追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る

夏見ナイ

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第37話:死闘、解析者の切り札

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指揮官の魔獣と俺、互いに睨み合ったまま、数瞬の静寂が戦場を支配した。周囲の魔物たちも動きを止め、固唾を飲んでこの対決を見守っているかのようだ。防衛線で戦うレナや若者たち、拠点で見守るシルフィや村人たち、全ての視線が、今この一点に集中している。張り詰めた空気が、肌を刺す。

先に動いたのは、魔獣だった。
その姿が、ふっと掻き消えたかと思うほどの速度で、音もなく俺との距離を詰めてきた!

(速いッ!!)

【万物解析】が危険を告げるより早く、黒い爪が俺の眼前を薙いだ! 俺は反射的に身を捩り、紙一重で回避する。頬を鋭い風圧が掠め、数本の髪が散った。もし直撃していれば、首が飛んでいただろう。

魔獣は攻撃の手を緩めない。流れるような動きで体勢を立て直し、今度は鋭い牙を剥き出しにして飛びかかってくる。俺は短剣で受け止めようとするが、その衝撃は凄まじく、腕が痺れ、後方へと吹き飛ばされた!

「ぐっ…!」

受け身を取り、なんとか体勢を立て直すが、力の差は歴然だ。スピード、パワー、共に俺を遥かに凌駕している。

さらに、魔獣は新たな攻撃を仕掛けてきた。体表を覆うぬらぬらとした黒い粘液を、まるで散弾のように飛ばしてきたのだ!

「しまっ…!」

俺は咄嗟に横へ跳んで回避する。粘液が着弾した地面からは、ジュウ…という音と共に白煙が上がり、土が黒く変色し、溶けていく。

(腐食性まであるのか…!)

回避に専念せざるを得ず、完全に防戦一方だ。このままではジリ貧になる。

(落ち着け…! 解析しろ!)

俺は攻撃を避けながらも、【万物解析】を魔獣本体と、あの厄介な黒い粘液に集中させる。情報が断片的に脳内へ流れ込んでくる。

『対象:黒い粘液 …主成分:強酸性物質、及び高密度闇属性魔力 …特性:水分含有率が非常に高く、乾燥に弱い。特定の高周波振動(約15kHz)により分子結合が不安定化し、粘性及び腐食性が低下する…』

『対象:指揮官型魔獣 …種別:合成獣(キメラ)/ 闇属性召喚体複合? …弱点:再生能力は低い。攻撃動作にパターンあり。左前足での薙ぎ払い後、一瞬だけ胸部コア(黒い魔石)への魔力供給ラインが無防備になる。コア破壊が最も有効…』

弱点は見えた! だが、どうやって実行する? 粘液をどうにかしなければ、近づくことすら難しい。

「カイトー! 大丈夫かー!?」
レナの声が聞こえる。彼女は防衛線で奮戦しながらも、俺の状況を気にかけてくれている。
「カイトさん! 風を…!」
シルフィの声も。彼女もまた、俺を援護しようと魔力を練っているのが分かる。

(仲間がいる…!)

そうだ、俺は一人じゃない!

俺は近くに転がっていた、先ほど倒した魔物の金属製の装甲片を拾い上げた。そして、シルフィに向かって叫ぶ!
「シルフィ! こいつに向けて、できるだけ乾燥した、強い風を送ってくれ!」
「は、はいっ!」

同時に、俺は短剣と拾った金属片を、解析で導き出した特定の角度と強さで、高速で打ち合わせ始めた!

キィィィィィィン!!

耳障りな、甲高い金属音が戦場に響き渡る! それは、解析で見つけた、粘液の結合を弱める高周波音に近い音のはずだ!

魔獣は、突然の異音に一瞬怯んだような動きを見せた。そして、シルフィが送り込んだ乾燥した強風が、魔獣の体表を覆う黒い粘液を吹き飛ばし、その粘性を奪っていく! ぬらぬらとした光沢が失われ、粘液の動きが明らかに鈍くなった!

「今だ!」

俺は地面を蹴り、一気に魔獣の懐へと飛び込んだ!

魔獣は、防御の要である粘液が弱まったことに気づき、焦ったように鋭い爪で俺を薙ぎ払おうとする!

(来る!)

俺はその攻撃軌道を読み切り、わざと浅く左腕で受け止めた! 激痛が走るが、構わない! これで、奴の体勢は崩れた! そして、予測通り、がら空きになった胸元には、あの禍々しい輝きを放つ黒い魔石――コアが見えている!

「これで…終わりだぁぁっ!!」

俺はありったけの魔力を右手の短剣に集中させる! 短剣の刀身が、淡い光を帯びて輝く! そして、負傷した左腕の痛みも忘れ、全体重を乗せて、黒い魔石目掛けて突き出した!

魔獣の赤い瞳が、驚愕に見開かれる。だが、もう遅い!

グサリッ!

確かな手応えと共に、短剣の切っ先が、黒い魔石を深々と貫いた!

ピシッ…ピシシッ……

魔石に亀裂が走り、甲高い、ガラスが割れるような音が響き渡る。

「ギャアアアアアアァァァァァ―――ッ!!!」

魔獣は、断末魔の絶叫を上げた。その体から急速に力が抜け、黒い粘液も霧のように掻き消えていく。そして、巨体は糸が切れた人形のように、ドサリと音を立てて地面に崩れ落ち、二度と動かなくなった。

「はぁ…はぁ…はぁ……」

俺もまた、限界だった。魔獣を貫いた短剣を杖代わりに、なんとかその場に立っているのがやっとだ。左腕からは夥しい血が流れ、全身が悲鳴を上げている。

だが、指揮官を失った魔物の群れは、明らかに統率を失い、混乱し始めていた。あるものは右往左往し、あるものは恐れをなして森へと逃げ帰ろうとしている。

「やった…! カイトがやったぞ!」
「指揮官を倒したんだ!」

防衛線から、歓喜の声が上がる。レナや若者たちが、残った魔物を掃討し始めている。

「カイト!」
「カイトさん!」

レナと、そして拠点から駆けつけてきたシルフィが、俺のそばに駆け寄る。

「…勝った…のか…?」

俺は二人の顔を見上げ、安堵の息をついた。だが、黒い魔石を破壊した瞬間の、あの背筋が凍るような不気味な感触――まるで、何か別のものが解き放たれたかのような感覚――が、脳裏に焼き付いて離れなかった。

薄れゆく意識の中で、俺は勝利を確信すると同時に、この戦いがまだ本当の意味では終わっていないこと、そして、さらに大きな脅威がすぐそこに迫っているかもしれないという予感を、強く覚えていた。

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