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第87話 三者面談
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文化祭の熱狂も遠い昔のように感じられる頃、学園には秋の気配が漂い始めていた。高く澄んだ空、少しだけ冷たくなった風。そんな季節の変わり目は、学生たちにある現実を容赦なく突きつけてくる。
それは、『進路』という二文字だ。
「えー、来週から三者面談を実施する。保護者の方には既に案内を送付済みだ。自分の将来について、しっかりと考えておくように」
ホームルームでの担任教師の言葉に、教室の空気が少しだけぴりりと引き締まった。
将来。卒業後。
今まで目の前の日常を楽しむことに夢中だった俺たちの頭に、その言葉がずしりと重くのしかかってくる。
俺の部屋に集まったいつもの四人も、その日はどこか口数が少なかった。
「……進路、か」
葵が珍しく神妙な顔で窓の外を眺めている。
「……考えたくないわね」
玲も読んでいた本のページをめくる手を止め、深いため息をついた。
湊と雅も何も言わずに、それぞれの考えに沈んでいるようだった。
彼女たちにとって『卒業』とは、単に進学や就職を意味するものではない。
それは、この『獅子王院学園』という守られたシェルターから出て、再び現実の世界へと戻ることを意味していた。
『男装』という仮面を脱ぎ捨て、一人の女の子としてそれぞれの過酷な運命と向き合わなければならない時が、刻一刻と近づいているのだ。
そして、それは俺たち五人の関係が永遠ではないことをも意味していた。
卒業すれば、俺たちは離れ離れになる。
もう、こうして毎日当たり前のように顔を合わせることはできなくなる。
その事実に誰もが気づいていた。だが誰もそのことを口には出さなかった。
楽しい時間に終わりの影が差すのが怖かったからだ。
三者面談の期間が始まった。
教室の廊下には面談の順番を待つ生徒と、その保護者たちの姿が見られる。普段は見ることのない大人たちの存在が、この学園の非日常的な空間に少しだけ現実の匂いを持ち込んでいた。
俺の三者面談はあっけなく終わった。平凡な成績、平凡な家庭。担任教師も特に言うことはないのだろう。「この調子で頑張れ」という当たり障りのない言葉で締めくくられた。俺の両親も、俺がこの名門校に通えているだけで満足そうだった。
問題は、彼女たちだ。
彼女たちの保護者は、一体どんな人たちなのだろうか。そもそも、この面談にやってくるのだろうか。
最初に面談を終えたのは葵だった。
部屋に戻ってきた彼女は、いつもの太陽のような笑顔を消し去り、見たこともないような硬い表情でソファにどっかりと座り込んだ。
「……どうだった?」
俺がおそるおそる尋ねると、彼女は「最悪」とだけ吐き捨てた。
「親父が来た。……案の定、『卒業したら、すぐに家に戻り、跡取りの嫁になれ』だとよ」
その声には抑えきれない怒りと、そして深い絶望が滲んでいた。
次に玲が戻ってきた。
彼女の顔色も青ざめていた。
「……お母様がいらしたわ」
彼女の母親は玲がこの学園にいることを快く思っていないらしい。
「『いつまで、こんなお遊びを続けるつもりなの』と。……卒業後は、家の決めた相手と結婚し、橘家の人間として責務を果たすこと。それが私の未来なのだそうよ」
彼女は自嘲するように力なく笑った。
湊と雅は保護者が来なかった。
「僕の親は、僕がどこで何をしていようと興味ありませんから」
湊はいつものように明るく振舞っていたが、その笑顔はどこか寂しげだった。
「……来るわけ、ないだろ。あんな連中が」
雅は吐き捨てるようにそう言って、部屋の隅で膝を抱えてしまった。
重い、重い空気が部屋を支配する。
彼女たちがそれぞれに背負わされた、逃れることのできない宿命。
『男装女子』としてこの学園で過ごす時間は、いわば猶予期間に過ぎなかったのだ。
俺は何も言えなかった。
どんな慰めの言葉も気休めにしかならないことを分かっていたからだ。
平凡な俺には、彼女たちの抱える問題のその重さも深さも、本当の意味では理解できないのかもしれない。
俺はただ黙って立ち上がると、キッチンでお湯を沸かし始めた。
そして五人分の温かいココアを淹れる。
「……これでも、飲めよ」
俺が一人一人にマグカップを手渡すと、彼女たちは何も言わずにそれを受け取った。
甘いココアの香り。
その温かさが、凍りついた部屋の空気をほんの少しだけ溶かしていくようだった。
誰も何も話さない。
ただマグカップを両手で包み込み、その温もりを感じながらそれぞれの想いに沈んでいる。
だがその沈黙は不思議と苦痛ではなかった。
同じ不安を、同じ痛みを五人で分かち合っている。その確かな感覚が俺たちの間に流れていた。
三者面談。それは俺たちに卒業という現実を突きつけた。
そして同時に、俺たちに問いかけていた。
このかけがえのない時間を、どう終わらせるのか。
そして、その先にある未来を、どう生きていくのか。
彼女たちはこの日を境に「卒業後」と、そして俺との関係を真剣に、そして必死に考え始めることになる。
甘くて楽しかった秘密の学園生活。その終わりが、静かに、しかし確実に近づいてきていた。
それは、『進路』という二文字だ。
「えー、来週から三者面談を実施する。保護者の方には既に案内を送付済みだ。自分の将来について、しっかりと考えておくように」
ホームルームでの担任教師の言葉に、教室の空気が少しだけぴりりと引き締まった。
将来。卒業後。
今まで目の前の日常を楽しむことに夢中だった俺たちの頭に、その言葉がずしりと重くのしかかってくる。
俺の部屋に集まったいつもの四人も、その日はどこか口数が少なかった。
「……進路、か」
葵が珍しく神妙な顔で窓の外を眺めている。
「……考えたくないわね」
玲も読んでいた本のページをめくる手を止め、深いため息をついた。
湊と雅も何も言わずに、それぞれの考えに沈んでいるようだった。
彼女たちにとって『卒業』とは、単に進学や就職を意味するものではない。
それは、この『獅子王院学園』という守られたシェルターから出て、再び現実の世界へと戻ることを意味していた。
『男装』という仮面を脱ぎ捨て、一人の女の子としてそれぞれの過酷な運命と向き合わなければならない時が、刻一刻と近づいているのだ。
そして、それは俺たち五人の関係が永遠ではないことをも意味していた。
卒業すれば、俺たちは離れ離れになる。
もう、こうして毎日当たり前のように顔を合わせることはできなくなる。
その事実に誰もが気づいていた。だが誰もそのことを口には出さなかった。
楽しい時間に終わりの影が差すのが怖かったからだ。
三者面談の期間が始まった。
教室の廊下には面談の順番を待つ生徒と、その保護者たちの姿が見られる。普段は見ることのない大人たちの存在が、この学園の非日常的な空間に少しだけ現実の匂いを持ち込んでいた。
俺の三者面談はあっけなく終わった。平凡な成績、平凡な家庭。担任教師も特に言うことはないのだろう。「この調子で頑張れ」という当たり障りのない言葉で締めくくられた。俺の両親も、俺がこの名門校に通えているだけで満足そうだった。
問題は、彼女たちだ。
彼女たちの保護者は、一体どんな人たちなのだろうか。そもそも、この面談にやってくるのだろうか。
最初に面談を終えたのは葵だった。
部屋に戻ってきた彼女は、いつもの太陽のような笑顔を消し去り、見たこともないような硬い表情でソファにどっかりと座り込んだ。
「……どうだった?」
俺がおそるおそる尋ねると、彼女は「最悪」とだけ吐き捨てた。
「親父が来た。……案の定、『卒業したら、すぐに家に戻り、跡取りの嫁になれ』だとよ」
その声には抑えきれない怒りと、そして深い絶望が滲んでいた。
次に玲が戻ってきた。
彼女の顔色も青ざめていた。
「……お母様がいらしたわ」
彼女の母親は玲がこの学園にいることを快く思っていないらしい。
「『いつまで、こんなお遊びを続けるつもりなの』と。……卒業後は、家の決めた相手と結婚し、橘家の人間として責務を果たすこと。それが私の未来なのだそうよ」
彼女は自嘲するように力なく笑った。
湊と雅は保護者が来なかった。
「僕の親は、僕がどこで何をしていようと興味ありませんから」
湊はいつものように明るく振舞っていたが、その笑顔はどこか寂しげだった。
「……来るわけ、ないだろ。あんな連中が」
雅は吐き捨てるようにそう言って、部屋の隅で膝を抱えてしまった。
重い、重い空気が部屋を支配する。
彼女たちがそれぞれに背負わされた、逃れることのできない宿命。
『男装女子』としてこの学園で過ごす時間は、いわば猶予期間に過ぎなかったのだ。
俺は何も言えなかった。
どんな慰めの言葉も気休めにしかならないことを分かっていたからだ。
平凡な俺には、彼女たちの抱える問題のその重さも深さも、本当の意味では理解できないのかもしれない。
俺はただ黙って立ち上がると、キッチンでお湯を沸かし始めた。
そして五人分の温かいココアを淹れる。
「……これでも、飲めよ」
俺が一人一人にマグカップを手渡すと、彼女たちは何も言わずにそれを受け取った。
甘いココアの香り。
その温かさが、凍りついた部屋の空気をほんの少しだけ溶かしていくようだった。
誰も何も話さない。
ただマグカップを両手で包み込み、その温もりを感じながらそれぞれの想いに沈んでいる。
だがその沈黙は不思議と苦痛ではなかった。
同じ不安を、同じ痛みを五人で分かち合っている。その確かな感覚が俺たちの間に流れていた。
三者面談。それは俺たちに卒業という現実を突きつけた。
そして同時に、俺たちに問いかけていた。
このかけがえのない時間を、どう終わらせるのか。
そして、その先にある未来を、どう生きていくのか。
彼女たちはこの日を境に「卒業後」と、そして俺との関係を真剣に、そして必死に考え始めることになる。
甘くて楽しかった秘密の学園生活。その終わりが、静かに、しかし確実に近づいてきていた。
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