72 / 100
第72話 【本番②】バックヤードは秘密の場所
しおりを挟む執事喫茶『Royal Crown』は開店と同時に学園中の話題を独占した。店の前には常に長蛇の列ができ、廊下の向こうまでその列が続いている。ホールはイケメン執事たちに熱狂するお客様たちの黄色い声援で、常に飽和状態だった。
俺のいる厨房も戦場そのものだった。
「マスター! オムライス、三つ追加!」
「紅茶の茶葉、なくなりそうです!」
次から次へと舞い込んでくるオーダーに、俺は休む暇もなくフライパンを振り、紅茶を淹れ続けた。だがその忙しさは心地よい充実感に満ちていた。俺の作った料理が誰かを笑顔にしている。その事実が俺の身体を動かす何よりの燃料となっていた。
厨房とホールを繋ぐのは小さなカウンターと、その横にあるバックヤードへの扉だ。ホール係の生徒たちが慌ただしくその扉を出入りしている。
そして時折、接客の合間に一息つきに、四人の執事たちもその扉をくぐってバックヤードへとやってきた。
バックヤードは普段はただの教室の備品置き場だ。だが今日だけは特別な意味を持つ空間となっていた。
それは、彼らが、いや彼女たちが完璧な執事の仮面を脱ぎ捨て、ほんの少しだけ本当の自分に戻れる秘密の場所だった。
「はーっ! 疲れた! 笑顔作るのって意外と体力使うんだな!」
最初にバックヤードに駆け込んできたのは葵だった。彼女はホールでの太陽のような笑顔とは裏腹に、ぐったりとした様子で壁に寄りかかる。
「祐樹! なんか飲み物くれ! 喉カラカラだ!」
「はいはい。麦茶でいいか?」
「おう!」
俺が自分のために用意していた冷たい麦茶を渡すと、彼女はそれを一気に飲み干した。そして、ぷはーっと満足げな息をつく。
「生き返るー! やっぱ祐樹がいねえと俺はダメだな!」
そう言って彼女は俺の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。ホールでは決して見せない、気の置けないダチとしての素の姿だった。
次にふらりと入ってきたのは玲だった。
「……少し休憩させてもらうわ」
彼女はホールでの完璧な王子様のオーラを消し去り、疲れた顔で椅子に深く腰掛けた。そしてきつく結んでいたアスコットタイを少しだけ緩める。その仕草が妙に色っぽくて、俺はドキリとした。
「お疲れ、玲。すごい人気だな」
「……ええ。ありがたいことだけれど、少しだけ息が詰まるわね」
彼女はそう言って小さくため息をついた。
「……祐樹」
「ん?」
「……紅茶、淹れてくれる?」
彼女が俺にだけ見せる、甘えたような上目遣い。俺はその頼みに逆らえるはずもなかった。
「ああ。とびきり美味いやつな」
俺が淹れた紅茶を、彼女は幸せそうにゆっくりと味わっていた。その横顔は孤高のプリンスではなく、ただの俺に甘えたい一人の女の子の顔だった。
「せんぱーい! 大変ですー!」
ばたばたと駆け込んできたのは湊だ。
「お客様に連絡先をしつこく聞かれちゃって! 僕、せんぱい以外の連絡先なんて誰にも教えたくないのに!」
そう言って彼女は俺の腰にぎゅっと抱きついてきた。
「せんぱい、僕のことちゃんと守ってくださいね?」
その甘えた声と態度はホールで見せる計算され尽くした小悪魔キャラとは違う。ただ大好きな先輩に構ってほしい、純粋な甘えだった。
最後に静かに入ってきたのは雅だった。
彼女は何も言わずに厨房の隅で俺が作業しているのをじっと見つめている。
「どうした、雅? 疲れたか?」
俺が声をかけると彼女は小さく首を振った。
「……別に」
そして、ぼそりと呟く。
「……さっき、お前が作ったオムライス、お客様がすごく美味しそうに食べてた」
「そうか? それは良かった」
「……だから、その……なんだ」
彼女はしばらく言葉を探していたが、やがて小さな声で言った。
「……よくやったな」
その不器用すぎる労いの言葉。俺は思わず笑ってしまった。
「サンキュ、雅」
俺がそう言うと彼女はぷいっと顔を背けたが、その口元は確かに綻んでいた。
ホールでは完璧なイケメン執事としてお客様たちの夢を守る彼女たち。
だが、この狭いバックヤードでだけは彼女たちは年相応の普通の女の子に戻るのだ。
俺にだけ弱音を吐き、甘え、そして素直な気持ちを見せてくれる。
「マスター! そろそろ休憩終わりですよ!」
ホールから声がかかる。
「「「「はーい」」」」
彼女たちはまるで示し合わせたかのように同時に返事をした。そしてすっと表情を引き締め、再び完璧な執事の仮面を被る。
「じゃあ、行ってくるな、祐樹!」
「ええ。また後で」
「せんぱい、浮気しちゃダメですよ?」
「……行くぞ」
彼女たちはそれぞれのキャラクターに戻り、再び華やかな戦場へと戻っていった。
一人残されたバックヤード。
俺は彼女たちが残していった甘くて温かい空気の中で、再びフライパンを握りしめた。
この場所は俺と彼女たちだけの秘密のオアシス。
ホールで輝く彼女たちを支えるこの厨房の主(マスター)という役割が、俺は心の底から誇らしかった。
0
あなたにおすすめの小説
手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた
夏見ナイ
恋愛
平凡な高校生、相沢優斗。彼の隣の席は『氷の女王』と噂のクールな銀髪美少女、雪城冬花。住む世界が違うと思っていたが、ある日彼女から「私はあなたの未来の妻です」と衝撃の告白を受ける。
その日から、学校では鉄壁の彼女が、二人きりになると「未来では当然です」と腕を組み、手作り弁当で「あーん」を迫る超絶甘々なデレモードに!
戸惑いながらも、彼女の献身的なアプローチに心惹かれていく優斗。これは未来で結ばれる運命の二人が、最高の未来を掴むため、最高の恋をする糖度MAXの青春ラブコメディ。
クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
俺のクラスにいる月宮雫は、誰も寄せ付けないクールな美少女。そのミステリアスな雰囲気から『クラスで3番目に可愛い子』と呼ばれているが、いつも一人で、誰とも話さない。
ある放課後、俺は彼女が指先で言葉を紡ぐ――手話で話している姿を目撃してしまう。好奇心から手話を覚えた俺が、勇気を出して話しかけた瞬間、二人だけの秘密の世界が始まった。
無口でクール? とんでもない。本当の彼女は、よく笑い、よく拗ねる、最高に可愛いおしゃべりな女の子だったのだ。
クールな君の本当の姿と甘える仕草は、俺だけが知っている。これは、世界一甘くて尊い、静かな恋の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。
甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。
平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは──
学園一の美少女・黒瀬葵。
なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。
冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。
最初はただの勘違いだったはずの関係。
けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。
ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、
焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2026.2.22)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる