この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第80話 お化け屋敷で大絶叫

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湊とのVRお化け屋敷デートは、俺の予想を遥かに超える体験となった。最新技術を駆使したそれはもはや高校の文化祭レベルではない。プロが作ったとしか思えない、本格的なホラーアトラクションだった。

「きゃーっ! せんぱい、今何か足元を通りませんでした!?」
「気のせいだって!」
俺の腕にぎゅっとしがみつく湊は、完全に怖がっているように見える。だが、その瞳の奥が俺の反応を見て楽しそうに煌めいているのを、俺は見逃さなかった。彼女は、この状況を最大限に利用して俺とのスキンシップを楽しんでいるのだ。小悪魔め。

そんな湊の計算とは裏腹に、俺は本気でビビっていた。背後から聞こえる不気味な足音、突然目の前に現れる幽霊のCG、耳元で囁かれる怨念のこもった声。その全てが俺の恐怖心を容赦なく煽ってくる。

VRゴーグルを外した時、俺は完全に腰が抜けていた。
「……ははは。せんぱい、顔真っ青ですよ」
湊がけらけらと笑っている。
「うるさい……」
俺は情けない姿を見られた恥ずかしさで、彼女から顔を背けた。

そんな、ある意味で濃密な時間を過ごした後。俺は交代で休憩に入った玲と合流した。彼女とのデートの番だ。
「祐樹、顔色が悪いわよ。大丈夫?」
「ああ……ちょっと魂を吸い取られてきただけだ」
俺が力なく答えると、玲は不思議そうな顔をしていた。

「それで、どこへ行くの?」
「そうだな……あ、あそこはどうだ?」
俺が指さしたのは、一年生のクラスがやっている昔ながらの手作り感満載の『お化け屋敷』だった。VRお化け屋敷で精神を削られた俺にとって、これくらい牧歌的なものの方がちょうどいいリハビリになるだろう。それに、怖がる玲の可愛い姿も見れるかもしれない。そんなよこしまな考えも少しだけあった。

「……お化け屋敷?」
玲の顔が一瞬でこわばった。肝試し大会の時の、あの絶叫が脳裏をよぎる。
「だ、大丈夫だって! 一年生が作ったやつだから、きっと可愛いもんだよ!」
俺は半ば強引に彼女の手を引いて、お化け屋敷の入り口へと向かった。

教室を暗幕で覆っただけの手作り感あふれる入り口。中からは「うらめしや~」という力の抜けた声が聞こえてくる。
「ほら、全然怖くなさそうだろ?」
俺が笑いかけると、玲はまだ不安そうな顔をしていたが、こくりと小さく頷いた。

俺たちは手を取り合って、暗闇の中へと足を踏み入れた。
中は予想通り、可愛らしいものだった。壁からぶら下がっているのは、こんにゃくや濡れた雑巾。時折、物陰から「わっ!」と脅かしてくるのはお化けの格好をした一年生たちだ。そのどれもが微笑ましくて、全く怖くない。

「ふふっ。本当に可愛らしいお化け屋敷ね」
玲もようやく緊張が解けたのか、くすくすと笑い始めた。その笑顔に俺も安堵する。
だが、その油断が命取りだった。

順路の最後の角を曲がった、その時だった。
俺たちの目の前に、ぬっと巨大な影が立ちはだかった。
それは天井に届くほどの大きさの真っ黒な人影。顔の部分には不気味に歪んだ能面がつけられ、その目の部分だけが赤く爛々と輝いている。
「………………」
そいつは何も言わずに、ただ俺たちをじっと見下ろしていた。

「ひっ……!」
玲の喉から、引きつったような声が漏れた。さっきまでの余裕は一瞬で消え去っている。
俺も背筋が凍りつくのを感じた。なんだ、こいつは。今までの可愛いお化けとはレベルが違う。

その黒い影が、ぎぎぎと錆びついたブリキのような音を立てながらゆっくりと腕を上げた。そして、俺たちに向かってその長い腕を伸ばしてきた。

「きゃあああああああああああああっ!」

その日、二度目の絶叫。
だが、今度の声の主は俺ではなかった。玲だ。
彼女は肝試し大会の時を遥かに凌ぐ、この世の終わりのような絶叫を上げると、俺の背中に全力で飛びついてきた。
「む、無理無理無理無理! なにあれ! こわい!」
俺の背中にしがみつき、彼女は完全にパニック状態に陥っている。クールな王子様の面影はもはや塵も残っていない。

「だ、大丈夫だ、玲! あれもきっと作り物だって!」
俺は背中にしがみつく彼女をなだめながら、必死で自分に言い聞かせた。だが、目の前の黒い影は、じりじりと確実に俺たちとの距離を詰めてくる。

「いやあああああ! 来ないでえええええ!」
玲は俺の背後で、もはや何を言っているのか分からない悲鳴を上げ続けている。その振動が俺の背中にダイレクトに伝わってきた。

その時、黒い影は俺たちの目の前でぴたりと足を止めた。そして、その能面の下から聞き覚えのある、少しだけ呆れたような声が聞こえてきた。

「……うるさい。鼓膜が破れる」

その声は紛れもなく、九条雅のものだった。
彼女は面倒くさそうに能面を外した。その下から現れたのは、汗で少しだけ髪が張り付いた、美しい、しかし心底うんざりとした雅の顔だった。
どうやら彼女は助っ人として、このお化け屋敷のラスボス役をやらされていたらしい。

「……く、九条……?」
俺が呆然と呟くと、彼女は大きなため息をついた。
「……お前ら、驚きすぎだ。こっちが引く」
そう言って彼女は俺たちの横を通り過ぎ、持ち場へと戻っていく。その背中はどこか疲れているように見えた。

俺はしばらくの間、その場にへたり込んだまま動けなかった。
俺の背中にはまだ玲が、蝉のようにぴったりと張り付いている。
「……行った……?」
「……ああ。行ったよ」
「……本当に?」
「本当だって」

俺がそう言うと、彼女はしばらくしておそるおそる俺の背中から顔を上げた。そして、自分が俺にどんな体勢で抱きついているのかを理解した瞬間、顔を爆発させたように真っ赤にした。
「なっ……! わ、私は、別にあなたに抱きつきたかったわけでは……!」
彼女は慌てて俺から飛びのくと、何事もなかったかのようにすまし顔で髪をかき上げた。だが、その耳まで真っ赤に染まっているのは隠しようもなかった。

クールな王子様はどこへやら。
VRお化け屋敷では俺が絶叫し、手作りお化け屋敷では玲が絶叫する。
俺たちの文化祭デートは、どうやら互いの情けない姿を晒し合う、甘くて少しだけ騒がしいものになる運命らしい。
俺はそんな不器用な彼女のことが、たまらなく愛おしいと思ってしまった。
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