この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第70話 【文化祭前夜】嵐の前の静けさ

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雅の家の『迎え』の力は絶大だった。黒塗りの高級車はまるで映画のワンシーンのように、交通法規を完全に無視した(であろう)最短ルートを駆け抜け、俺たちを三十分もかからずにショッピングモールへと送り届けた。

「行くぞ!」
閉店間際の店内に、俺たちは嵐のように駆け込んだ。
「葵はカートを持ってきてくれ! 雅はリストを! 俺は食器売り場に走る!」
俺の的確な(と自分では思っている)指示に、二人は「おう!」「……分かった」と力強く応え、それぞれの持ち場へと散っていく。

そこからはまさに時間との戦いだった。
俺は記憶を頼りに、雅と一緒に選んだティーカップと皿を棚からありったけカゴに入れていく。葵は巨大なカートを押しながら、俺たちが選んだ食器を次々と回収していく。雅は冷静にリストと個数をチェックし、買い忘れがないかを確認する。
「スプーンが足りない!」
「こっちだ!」
「フォークはどこだ!?」
「あっちの棚だ!」
俺たちの連携は完璧だった。体育祭で培ったチームワークが、今、ここで最大限に発揮されている。

閉店を告げる蛍の光が流れる中、俺たちはなんとか全ての食器を買い揃え、レジへと滑り込んだ。湊が用意してくれた潤沢な資金(出所は聞かないでおこう)で会計を済ませ、俺たちは再び黒塗りの車に乗り込み学園へととんぼ返りした。

俺たちが大量の食器の入った袋を抱えて教室のドアを開けた時。
「「「おかえりーっ!」」」
クラスメイトたちの割れんばかりの歓声と拍手が、俺たちを迎えてくれた。
玲と湊も安堵の表情で駆け寄ってくる。
「……よく、やってくれたわね」
「信じてましたよ、せんぱいたち!」

絶望の淵から、奇跡の生還。
教室は再び文化祭前夜の熱気と興奮を取り戻していた。俺たちは買ってきた食器を急いで洗い、テーブルにセッティングしていく。
全ての準備が完璧に整った。

時計の針が深夜十二時を指そうとしていた。
全ての準備を終え、がらんとした教室には俺たち五人だけが残っていた。窓の外は静かな夜の闇に包まれている。さっきまでの喧騒が嘘のように、今は穏やかな時間が流れていた。

「……終わったな」
葵が満足げに息をつきながら、完成した店の中を見渡した。
アンティーク調のテーブルと椅子。深紅のテーブルクロスの上には、俺たちが命懸けで(?)買ってきた純白のティーカップが美しい光を放っている。壁には四人の執事のポスターが静かに微笑んでいた。

「……すごいな」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。
「ああ。俺たちの、店だ」
葵が誇らしげに言った。

俺はキッチンの冷蔵庫から、ペットボトルのジュースを五本取り出した。そして、それを一人一人に手渡していく。
「……乾杯、するか」
俺のその提案に、四人は少しだけ驚いたように顔を見合わせ、そしてすぐに柔らかく微笑んだ。

俺たちは教室の中央に集まった。
ペットボトルのキャップを開け、それを高く掲げる。
「「「「「乾杯!」」」」」
カツンとペットボトル同士がぶつかる、ささやかな音がした。俺たちは一斉にジュースを喉に流し込む。少しだけ気の抜けた炭酸が、疲れた身体に心地よく染み渡っていった。

「……色々、あったわね」
玲がしみじみと呟いた。
コンセプト会議での熱い議論。衣装合わせでのドキドキ。接客練習での大混乱。そして、ついさっきの絶望的な食器トラブル。
そのどれもが、今となってはキラキラと輝く思い出だ。

「明日、成功させような」
葵が力強く言った。
「ええ。絶対に」
玲が静かに頷く。
「僕たちの本気、見せてやりましょうよ」
湊が自信満々に笑う。
「……足を、引っ張るなよ」
雅が不器用な言葉で仲間を鼓舞する。

俺はそんな彼女たちの顔を、一人一人ゆっくりと見渡した。
ああ、なんて最高の仲間たちなんだろう。
この四人と一緒に、この場所で一つの目標に向かって心を一つにできる。その事実がたまらなく嬉しくて、誇らしかった。

「……明日、頑張ろうな」
俺がそう言うと、四人は今まで見たこともないくらい、最高の笑顔で一斉に頷いた。

文化祭前夜。
嵐のようなトラブルを乗り越え、俺たちの絆はより一層強く、固く結ばれた。
誰もいない教室で、ジュースだけで交わしたささやかな乾杯。それはどんな豪華な祝杯よりも、俺たちの心を満たしてくれる最高の誓いの儀式だった。

明日から始まる、最高の二日間。
その輝かしいステージを前にして、俺たちは静かな高揚感に包まれていた。
嵐の前の静けさ。
それは最高の物語の始まりを告げる、穏やかでそしてどこまでも優しい時間だった。
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