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第77話 【本番⑦】雅の不器用なオムライス
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玲、葵、湊による三者三様のアピール合戦。その華やかで熾烈な戦いは、もはや俺一人のためのショーではなく、店全体を巻き込む一大エンターテイメントと化していた。俺は、その中心で嬉しい悲鳴を上げながら、ただ嵐が過ぎ去るのを待つことしかできない。
だが、俺は忘れていた。この場にはもう一人、静かなる刺客がいることを。
今まで俺の後ろで肩を揉む役に徹し、沈黙を守っていた九条雅。彼女は、三人の派手なパフォーマンスをどんな気持ちで見ていたのだろうか。
湊のBGMジャックによって店内が俺好みのロックミュージックで満たされている、その時だった。
「……おい」
低い、静かな声が俺の後ろから聞こえた。
雅だ。
「……腹、減ってないのか」
「え? ああ、まあ、ナポリタンも食べたし……」
「……そうか」
彼女はそれだけ言うと、俺の肩からそっと手を離した。そして、何も言わずに厨房の方へと歩いていく。その背中はどこか寂しげで、何かを決意したようにも見えた。
(どこへ行くんだろう?)
俺がその背中を不思議に思って見つめていると、彼女は厨房の入り口で俺の方を一度だけちらりと振り返った。そして、すぐに中へと消えていく。
それから、数分後。
ホールが、玲と葵と湊の次の手を固唾をのんで見守っている、その緊張感に満ちた空気の中。
雅が厨房から再び姿を現した。
その手には一つの皿が、大切そうに抱えられていた。
皿の上に乗っていたのは、俺たちの店の看板メニューであるはずの『ふわとろ卵の特製オムライス』だった。
だが、その見た目は俺が作るそれとは少しだけ違っていた。
卵は少しだけ焼きすぎているのか、所々が茶色く焦げ付いている。形も綺麗な紡錘形ではなく、少しだけいびつだ。そして、その上に描かれたケチャップの文字は、まるで子供が書いたかのように震えて歪んでいた。
彼女は他の三人を気にも留めず、まっすぐに俺のテーブルへとやってきた。そして、その皿を俺の目の前に、トンと少しだけ乱暴に置いた。
「……食え」
その声は、ぶっきらぼうだった。
「こ、これは……?」
俺が戸惑いながら尋ねると、彼女はぷいっと顔を背けた。
「……見て、分からんのか。オムライスだ」
「いや、それは分かるけど……お前が、作ったのか?」
「…………」
彼女は何も答えない。だが、その沈黙と真っ赤に染まった耳が、何よりも雄弁にその答えを物語っていた。
俺は、皿の上の歪んだケチャップの文字をもう一度よく見た。
小学生が書いたような拙い文字。
だが、そこには確かに彼女の精一杯の気持ちが込められていた。
『アリガト』
それはあの日、俺が風邪で倒れた時に彼女が俺の机に置いてくれた手作りクッキーに添えられていたのと同じ、不器用な感謝の言葉だった。
体育祭の騎馬戦でのことだろうか。それとも、もっと別の、俺が気づいていない何かに対しての感謝だろうか。
理由は分からない。だが、彼女が俺に何かを伝えたがっていることだけは痛いほど伝わってきた。
玲の洗練されたティーアート。
葵のパワフルな愛情表現。
湊の計算され尽くしたサプライズ。
それらは確かに華やかで、俺の心を揺さぶった。
だが、雅のこの不器用で拙くて、でも心のこもったたった一皿のオムライス。
それは、他の誰のどんなパフォーマンスよりも強く、深く、俺の心のど真ん中に突き刺さった。
俺はスプーンを手に取ると、そのいびつなオムライスを一口、ゆっくりと口に運んだ。
ケチャップライスの味は少しだけ薄い。卵は少しだけ硬い。
お世辞にも完璧なオムライスとは言えないかもしれない。
だが。
「……うまい」
俺の口から、自然とそんな言葉がこぼれていた。
「……すごく、うまいよ。雅」
俺のその言葉に、彼女の肩がびくりと大きく震えた。
彼女は顔を背けたまま何も言わない。だが、その拳がぎゅっときつく握りしめられているのを、俺は見逃さなかった。
玲も葵も湊も、この予想外の伏兵の登場に完全に意表を突かれていた。彼女たちは何も言えずに、ただ俺と雅の間の静かで、しかし誰にも入り込めない特別な空気を見つめているだけだった。
俺は周りの喧騒も忘れ、ただ夢中で彼女が作ってくれたオムライスを食べ進めた。
それはどんな高級レストランの料理よりも温かくて、優しくて、そして少しだけしょっぱい味がした。
雅からの不器用で、最高に心のこもったサプライズ。
それは、俺たちの特別サービスという名の戦いに最も静かで、しかし最も感動的な終止符を打ったのだった。
だが、俺は忘れていた。この場にはもう一人、静かなる刺客がいることを。
今まで俺の後ろで肩を揉む役に徹し、沈黙を守っていた九条雅。彼女は、三人の派手なパフォーマンスをどんな気持ちで見ていたのだろうか。
湊のBGMジャックによって店内が俺好みのロックミュージックで満たされている、その時だった。
「……おい」
低い、静かな声が俺の後ろから聞こえた。
雅だ。
「……腹、減ってないのか」
「え? ああ、まあ、ナポリタンも食べたし……」
「……そうか」
彼女はそれだけ言うと、俺の肩からそっと手を離した。そして、何も言わずに厨房の方へと歩いていく。その背中はどこか寂しげで、何かを決意したようにも見えた。
(どこへ行くんだろう?)
俺がその背中を不思議に思って見つめていると、彼女は厨房の入り口で俺の方を一度だけちらりと振り返った。そして、すぐに中へと消えていく。
それから、数分後。
ホールが、玲と葵と湊の次の手を固唾をのんで見守っている、その緊張感に満ちた空気の中。
雅が厨房から再び姿を現した。
その手には一つの皿が、大切そうに抱えられていた。
皿の上に乗っていたのは、俺たちの店の看板メニューであるはずの『ふわとろ卵の特製オムライス』だった。
だが、その見た目は俺が作るそれとは少しだけ違っていた。
卵は少しだけ焼きすぎているのか、所々が茶色く焦げ付いている。形も綺麗な紡錘形ではなく、少しだけいびつだ。そして、その上に描かれたケチャップの文字は、まるで子供が書いたかのように震えて歪んでいた。
彼女は他の三人を気にも留めず、まっすぐに俺のテーブルへとやってきた。そして、その皿を俺の目の前に、トンと少しだけ乱暴に置いた。
「……食え」
その声は、ぶっきらぼうだった。
「こ、これは……?」
俺が戸惑いながら尋ねると、彼女はぷいっと顔を背けた。
「……見て、分からんのか。オムライスだ」
「いや、それは分かるけど……お前が、作ったのか?」
「…………」
彼女は何も答えない。だが、その沈黙と真っ赤に染まった耳が、何よりも雄弁にその答えを物語っていた。
俺は、皿の上の歪んだケチャップの文字をもう一度よく見た。
小学生が書いたような拙い文字。
だが、そこには確かに彼女の精一杯の気持ちが込められていた。
『アリガト』
それはあの日、俺が風邪で倒れた時に彼女が俺の机に置いてくれた手作りクッキーに添えられていたのと同じ、不器用な感謝の言葉だった。
体育祭の騎馬戦でのことだろうか。それとも、もっと別の、俺が気づいていない何かに対しての感謝だろうか。
理由は分からない。だが、彼女が俺に何かを伝えたがっていることだけは痛いほど伝わってきた。
玲の洗練されたティーアート。
葵のパワフルな愛情表現。
湊の計算され尽くしたサプライズ。
それらは確かに華やかで、俺の心を揺さぶった。
だが、雅のこの不器用で拙くて、でも心のこもったたった一皿のオムライス。
それは、他の誰のどんなパフォーマンスよりも強く、深く、俺の心のど真ん中に突き刺さった。
俺はスプーンを手に取ると、そのいびつなオムライスを一口、ゆっくりと口に運んだ。
ケチャップライスの味は少しだけ薄い。卵は少しだけ硬い。
お世辞にも完璧なオムライスとは言えないかもしれない。
だが。
「……うまい」
俺の口から、自然とそんな言葉がこぼれていた。
「……すごく、うまいよ。雅」
俺のその言葉に、彼女の肩がびくりと大きく震えた。
彼女は顔を背けたまま何も言わない。だが、その拳がぎゅっときつく握りしめられているのを、俺は見逃さなかった。
玲も葵も湊も、この予想外の伏兵の登場に完全に意表を突かれていた。彼女たちは何も言えずに、ただ俺と雅の間の静かで、しかし誰にも入り込めない特別な空気を見つめているだけだった。
俺は周りの喧騒も忘れ、ただ夢中で彼女が作ってくれたオムライスを食べ進めた。
それはどんな高級レストランの料理よりも温かくて、優しくて、そして少しだけしょっぱい味がした。
雅からの不器用で、最高に心のこもったサプライズ。
それは、俺たちの特別サービスという名の戦いに最も静かで、しかし最も感動的な終止符を打ったのだった。
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