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第76話 【本番⑥】湊のハッキング
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玲の知的で甘美なティーアート、葵のパワフルでストレートなあーん攻撃。俺のためだけの特別サービスは、いつしか俺という名のトロフィーを巡る二人の女の壮絶なマウント合戦へと変貌していた。店内の客たちは、もはや出し物そっちのけで、この恋愛リアリティーショーの行く末を固唾をのんで見守っている。
「……ふん。葵先輩も、なかなかやりますね」
今まで俺の手を握りしめ、手相占い師のフリをしていた湊が静かに立ち上がった。その顔にはいつものあざとい笑顔ではなく、獲物を見つけた猫のような獰猛な笑みが浮かんでいる。
「でも、そんなフィジカルなアプローチだけじゃ、せんぱいの本当の心は掴めませんよ」
そう言うと、彼は俺の前に回り込み、深々と、しかしどこか挑発的に一礼した。
「ご主人様。紅茶とナポリタンだけでは、少し口寂しいのではございませんか?」
「え、あ、いや、もう十分……」
「ご謙遜なさらずに。僕が、この場をさらに盛り上げる最高の『スパイス』をご用意いたしました」
スパイス? デザートか何かだろうか。
俺が首を傾げていると、湊はポケットから何やら小さなリモコンのようなものを取り出した。そして、そのボタンを楽しそうにぽちりと押す。
その瞬間だった。
店のスピーカーから流れていた優雅なクラシック音楽が、ぷつりと途切れた。
そして、数秒の沈黙の後。
スピーカーから全く雰囲気の違う、アップテンポなロックミュージックが大音量で流れ始めたのだ。
『♪~~~っ!』
それは俺が夏休みの間、部屋でよく聴いていたお気に入りのインディーズバンドの曲だった。この学園では、おそらく俺くらいしか知らないであろうマイナーな曲だ。
「な、なんだこの曲!?」
「急に雰囲気が変わったぞ!」
突然のBGMの変化に、店内の客たちはざわめき始める。
「どうです、ご主人様?」
湊が俺の耳元で囁いた。
「あなた様の、お好きな曲でしょう?」
「し、篠宮……お前、まさか!」
「ええ。この店の音響システム、今この瞬間から僕が完全にジャックしました」
彼は悪びれる様子もなく、にこりと微笑む。
店のBGMを、俺の好きな曲のプレイリストにハッキングによって強制的に書き換えたのだ。
「玲先輩のティーアートも、葵先輩のナポリタンも、確かにお客様の目には映ります。でも、僕のこのプレゼントはここにいる誰にも気づかれず、せんぱいの心にだけ直接届くんです」
その言葉は静かだが、絶対的な自信に満ちていた。
「この空間は今、あなた様と僕だけのもの。……素敵でしょう?」
そのあまりにも狡猾で、あまりにもロマンチックな演出。
玲や葵のような物理的なアプローチとは全く違う。誰にも気づかれずに俺の心だけを的確に撃ち抜いてくる、天才ハッカーならではの究極の特別サービス。
俺は、もう完全に降参だった。
「……最高だよ、篠宮」
俺が感嘆のため息と共にかろうじてそう言うと、湊は「でしょ?」と心の底から嬉しそうに、そして誇らしげに微笑んだ。
「てめえ、湊! 何しやがった!」
「なんて卑怯な手を……!」
玲と葵は、自分たちのアピールが霞んでしまうような湊の鮮やかな一撃に、悔しそうに歯噛みしている。
だが、湊はそんな二人を気にも留めず、再び俺の手を取った。
「さあ、ご主人様。せっかくですから、もう一つプレゼントを」
そう言うと、彼は俺のスマホをどこからか取り出して見せた。
「え、俺のスマホ!?」
「ちょっとだけ、お借りしてました」
彼は慣れた手つきでスマホを操作すると、その画面を俺に見せてきた。
そこには、新しくインストールされた見慣れないアプリのアイコンが表示されている。
『Yuki & Minato Memory Album』
「これは?」
「僕とせんぱいの、二人だけの思い出を記録する秘密のアルバムアプリです。夏休みの、あの写真やこの写真、全部バックアップ済みですよ♪」
そう言って、彼は俺にだけ見えるように膝枕をされている自分の寝顔の写真をちらりと見せてきた。
「これから、もっともっと二人だけの秘密の思い出、増やしていきましょうね。……ご主人様」
その甘くて、少しだけ脅迫めいた囁き。
俺は、もう頷くことしかできなかった。
この小さな小悪魔は俺のプライベートも、この店のシステムも全てを掌握し、俺を自分の世界に引きずり込もうとしている。
玲の『For Yuki』ティーアート。
葵の『あーん』ナポリタン。
そして、湊の『BGMジャック』。
俺を巡る三つ巴の戦いはますます混沌とし、そして甘美な様相を呈していく。
俺は、お気に入りのロックミュージックが流れる店内で、次に一体何が起こるのか期待と恐怖に身を震わせるしかなかった。
「……ふん。葵先輩も、なかなかやりますね」
今まで俺の手を握りしめ、手相占い師のフリをしていた湊が静かに立ち上がった。その顔にはいつものあざとい笑顔ではなく、獲物を見つけた猫のような獰猛な笑みが浮かんでいる。
「でも、そんなフィジカルなアプローチだけじゃ、せんぱいの本当の心は掴めませんよ」
そう言うと、彼は俺の前に回り込み、深々と、しかしどこか挑発的に一礼した。
「ご主人様。紅茶とナポリタンだけでは、少し口寂しいのではございませんか?」
「え、あ、いや、もう十分……」
「ご謙遜なさらずに。僕が、この場をさらに盛り上げる最高の『スパイス』をご用意いたしました」
スパイス? デザートか何かだろうか。
俺が首を傾げていると、湊はポケットから何やら小さなリモコンのようなものを取り出した。そして、そのボタンを楽しそうにぽちりと押す。
その瞬間だった。
店のスピーカーから流れていた優雅なクラシック音楽が、ぷつりと途切れた。
そして、数秒の沈黙の後。
スピーカーから全く雰囲気の違う、アップテンポなロックミュージックが大音量で流れ始めたのだ。
『♪~~~っ!』
それは俺が夏休みの間、部屋でよく聴いていたお気に入りのインディーズバンドの曲だった。この学園では、おそらく俺くらいしか知らないであろうマイナーな曲だ。
「な、なんだこの曲!?」
「急に雰囲気が変わったぞ!」
突然のBGMの変化に、店内の客たちはざわめき始める。
「どうです、ご主人様?」
湊が俺の耳元で囁いた。
「あなた様の、お好きな曲でしょう?」
「し、篠宮……お前、まさか!」
「ええ。この店の音響システム、今この瞬間から僕が完全にジャックしました」
彼は悪びれる様子もなく、にこりと微笑む。
店のBGMを、俺の好きな曲のプレイリストにハッキングによって強制的に書き換えたのだ。
「玲先輩のティーアートも、葵先輩のナポリタンも、確かにお客様の目には映ります。でも、僕のこのプレゼントはここにいる誰にも気づかれず、せんぱいの心にだけ直接届くんです」
その言葉は静かだが、絶対的な自信に満ちていた。
「この空間は今、あなた様と僕だけのもの。……素敵でしょう?」
そのあまりにも狡猾で、あまりにもロマンチックな演出。
玲や葵のような物理的なアプローチとは全く違う。誰にも気づかれずに俺の心だけを的確に撃ち抜いてくる、天才ハッカーならではの究極の特別サービス。
俺は、もう完全に降参だった。
「……最高だよ、篠宮」
俺が感嘆のため息と共にかろうじてそう言うと、湊は「でしょ?」と心の底から嬉しそうに、そして誇らしげに微笑んだ。
「てめえ、湊! 何しやがった!」
「なんて卑怯な手を……!」
玲と葵は、自分たちのアピールが霞んでしまうような湊の鮮やかな一撃に、悔しそうに歯噛みしている。
だが、湊はそんな二人を気にも留めず、再び俺の手を取った。
「さあ、ご主人様。せっかくですから、もう一つプレゼントを」
そう言うと、彼は俺のスマホをどこからか取り出して見せた。
「え、俺のスマホ!?」
「ちょっとだけ、お借りしてました」
彼は慣れた手つきでスマホを操作すると、その画面を俺に見せてきた。
そこには、新しくインストールされた見慣れないアプリのアイコンが表示されている。
『Yuki & Minato Memory Album』
「これは?」
「僕とせんぱいの、二人だけの思い出を記録する秘密のアルバムアプリです。夏休みの、あの写真やこの写真、全部バックアップ済みですよ♪」
そう言って、彼は俺にだけ見えるように膝枕をされている自分の寝顔の写真をちらりと見せてきた。
「これから、もっともっと二人だけの秘密の思い出、増やしていきましょうね。……ご主人様」
その甘くて、少しだけ脅迫めいた囁き。
俺は、もう頷くことしかできなかった。
この小さな小悪魔は俺のプライベートも、この店のシステムも全てを掌握し、俺を自分の世界に引きずり込もうとしている。
玲の『For Yuki』ティーアート。
葵の『あーん』ナポリタン。
そして、湊の『BGMジャック』。
俺を巡る三つ巴の戦いはますます混沌とし、そして甘美な様相を呈していく。
俺は、お気に入りのロックミュージックが流れる店内で、次に一体何が起こるのか期待と恐怖に身を震わせるしかなかった。
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