この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第85話 【文化祭の夜、再び】終わらないお祭り

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サプライズの花火が終わり夜空に再び静寂が戻った頃、俺と玲はどちらからともなくゆっくりと身体を離した。彼女の瞳はまだ赤く潤んでいたが、その表情にはどこか吹っ切れたような穏やかな光が宿っていた。

「……ごめんなさい。取り乱してしまったわ」
「……いいって」
ぎこちない会話。だが俺たちの間には、先ほどまでの張り詰めた空気はもうなかった。言葉にはならなかったけれど、互いの想いは確かに通じ合っている。その確信が、俺たちを不思議な安堵感で包んでいた。

「……戻ろうか。みんな、心配してるだろうから」
俺の言葉に、玲はこくりと小さく頷いた。
俺たちは並んで、静かになった夜の校舎を歩く。繋がれた手と手の間に、言葉以上の温かさが通い合っていた。

寮に戻り俺たちの部屋のドアを開けると、そこには予想通りの光景が広がっていた。
葵と湊と雅がリビングの中央でそわそわと落ち着きなく、俺たちの帰りを待っていたのだ。
俺と玲の姿を認めるなり、三人は勢いよく駆け寄ってきた。

「お、おかえり! お前ら、遅かったじゃねえか!」
葵がわざと大きな声で言う。その声には隠しきれない心配が滲んでいた。
「せんぱい……玲先輩と、何を話してたんですか……?」
湊が潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
「……別に、どうでもいいが」
雅はそっぽを向きながらも、その視線は俺と玲の間を何度も往復していた。

三人の嫉妬と心配と好奇心が入り混じった視線。それに気づいた玲は、ふっと悪戯っぽく微笑んだ。
「……ふふ。気になる?」
「「「気になるに決まってるだろ(です)!」」」
三人の声が綺麗にハモった。

「……残念だけど、二人だけの秘密よ」
玲はそう言って優雅に微笑むと、俺の隣にぴたりと寄り添い、俺の腕に自分の腕を絡めてみせた。その行動は紛れもない勝利宣言であり、そして三人に向けた明確な牽制だった。
「なっ……! てめえ、玲!」
「抜け駆けはずるいです、玲先輩!」
「…………」
葵と湊が猛抗議し、雅は悔しそうに唇を噛み締めている。

ああ、またいつもの日常が戻ってきた。俺はその騒がしくて、どうしようもなく愛おしい光景に思わず苦笑した。
「まあまあ、落ち着けって。疲れただろ? 今日はもう、お開きに……」
俺がその場を収めようとした、その時だった。

「まだです!」
湊がきっぱりとした声で言った。
「僕たちの文化祭は、まだ終わってません! これから本当の打ち上げを始めるんですから!」
そう言うと、彼はどこからかジュースやお菓子がぎっしり詰まった大きな袋を取り出して見せた。どうやら俺と玲が話している間に、こっそり準備していたらしい。

こうして俺の部屋で、五人だけの最後の打ち上げが始まった。
文化祭の成功を喜び合い、互いの健闘を称え合う。それは先ほどの後夜祭の延長戦のようだった。
だがその空気は、先ほどとは明らかに違っていた。
誰も玲の言葉の続きを口には出さない。だが誰もがそのことを心のどこかで意識していた。

(玲のやつ、祐樹に告白しやがったのか……?)
(せんぱいを、取られちゃう……?)
(……橘のやつ、何を……)

葵も湊も雅も、ちらちらと俺と玲の様子を窺っている。その視線はどこか探るようで、焦っているようで、そして決意を固めているようにも見えた。
玲の、あの一歩。
それが彼女たちの心に大きな火をつけたのだ。

恋の矢印が、今まで以上に明確に、そして強く俺へと向いている。
そのことを鈍感な俺でさえひしひしと感じていた。
玲はそんな三人の様子を楽しむかのように、優雅に紅茶を飲んでいる。彼女は俺の隣の特等席を、一歩も譲る気はないらしい。

ぎすぎすとした甘い緊張感。
これから俺の日常は、どうなってしまうのだろうか。
この四人の少女たちとの関係は、どこへ向かっていくのだろうか。

文化-祭の夜は、まだ終わらない。
俺たちの本当のお祭りは、まだ始まったばかりなのかもしれない。
俺は四人の美しい男装女子たちに囲まれながら、これから始まるであろう、さらに甘くて、さらに熾烈な恋の戦いの予感に、期待と不安の入り混じった深いため息をつくしかなかった。
この夜を境に、俺たちの関係がもう元には戻れない場所へと足を踏み入れてしまったことだけは確かだった。

**【第四部:恋が燃える文化祭編 完】**
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