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第96話 卒業式の前日
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卒業式を明日に控えた夜。獅子吼寮はどこかそわそわとした落ち着かない空気に包まれていた。荷造りを終えた段ボール箱が廊下の隅に積まれ、三年間住み慣れたこの場所との別れがもうすぐそこまで来ていることを嫌でも実感させられる。
俺の部屋も例外ではなかった。本棚は空になり、壁に貼っていたポスターも剥がされている。がらんとした部屋は入学してきた初日のことを思い出させ、なんだか胸が締め付けられるようだった。
リビングでは葵と湊と雅が、最後の夜を惜しむかのように静かにカードゲームに興じていた。いつものような騒がしさはなく、誰もが口には出さない寂しさをその背中に漂わせている。
俺と玲は二人きりで寝室の窓際に立っていた。
窓の外には満月が煌々と輝き、静まり返った学園の校舎を青白く照らし出している。
「……明日で、終わりなのね」
玲が吐息のような声で呟いた。その横顔は月の光を浴びて、まるで磁器の人形のように儚く、美しかった。
「……ああ。そうだな」
俺はそれだけを返すのが精一杯だった。
三年間。
長かったようで、あっという間だったこの秘密の同室生活。
初めて彼女の秘密を知ってしまった、あの衝撃の夜。
慣れないサラシを巻くのを毎朝手伝ったこと。
二人三脚の練習で何度も足がもつれて抱き合ったこと。
俺が風邪を引いた時、心配そうにずっとそばにいてくれたこと。
たくさんの、数えきれないほどの二人だけの思い出が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
「……明日で、男としての橘玲は、終わり」
彼女は窓ガラスに映る自分の姿を静かに見つめながら言った。
「……でも」
彼女はゆっくりとこちらを振り返った。その紫色の瞳は真剣な光で俺を真っ直ぐに捉えている。
「……君との関係は、終わりじゃないわよね?」
その問いは確認だった。そして、ほんの少しの不安の裏返しでもあった。
卒業すれば俺たちはそれぞれの道を歩き始める。
彼女は橘家の当主として、巨大な一族との戦いに身を投じる。
俺は平凡な大学生として、新しい日常を始める。
もう今までのように毎日顔を合わせることはできなくなる。
俺は彼女の不安を拭い去ってやりたかった。
俺はそっと手を伸ばし、彼女の白い頬を優しく包み込んだ。
「……当たり前だろ」
俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返して言った。
「俺たちの関係は、ここからが始まりだ」
俺のその言葉に、彼女の瞳がみるみるうちに潤んでいく。
「……祐樹」
「玲はこれから一人で戦うんだろ? だったら俺は、お前の帰る場所になってやる。疲れた時、辛い時、いつでも帰ってこれる、お前だけの居場所に」
それは俺なりの覚悟であり、そしてプロポーズにも似た誓いの言葉だった。
彼女はもう何も言わなかった。
ただ、俺の胸にその華奢な身体をそっと預けてきた。
俺は彼女の震える肩を強く、強く抱きしめた。
「……ありがとう」
くぐもった声で彼女は呟いた。
「……大好きよ、祐樹」
それは花火の音にかき消された、あの夜の告白の答え合わせだった。
「……俺もだよ、玲」
俺たちはどちらからともなくゆっくりと顔を近づけた。
月の光が差し込む静かな部屋。
卒業式の前夜。
俺たちの唇はごく自然に、そして静かに重なり合った。
それは体育祭の夜の、おでこへのキスとは違う。
甘くて、少しだけしょっぱくて、そしてどこまでも優しい、初めての本当のキスだった。
どれくらいの時間そうしていただろうか。
名残惜しそうに唇を離すと、彼女は顔を真っ赤にして俺の胸に顔をうずめてしまった。
「……これで、明日からも頑張れるわ」
その声は幸せな響きに満ちていた。
リビングの方から葵たちの楽しげな、しかしどこか寂しげな笑い声が聞こえてくる。
俺たちのこのかけがえのない秘密の学園生活はもうすぐ終わる。
だが、俺たちの物語は決して終わらない。
俺は腕の中にいる愛おしい少女の温もりを感じながら、明日という名の新たな始まりの朝を静かに待っていた。
卒業式の前夜は、切なくて、そしてどこまでも甘い誓いの夜となった。
俺の部屋も例外ではなかった。本棚は空になり、壁に貼っていたポスターも剥がされている。がらんとした部屋は入学してきた初日のことを思い出させ、なんだか胸が締め付けられるようだった。
リビングでは葵と湊と雅が、最後の夜を惜しむかのように静かにカードゲームに興じていた。いつものような騒がしさはなく、誰もが口には出さない寂しさをその背中に漂わせている。
俺と玲は二人きりで寝室の窓際に立っていた。
窓の外には満月が煌々と輝き、静まり返った学園の校舎を青白く照らし出している。
「……明日で、終わりなのね」
玲が吐息のような声で呟いた。その横顔は月の光を浴びて、まるで磁器の人形のように儚く、美しかった。
「……ああ。そうだな」
俺はそれだけを返すのが精一杯だった。
三年間。
長かったようで、あっという間だったこの秘密の同室生活。
初めて彼女の秘密を知ってしまった、あの衝撃の夜。
慣れないサラシを巻くのを毎朝手伝ったこと。
二人三脚の練習で何度も足がもつれて抱き合ったこと。
俺が風邪を引いた時、心配そうにずっとそばにいてくれたこと。
たくさんの、数えきれないほどの二人だけの思い出が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
「……明日で、男としての橘玲は、終わり」
彼女は窓ガラスに映る自分の姿を静かに見つめながら言った。
「……でも」
彼女はゆっくりとこちらを振り返った。その紫色の瞳は真剣な光で俺を真っ直ぐに捉えている。
「……君との関係は、終わりじゃないわよね?」
その問いは確認だった。そして、ほんの少しの不安の裏返しでもあった。
卒業すれば俺たちはそれぞれの道を歩き始める。
彼女は橘家の当主として、巨大な一族との戦いに身を投じる。
俺は平凡な大学生として、新しい日常を始める。
もう今までのように毎日顔を合わせることはできなくなる。
俺は彼女の不安を拭い去ってやりたかった。
俺はそっと手を伸ばし、彼女の白い頬を優しく包み込んだ。
「……当たり前だろ」
俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返して言った。
「俺たちの関係は、ここからが始まりだ」
俺のその言葉に、彼女の瞳がみるみるうちに潤んでいく。
「……祐樹」
「玲はこれから一人で戦うんだろ? だったら俺は、お前の帰る場所になってやる。疲れた時、辛い時、いつでも帰ってこれる、お前だけの居場所に」
それは俺なりの覚悟であり、そしてプロポーズにも似た誓いの言葉だった。
彼女はもう何も言わなかった。
ただ、俺の胸にその華奢な身体をそっと預けてきた。
俺は彼女の震える肩を強く、強く抱きしめた。
「……ありがとう」
くぐもった声で彼女は呟いた。
「……大好きよ、祐樹」
それは花火の音にかき消された、あの夜の告白の答え合わせだった。
「……俺もだよ、玲」
俺たちはどちらからともなくゆっくりと顔を近づけた。
月の光が差し込む静かな部屋。
卒業式の前夜。
俺たちの唇はごく自然に、そして静かに重なり合った。
それは体育祭の夜の、おでこへのキスとは違う。
甘くて、少しだけしょっぱくて、そしてどこまでも優しい、初めての本当のキスだった。
どれくらいの時間そうしていただろうか。
名残惜しそうに唇を離すと、彼女は顔を真っ赤にして俺の胸に顔をうずめてしまった。
「……これで、明日からも頑張れるわ」
その声は幸せな響きに満ちていた。
リビングの方から葵たちの楽しげな、しかしどこか寂しげな笑い声が聞こえてくる。
俺たちのこのかけがえのない秘密の学園生活はもうすぐ終わる。
だが、俺たちの物語は決して終わらない。
俺は腕の中にいる愛おしい少女の温もりを感じながら、明日という名の新たな始まりの朝を静かに待っていた。
卒業式の前夜は、切なくて、そしてどこまでも甘い誓いの夜となった。
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