追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ（？）を送る

第36話：一点突破、指揮官への肉薄

「うおおおおおっ！」

俺は雄叫びを上げ、魔物の黒い波の中へと飛び込んだ。瞬間、周囲のゴブリン、オーク、異形の魔物たちが、一斉に俺という異物に気づき、殺到してくる！ 棍棒が振り下ろされ、汚れた爪が迫り、鋭い牙が喉元を狙う。四方八方から襲いかかる悪意と暴力の奔流。常人ならば、一瞬で肉塊に変えられていただろう。

だが、俺の目には、その混沌とした光景が、まるでスローモーションのように見えていた。【万物解析】が、俺の脳内で超高速処理を行い、周囲の敵一体一体の動き、攻撃の軌道、筋肉の収縮、重心移動、そしてわずかな隙や弱点を、リアルタイムで解析し続ける！

『右前方ゴブリン、棍棒振り下ろし！ 回避後、左脇腹がら空き！』
『左後方オーク、タックル！ 軸足に体重乗りすぎ！ 足払いで転倒可能！』
『頭上ガーゴイル、急降下！ 翼の付け根、防御薄い！』

俺は解析結果に従い、最小限の動きで攻撃を躱し、あるいは受け流し、カウンターで確実に敵の急所を突いていく。短剣が閃き、ゴブリンの喉を裂き、オークの腱を断ち、異形の魔物の複眼を潰す。目的はただ一つ、後方にいる指揮官の魔獣！ それ以外の敵との戦闘は極力避け、最短距離で突破することだけに集中する。

それでも、敵の数はあまりにも多い。捌ききれない攻撃が、俺の体をも掠めていく。肩をオークの棍棒が打ち、腕をゴブリンの爪が裂き、背中に何かの体当たりを受ける。痛みと衝撃が全身を襲うが、構わず前へ進む。

「カイト！ 行けぇぇぇっ！」

背後から、レナの絶叫が聞こえた！ 彼女は、俺が進むべき道筋を塞ぐ魔物たちを、文字通り力ずくで薙ぎ払っていく！ 傷を負うことも厭わず、満身創痍になりながらも、その赤い疾風は止まらない。彼女が開いた血路を、俺は駆け抜ける！

「カイトさん…！ どうか…！ 風よ、道を拓いて！」

拠点の上からは、シルフィの悲鳴にも似た祈りの声が聞こえる。彼女は、おそらくは限界に近い魔力を振り絞り、風の力を操っている。俺の前方に立ち塞がる魔物が突風に吹き飛ばされ、砂埃が巻き起こって敵の視界を奪う。その一瞬の隙が、俺の活路を開いてくれる！

「俺たちもいるぞ、カイトー！」
「カイトさんに続けー！」

防衛線に残った若者たちも、俺の決死の突撃に奮起していた。レナと共に、押し寄せる第二波、第三波の魔物を必死に食い止め、俺への追撃を阻もうと奮闘している。彼らの声援が、俺の背中を押す。

仲間たちの援護を受け、俺は血と泥に塗れながら、ただひたすらに前へ、前へと突き進んだ。どれほどの時間が経ったのか。全身の痛みも、疲労も、もはや感じなくなっていた。ただ、目標だけを見据えて。

そして、ついに。

魔物の群れを掻き分け、俺はその存在の前に躍り出た。

黒豹に似たフォルム、ぬらぬらとした黒い粘液のような体表、背中に突き出す歪な骨の棘。そして、周囲の魔物とは明らかに違う、禍々しい魔力と、冷徹な知性を感じさせる赤い瞳。

指揮官の魔獣だ。

俺の突然の出現に、魔獣は一瞬、驚いたような反応を見せた。まさか、これほどの魔物の群れを突破して、自分の目の前に現れる人間がいるとは思ってもいなかったのだろう。だが、その驚きはすぐに、剥き出しの怒りと殺意へと変わった。

グルルルルル…！

低い唸り声と共に、魔獣の周囲の空気が歪む。周囲にいた他の魔物たちが、その威圧感に恐れをなして後退する。まるで、王の前に臣下が平伏すかのように。結果として、俺と指揮官の魔獣の間には、僅かながら空間が生まれた。一対一の対決の舞台が、期せずして整えられたのだ。

「はぁ…はぁ…」

俺は荒い息をつきながら、短剣を構え直す。全身が軋み、血が流れている。満身創痍だ。だが、心は折れていない。むしろ、極限の状況下で、闘志は最高潮に達していた。

俺の瞳には、覚悟と、仲間と村を守り抜くという決意の光が宿る。

対する魔獣の赤い瞳もまた、冷酷な殺意を湛え、俺を射抜いている。

テル村の存亡を賭けた戦いは、今、最大の局面を迎えた。指揮官との、一騎打ちが始まろうとしていた。