて。クラス中が再び驚きに包まれた。
「お、おお、九条! 助かるぜ!」
その瞬間、俺は迷わず立ち上がっていた。
「じゃあ、俺も一緒に行くよ。二人の方が荷物運びも楽だろ」
俺がそう言うと、雅は一瞬だけ俺の方を見て、そしてすぐにぷいっと顔を背けた。
「……別に。一人で十分だ」
「まあまあ、そう言うなって。二人で行った方が楽しいだろ?」
俺がにっこりと笑いかけると、彼女は「……勝手にしろ」とだけ呟いた。その横顔が少しだけ赤く染まっているのを、俺は見逃さなかった。
こうして、俺と雅による二人だけの買い出しデート(?)が決定した。
俺たちは電車に乗って、隣町の大型ショッピングモールへと向かった。休日のモールは家族連れやカップルでごった返している。その人混みの中を、俺たちは少しだけ距離を置いて歩いていた。
「……まず、何から買うんだ」
雅がぶっきらぼうに尋ねてくる。
「そうだな。まずは俺が使う調理器具から見ていいか?」
「……好きにしろ」
相変わらずの塩対応。だが、俺はもう慣れたものだ。
キッチン用品売り場に着くと、俺はフライパンやボウル、泡立て器などをリストと照らし合わせながらカゴに入れていく。雅は、その間何も言わずに俺の後ろをついてきていた。だが、その視線は俺が商品を手に取るたびに、真剣にそれを見つめている。
「祐樹、そっちのフライパンの方が軽いみたいだぞ。お前、非力だからこっちの方がいいんじゃないか」
俺が悩んでいると、彼女がぼそりと的確なアドバイスをくれた。
「……本当だ。サンキュ、雅」
「……別に。お前のために言ったわけじゃない。効率が悪いのが気に食わないだけだ」
そのツンデレな優しさに、俺の口元は自然と緩んだ。
次に食器売り場へと向かう。
「紅茶用のティーカップは、やっぱり白が上品よね」
「いや、店の雰囲気に合わせて黒もシックでいいんじゃないか?」
ここでは珍しく俺たちの意見が分かれた。俺たちは白いカップと黒いカップをそれぞれ手に取り、うーん、と唸りながら見比べる。その姿は、まるで新婚生活の食器を選ぶ夫婦のようだったかもしれない。
「……じゃあ、両方買うか。お客様に好きな方を選んでもらうってのはどうだ?」
俺がそう提案すると、雅は「……悪くない」と少しだけ満足そうに頷いた。
買い出しは順調に進み、俺たちのショッピングカートはあっという間に備品の山でいっぱいになった。
レジで会計を済ませ、大量の買い物袋を両手にぶら下げる。その重さはかなりのものだった。
「……半分、持て」
雅が、俺が持っている袋の半分を無言で奪い取ろうとする。
「いや、いいって。雅は女の子なんだから俺が持つよ」
俺がごく自然にそう言った瞬間。
彼女の動きが、ぴたりと止まった。
「……え?」
「え?」
俺たちは顔を見合わせる。
しまった。俺は無意識のうちに彼女を「女の子」として扱ってしまったのだ。この学園では、それは最大のタブーのはずだった。
彼女は男として生きるためにここにいるのだから。
「……あ、いや、今のは……」
俺が慌てて言い訳をしようとすると、雅はふいっと顔を背けた。その顔は夕焼けのように真っ赤に染まっている。
「…………」
彼女は何も言わない。だが、その沈黙が何よりも雄弁に彼女の動揺を物語っていた。
重く、気まずい空気が流れる。俺は彼女を傷つけてしまったのかもしれない。
「……別に」
しばらくして、彼女がぽつりと呟いた。
「……それくらい、持てる」
そう言って彼女は俺からいくつかの袋を、少しだけ乱暴にひったくった。そして何も言わずに、さっさと前を歩き始めてしまう。
俺はその後ろ姿を慌てて追いかけた。
彼女は怒っているのだろうか。それとも……。
俺が彼女の隣に追いついた時。俺は見てしまった。
重い荷物を持ちながらも、その口元がほんの少しだけ嬉しそうに綻んでいるのを。
俺の何気ない一言。
それが、男として振る舞うことに疲れ、本当の自分を押し殺してきた彼女の心に、どうしようもなく響いてしまったのかもしれない。
女の子として扱われたい。そんな心の奥底に隠していた本当の願いを、俺が叶えてしまったのだから。
帰り道の電車の中。俺たちは隣に座りながらも、一言も話さなかった。
だが、その沈黙は少しも気まずくなかった。
重い買い物袋を二人で分け合って持つ。その確かな重みと、隣に座る彼女の微かな体温が、言葉以上に俺たちの心の距離を近づけてくれていた。
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