この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第94話 バレンタイン戦争

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静かなホワイトクリスマスが過ぎ去り、学園には厳しい冬の寒さと卒業という名の静かな足音が確実に近づいていた。俺たち五人はそれぞれの夢に向かって受験勉強に励む傍ら、残された僅かな時間を惜しむかのように毎日を大切に過ごしていた。

そして二月十四日。
男たちにとって(そして男装女子たちにとっても)、一年で最もそわそわする一日、バレンタインデーがやってきた。
ここは男子校。本来なら女子からのチョコレートなど期待できるはずもない。せいぜい仲間内で「友チョコ」と称したお菓子の交換が行われるくらいだ。

だが今年の獅子王院学園は、少しだけ様子が違っていた。
その異変の中心にいたのは言うまでもなく、俺、相葉祐樹だった。

朝、俺が下駄箱を開けた瞬間、その異変は始まった。
下駄箱の中から雪崩のように色とりどりのラッピングが施された大量のチョコレートの箱が、どさどさと溢れ出してきたのだ。
「うおっ!?」
俺はその量に圧倒されて思わず後ずさった。下駄箱の中はもはや靴を入れるスペースなど微塵もなく、大小様々なチョコレートで完全に埋め尽くされている。

「……なんだ、これ」
呆然と呟く俺の周りに登校してきた生徒たちが集まり、ざわめき始める。
「すげえ! 相葉の下駄箱、どうなってんだ!?」
「全部チョコじゃねえか! モテすぎだろ!」
羨望と嫉妬の入り混じった視線が俺に突き刺さる。

俺はそのチョコレートの山の中から、見覚えのある四つの包みを見つけ出した。
玲からの、高級ブランドのロゴが入ったシックな黒い箱。
葵からの、真っ赤なリボンがかけられた元気いっぱいのラッピング。
湊からの、可愛らしい猫のシールが貼られたポップなデザインの箱。
そして雅からの、何の飾り気もない素朴な茶色い紙袋。

彼女たちからのものだ。それはすぐに分かった。
だが問題は、それ以外の、おびただしい数のチョコレートだった。差出人の名前も書かれていない謎のチョコレートたち。一体誰が、何のために。

俺がそのチョコレートの山を前に立ち尽くしていると、背後から楽しそうな声がした。
「あらあら、祐樹せんぱい。大変なことになってますねぇ」
振り返ると、そこには湊が小悪魔的な笑みを浮かべて立っていた。
「お、おい、篠宮! これ、どういうことだよ!」
「さあ? きっとせんぱいのことを密かに慕っている、学園内の隠れファンの方々からじゃないですか?」
彼女はそう言ってとぼけているが、その目が笑っている。間違いなく彼女の仕業だ。

「僕、ちょっとだけお手伝いしただけですよ。学園の非公式ファンサイトで、『明日はバレンタイン♡みんなの想いを、二年A組の相葉祐樹君に届けよう!』ってスレッドを立てただけです」
「だけです、じゃないだろ!」
彼女のあまりにも余計な、しかし効果絶大な情報操作によって、俺は学園中の生徒(男装女子)たちの秘めたる想いの受け皿にされてしまったのだ。

その日の俺の受難はそれだけでは終わらなかった。
教室に入り自分の席に着くと、そこにもチョコレートの山が築かれていた。机の上だけでなく椅子の上、机の中にまでぎっしりと詰め込まれている。
「……もう、勘弁してくれ」
俺は天を仰いだ。

休み時間になるたびに他のクラスや下級生の生徒たちが、俺の教室をこっそり覗きに来る。そして俺が席を外した隙にさらにチョコレートを置いていくのだ。
それはもはやバレンタインというよりは、何かのお祭りの奉納品のようだった。

「……祐樹。大変そうね」
隣の席で玲が少しだけ同情するように、しかしどこか面白そうにその光景を眺めている。
「お前のせいでもあるんだからな!」
俺がそう言うと、彼女は「あら、心外だわ」とすまし顔で紅茶を飲んだフリをした。

「それにしてもすごい量だな! 祐樹、お前、本当に愛されてんなー!」
葵が俺の机の上のチョコの山を興味深そうに眺めている。
「……全部、義理だろ」
雅がぼそりと呟いた。だがその声には隠しきれない嫉妬の色が滲んでいる。

放課後。俺の部屋はもはやチョコレートの倉庫と化していた。下駄箱と机から回収してきたチョコレートを床に広げると、足の踏み場もないほどだ。
「どうすんだよ、これ……」
俺が途方に暮れていると、いつもの四人が当たり前のように部屋に集まってきた。

「仕方ないわね。私たちで手伝ってあげるわ」
玲がそう言って腕まくりを始めた。
「よし、チョコパーティーだ!」
葵が嬉しそうに叫ぶ。
「毒味は僕に任せてください!」
「……甘いものは嫌いじゃない」
湊と雅も乗り気だ。

こうして俺のバレンタインは、五人でのチョコレート鑑定パーティーへと姿を変えた。
「あ、このチョコ、美味い!」
「こっちは少しビターで大人の味ね」
「せんぱい、これ僕が作ったやつです! 食べてみてください!」
「……これは私が作った。……別に、美味くはないが」

四人がそれぞれ俺に「あーん」をしてこようとするのを必死で制しながら、俺たちは山のようなチョコレートを一つ、また一つと平らげていった。
その光景は側から見れば、ただの食いしん坊な男子高校生たちの賑やかな放課後にしか見えないだろう。

だが俺には分かっていた。
この数えきれないほどのチョコレートの一つ一つに、この学園で男として生きることを強いられた名も知らぬ少女たちの、切なくて甘い秘めたる想いが込められていることを。
そしてその想いを一身に受け止める役割を、俺が担っていることを。

学園最後のバレンタイン。
それは大量のチョコレートに埋もれるという、甘くて少しだけ騒がしい戦争のような一日となった。
俺は彼女たちの想いをその甘さと共に一つ一つ噛み締めていた。
このかけがえのない学園生活の終わりが、もうすぐそこまで来ていることを実感しながら。
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