この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第86話 文化祭のあと

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伝説となった文化祭が終わり、獅子王院学園には日常が戻ってきた。燃えるような二日間がまるで夢だったかのように、生徒たちは再び勉学に励み、教室にはチョークの音と教師の声だけが静かに響いている。
だが俺、相葉祐樹の日常だけは、もう二度と元には戻らなかった。

文化祭の夜。玲の、花火にかき消された告白。
あの一件は俺たちの間にあった見えない壁のようなものを完全に溶かしてしまったらしい。そして、それは他の三人の心にも大きな火をつける結果となった。
彼女たちの俺に対するアプローチは、明らかに、そして大胆にその形を変えたのだ。

まず、玲。
彼女は俺と二人きりになる部屋の時間を最大限に活用してきた。
「祐樹、少し疲れたわ」
俺が机で本を読んでいると、彼女は後ろから何の躊躇もなく俺の背中にそっと抱きついてくる。そして俺の肩に自分の顎を乗せ、同じページを覗き込んできた。
「……っ! れ、玲!?」
「静かに。……あなたの心臓の音、聞かせて」
耳元で囁かれる甘い声。背中に伝わる柔らかな感触と温もり。俺はもう本の内容など全く頭に入ってこなかった。
以前の彼女ならこんな大胆な行動は取らなかっただろう。だが今の彼女にはもう迷いがない。「祐樹は私のもの」という、静かだが揺るぎない独占欲がその行動の全てに現れていた。

次に、葵。
彼女は玲への対抗心を露わにし、「男同士のダチ」という最強の隠れ蓑をこれまで以上に攻撃的に使ってきた。
「祐樹! 朝だぞ、起きろ!」
まだ薄暗い早朝、俺は葵によって叩き起こされるのが日課となっていた。
「朝練付き合え! 体力つけねえと、また倒れるぞ!」
半ば強引にグラウンドへ連れ出され、二人きりの早朝ランニングが始まる。走り終え息を切らす俺の汗を、彼女は「汚ねえなー」と言いながら自分のタオルで乱暴に、しかしどこか優しく拭ってくれる。そして自分のスポーツドリンクを「ほらよ」と当たり前のように差し出してくるのだ。
「……間接キス、だぞ」
「男同士で何言ってんだ、バーカ!」
そう言って笑う彼女の顔が朝日を浴びて少しだけ赤く染まっていることに、俺は気づかないフリをした。
教室でも彼女は常に俺の隣をキープしようとする。「祐樹の隣は俺の特等席だからな!」と公言し、他の生徒が俺の近くに座ろうものなら獣のような威嚇で追い払っていた。

そして、湊。
物理的な距離では二人に敵わないと悟ったのか、彼女はテクノロジーを駆使した、より狡猾なアプローチを仕掛けてきた。
俺のスマホには毎朝必ず『今日の祐樹せんぱいとの相性占い♡』という通知が届くようになった。結果はもちろん毎日欠かさず『100%♡ラッキーアイテムは僕の笑顔です♪』と表示される。
それだけではない。俺が例えば玲と二人で図書室に行こうとすると、絶妙なタイミングでスマホが鳴るのだ。
『せんぱーい! 緊急事態です! 僕のPCが言うことを聞きません! 助けてください!(嘘)』
慌てて駆けつけると、彼女は「あ、治っちゃいました♪」と悪びれもせずに微笑む。彼女の妨害工作によって、俺は他の誰かと二人きりになる時間を巧みに奪われていた。

最後に、雅。
彼女の変化は他の三人に比べればとても些細なものだった。だが俺にだけは、その確かな変化が手に取るように分かった。
俺の机の上に置かれる花が、一日も欠かさず毎日新しいものに変わるようになった。雨の日も風の日も、そこには必ず彼女が育てた小さな花が健気に咲いていた。
そして彼女は些細なきっかけを見つけては、俺と接触しようと試みるようになった。
俺が落とした消しゴムを無言で拾って机の上にトンと置いてくれる。その指先がほんの一瞬俺の手に触れただけで、彼女は顔を真っ赤にして自分の席へと逃げ帰っていく。
昼食の時間には、俺が広げた弁当を少し離れた席からじっと見つめている。そして意を決したように俺の席までやってくると、「……それ、美味そうだな。……こっちと、交換しろ」と自分の卵焼きを俺の唐揚げと交換していくのだ。そのツンデレすぎるアプローチに、俺は毎回胸がキュンとなるのを必死で堪えていた。

四方八方からの甘い猛攻。
俺の平穏な日常は完全に崩壊した。
気がつけば教室での俺の席は、前を玲、右を葵、左を湊、そして後ろを雅が固めるという完璧な包囲網の中にあった。休み時間になるたびに俺の周りには四人が集まり、俺の隣を巡る静かで熾烈な火花が散る。
「祐樹、昨日の本の続きは……」
「祐樹、今日の昼メシ、屋上で食おうぜ!」
「せんぱい、この後PCルームでデートですよ!」
「……おい、うるさい。相葉が困ってるだろうが」

俺はその甘い地獄の中心で、ただただ嬉しい悲鳴を上げるしかなかった。
誰か一人を選ぶなんて、できない。
でも、この状況から逃げ出したいとも思わない。

ある日の放課後。いつものように俺の部屋に全員が集まっていた。
俺が淹れた紅茶を飲みながら、四人が俺の隣のスペースを巡って睨み合っている。
「ここはルームメイトである私の席よ」
「いーや、俺が一番乗りだった!」
「GPS情報によれば、僕が0.1秒早かったはずです」
「……お前ら、全員どけ。邪魔だ」
その光景はもはや日常だった。

「お前ら、少しは落ち着けって……」
俺は呆れたように、しかし心の底から満たされた気持ちで深いため息をついた。その顔が自分でも分かるくらいだらしなく緩んでいる。
文化祭は終わった。だが俺たち五人の甘くて、少しだけ騒がしいお祭りはまだ始まったばかりなのだ。
この幸せで、少しだけ息苦しい毎日がこれからもずっと続いていく。その確かな予感が俺の心を温かい幸福感で満たしていた。
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